翡翠の星屑

Chapter 12 - 銀と青の通行証

季月 ハイネ2020/06/19 17:14
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「ずいぶん話し込んじゃったね」


「滅多にない機会だったんじゃないか?」


「うん。楽しかった」


 情報をくれたフィノに礼を言い、彼と別れたのがつい先ほど。


「シェリックも星命石って持ってるの? ――あ」


 フィノとの会話を思い出して、口からぽろっとこぼれてしまったのだ。気づいて口を閉じるも、時既に遅し。


「ごめん、やっぱりなんでもない」


「別に構わない。――ほら」


 シェリックに拳を出され、ついつい差し出してしまった手のひら。そこに置かれたのは、ひもで繋がれた黄色の石だった。ラスターの石も紐がついているけれど、石自体は銀の飾りに固定されている。球形の石を、紐だけでよく固定したものだ。ラスターはふと思い立って、紐を宙に持ち上げる。太陽を背負い、その石は光を受けてきらりと反射した。


「わ、きれい!」


 透かした先の陽光から、それは月を彷彿ほうふつとさせた。球形だから満月だ。


「ね、シェリック。見てほら、すごいきらきら!」


「そうやって眺めたことはなかったな」


 掲げたそれを、言葉少なに語るシェリックへと返す。


「ありがとう。なんか、シェリックみたいな石だね」


「どういう意味だ、それは」


「ほら、夜みたい」


 夜を思わせる色の髪に、ただひとつぽっかりと浮かぶ存在。溶け込みそうで、でもいつでも見つけられる。なんてことを思い浮かべていたら。


「……それは褒められているのか」


「え、褒めてる。だって、方向を間違えないように示してくれるじゃん。夜になると出てくる月とか星と、同じだよ」


 ラスターの言葉を聞いて微かに目を見開いた彼が、一度目を伏せて言うことには。


「そりゃありがたいこって」


「本当なのに」


「別に疑ってるわけじゃない」


 行き交う人の流れに逆らいながら、ラスターたちは港の方へと足を向けていた。

 シェリックいわく、リディオルに用事があるらしい。多分港の方だと言っていたのだけれど、一体その根拠は何なのだろうか。別行動をしても良かったのだけれど、シェリックの理由も気になったので、ラスターはこうしてついてきたのだ。


「リディオルかあ……」


 リディオルと言えば、初めに浮かぶのは、彼のまとっていた黒い外衣だ。


「黒一色の人だよね」


「お前のその覚え方はどうなんだ」


「わかりやすいじゃん」


 そこを突っ込まれるとは心外な。そんな会話をしていた時だった。彼を初めに見つけたのはラスターの方で。


「あ、シェリック。あそこ」


 前方真っ直ぐ。指を差した先には、一人たたずむ黒い外套の男性――リディオルがいた。景色の中に黒がないせいかわかりやすい。夜だったらあまり人目につかないけれど、今の時刻ならば目立つ色。矛盾してるよなあなんて思いつつ。彼の外套は海からの風ではためき、まるで旗のようにも見えた。


「リディオルだな」


「ほら、やっぱり黒い人」


 昨日二回、それに今日と、出会ったのはこれで三度目だ。それにも関わらずずっと同じ格好だったので、容易に特定できたのである。自慢げに指摘すると、隣で息を吐かれた。


「あれはまあ、制服みたいなものだからな」


 彼は立ったまま海を向いており、何やら難しい顔をしている。まだこちらには気づいていないようだ。


「リディオル!」


 シェリックが呼ぶと、彼は顔だけこちらに向けてくる。彼の一瞬見開かれた瞳はすぐに元の大きさに戻り、今度はまじまじと眺められた。そうして近づいたラスターたちににやりと笑んだのだ。


「こんなところで奇遇だな。フィノには会えたのか?」


「おかげさまで。そっちは助かったよ。お前を探してたんだ」


「へえ? 何用かね?」


 リディオルは意外そうな声を上げる。


「ま、会えたってんなら良かった。こっちは久々に動きっ放しだったから、今になって身体中痛くてなー……」


 肩に手を当てて、「はーいてぇ」なんて言いながら、腰にも手をやっている。リディオルの、横に倒した首が嫌な音を鳴らした。音だけ聞いていると今にも折れそうだ。


「でも昨日もらったやつがだいぶ効いてて、少しは楽だな」


「それは何よりだ」


 疲労の色がにじんだリディオルに、ラスターはきょとんとする。


「昨日? 何かあげたの?」


 ラスターがいるときに物の受け渡しはしていなかった。だとしたら、ラスターが帰ってくる前だ。


「滋養特効の栄養剤と言われたな」


「あー、シェリックに渡してたあれ?」


 あれはあくまでも緊急用だ。決して常用するためのものとして作ったわけではない。あれに頼ってばかりだと、今度は『普通』の感覚がわからなくなってしまう。


「けど、あれは困ったときのものだし、休めるときはちゃんと休まないと駄目だよ。でないと身体がおかしくなっちゃうし――わっ」


 軽く叩くようにして、ラスターの頭に手が乗せられた。ぽんぽんと叩きながらリディオルはしみじみとつぶやく。


「嬢ちゃん優しいなー。俺の体調管理役で一人欲しいわ」


「一人って……ボク、一人しかいないんだケド」


「ばれたか」


 全く、何を言うのか。離れていく手をなんとなく見送って、そうしてラスターは見たのだ。リディオルが意味ありげに目くばせをしてくるのを。何だろうと思う間に、リディオルはシェリックの方を向いてしまった。


「――なあ、シェリック」


 だから改めて思う。なんだろう。

 彼が言うことには。


「物は相談なんだが、嬢ちゃんもらっちゃ駄目か?」


「やらん」


 シェリックの即答に、思わず吹き出していた。先ほどの仕草はこれのことか。


「なんかシェリック、お父さんみたい」


「だな。娘はやらん、ってか?」


「……言ってろ」


 標的となったシェリックは深々と息を吐く。そうして一旦気を取り直し、リディオルを呼んだのだ。


「――リディ。お前、船の手続きは終わったのか?」


「これから行こうと思ってたんだよ。ひと息吐いてたら、お前らに見つかった」


「海見ながら?」


「嬢ちゃん。男にはたそがれたい時もあるんだ。察してくれ」


「? う、うん、よくわからないけど」


 それにしてはやけに険しい顔をしていたような気もしなくはないけれど、そこは大人の事情というやつだろうか。あまり聞かないでおこう。


「通行証は持っているんだよな?」


「ああ。そもそも持っていないと渡れねぇだろ? 身分証に次いで大事なものだからな。なくしたら大目玉食らっちまう」


「ものは相談なんだが」


「この通行証で一緒に渡らせてくれ、って?」


 リディオルの懐から取り出されたのは一枚のカード。青い背景のそこには、剣と銀竜が描かれている。


「察しが良くて助かるよ」


「あそこまで聞けば嫌でも推測がつくだろ……行く気だな?」


「ああ」


 どこにとは言わない。けれどもリディオルが息を吐いたのが聞こえた。横から覗き込んでいたラスターは提示されたカードに釘づけになっていて、その動作を見れていなかったけれど。


「何か目ぼしいものでもあったか?」


「ううん、そうじゃなくて……これすごいね。格好いい」


「お、それじゃ嬢ちゃん見るのは初めてか? これはアルティナの紋章だ」


「へえ、なんか強そうだね」


「強そうって、お前な……もっと他の感想はないのか」


「だって」


 あきれた様子のシェリックを見て、せめて言い訳くらいはさせてほしいと思ってしまった。

 手渡されたそのカードは、間近で眺めてみてもやはり美麗だ。竜と剣が交差され、前面に描かれた剣が反射して光っている。絵柄に反して、色合いはとても優しい。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 見せてもらったカードを持ち主へと返す。アルティナはやっぱりすごいところなんだななんて、認識を新たにして。


「なるべく交渉してはみるが、あまり期待はするんじゃねぇぞ」


「わかってるつもりだ」


「ならいい。お前らのおかげで気分転換もできたし、ぼちぼち偏屈なじいさんとやりあってくるかねぇ」


 リディオルはくるりと背を向けると、後ろ手に手を振りながら行ってしまった。


「大丈夫かな?」


「とりあえずあいつに任せておけばいい。駄目だったら他の方法を考える」


「だね。うまくいけば船代浮いたかも」


 財布を預かる身としては、やはり気になってしまうのが性分で。


「あいつ次第だな」


「うまくいきますように」


 両手を合わせて海へと願うのだった。