鋼の光

Chapter 1 - 第一話 眼下赤色

イカ大王2020/07/03 01:42
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「大気圏突入まであと3分。各員、シートベルトを再度チェック。船体振動に備えよ」



「いよいよね……」



 惑星降下舟艇の船内にアナウンスが響き、それを聞いた少女は小さく呟いた。

 少女は地球の妹から貰った御守りを握り、自らを座席に押さえつけているシートベルトがしっかりと装着されているか確認する。



 歳は若い。強化プラスチックのバイザーヘルメットに覆われた顔はまだ幼く、大きな輝く目があたりをキョロキョロと見渡している。

 緊張しているのか、手すりを持つ手はやや震えており、少女の心臓は乾いた鼓動を打っていた。



「ミサ、大気圏突入は初めてじゃないでしょ。なんでそんな緊張しているの?」

「火星圏への突入は初めてよ!」



 隣に座る女性──少女と同じく座席に座り、バイザーに頭を覆われている大人びた女性の言葉に、「ミサ」と呼ばれた少女はしゃちほこばって答えた。



「火星の大気の層は地球よりも厚いけど、違うのはそれだけよ。ただ、火に包まれる時間が二倍なだけ……」

「それが嫌なのよ。地球の二倍なんて。あの、何というか、炎に包まれる感じが──」



 ミサがみなまで言う前に、降下舟艇の大気圏突入が始まった。



「きゃッ!」



 降下舟艇は耐熱コーティングの施された底面を大気の層へと向け、大気圏に突入してゆく。



 鈍い振動がゆっくりと船体を突き上げ始め、嵐の只中にいるような轟音と、紅蓮の火焔が船体を包んだ。

 窓から見える船外はさながら火の滝のようであり、船内の温度が上昇する。



 惑星降下舟艇の正式名称はAt-78b"スター・トランスポーター"。



 全長120mと、惑星間航宙船の3分の1の大きさを持つ重力下・無重力下両用輸送艇である。

 高度2,000kmの軌道上に位置している衛星戦艦と植民惑星間の物資の輸送に使用されており、兵員150名と多数の物資、任務によっては複数の多脚戦車を底部に吊るして運ぶこともできる能力を持つ。



 今回はミサ、イネスを含む125名の新隊員を、中継基地である衛星戦艦「サウス・フランクリン」から惑星居留地に輸送する任務を帯びていた。



 "スター・トランスポーター”の背後には小さくなってゆく衛星戦艦が見えており、前方には、目指す惑星が見えている。

赤く、乾いた惑星だった。

それは、みるみるうちに近づいてくる。



(頼んます。頼んます。頼んますぅ〜!)



 大気圏突入を試みる船内。ミサは両手でがっちりと手すりを握り、目を瞑り、歯をくいしばって懇願していた。



 こういう時、彼女はいらないことばかりを考えてしまう。



 降下舟艇が空中分解するかもしれない、摩擦で焼き尽くされるかもしれない、等の想像が頭を駆ける。

 一方、隣に座るイネスは余裕の表情だ。ミサの様子を見て呆れ気味に口を開いた。



「月面飛行士学校の首席卒業生が、大気圏突入に弱いなんて。開拓局の将校が聞いたら飛び上がるわよ」

「そんなこと言ったってぇ」



 船体は大きく軋み、不気味な振動を続ける。炎は降下艇にまとわりつき、船体外郭の温度を数百度に押し上げた。座席の横にある窓からは真っ赤な光が差し込み、船内を赤一色に染めている。



「現在。本艇は火星高層大気圏を突破、続けて中層大気圏へ突入する。ジェットストリームが吹き荒れる乱気流領域だ。各員、急激な横揺れに注意せよ」

「まだ半分よ」



 艇長のアナウンスとイネスの言葉を聞き、ミサは「ひぃーー!」と唸った。



 降下は続いている。

 舟艇は中層大気の壁を突き破り、重力圏内へと侵入してゆく。いままで無重力だった船内に重力が生まれ、降下で浮いていた尻がシートに押し付けられる。

 ミサはまぶたを薄く開け、船外を映すモニターを見やった。



 モニターには、ミサ達を乗せた降下艇が目指す惑星が映し出されている。

 赤焼け、干からびた大地。水など全く見当たらない、荒野のような星だ。

 地球に最も近い惑星であり、人類地球外移民計画によって入植が進んでいる植民星──『火星』である。


(これから私はあそこで戦う)

 振動と恐怖に耐えながら、ミサはふと思った。



 今までの辛い人生、宇宙飛行士になるための厳しい訓練、それらの記憶が彼女の頭の中を渦巻く。

それでいて、それらの苦労が報われたような清々しい気分であった。



「中層圏界面突破。パルス・エンジン点火、安定翼展開」



 彼女は異星に降り立とうとしている。



「居留地飛行管制塔よりレーザー誘導通信を受信。フィードバックシステム正常」



 アナウンス・スピーカーからは、相変わらず艇長の冷静な声が聞こえる。

 


『憧れの存在』に近づくことができた喜びと、これから自分たちを待ち受けるだろう困難な惑星開拓への緊張感。

この二つの興奮を胸にはらみつつ、降下舟艇の振動に身を任せていた。






 着陸の時は近い。