鋼の光

Chapter 3 - 第三話 邂逅駅舎

イカ大王2020/07/06 06:57
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「マーズ・サーベイヤー大隊、ねぇ?」



 美沙希は車外に広がる赤い荒野を見ながら、誰ともなしに呟いた。



 6つの居留地とセントラル・ブロックは、半地下式のリニアモーターカーにて結ばれている。

 セントラル・ブロックから各居留地に放射状に伸びる路線と、六角形の頂点に位置している各居留地同士を結ぶ路線の2つが存在し、それぞれが主線、副線、予備線の3本にて成り立っている。



 今、美沙希はそのうちの1つに乗車しており、降下舟艇で降り立ったセントラル・ブロックから、配備先の部隊が駐屯しているフェアファックス居留地へと向かっているところだった。



 リニアモーターカーは広大な居留地を往来する上で、準戦闘員、非戦闘員問わず重宝されているもっとも一般的な交通手段である。



 2020年に日本──現在の北東アジア自治区にて大々的な民間使用が開始されたリニアモーターカーは、この60年間で人間の生活にはなくてはならない存在となり、核戦争によって放射能雲や異常気象が多発する事態となってからは、航空機に変わる長距離高速移動手段として進化を遂げた。



 火星居留地に張り巡らされているものは、地球南半球や月面を走っているタイプほど真新しい型ではないが、火星という過酷な環境で文句言わず走ってくれる安定性と、原子力発電所から常時大出力電力の供給を受け、高性能の走りを実現している。



 美沙希の乗っているリニアモーターカーは10両編成で、客車は2両のみだ。

 残りは、すべで軍事運搬車となっている。



 そこには美沙希やイネスといった新隊員が操る”マーズジャッカル”が寝かせられている状態で固定され、火星迷彩のシーツが被せられていた。



美沙希は、荒涼たる赤い大地、居留地の電磁ドーム、その先の山脈、といった光景から目をそらし、後ろの車両に積載されている相棒──マーズジャッカルを振り向いた。



 だが、窓を開けられない以上、後ろの車両を視界には収められない。

 それを悟った美沙希は肘をつき、元の姿勢に向き直る。



「随分思い切りましたよね。ブルーフィールド局長」



 今、美沙希たちは2つずつの席が向かい合った座席に座っている。美沙希は窓側の席に座っていた。

口を開いたのは、その彼女から見て左前に座っている少女だった。



「“マーズジャッカル”を1つの部隊に集中配備するなんて」



 彼女は美沙希よりもさらに小柄な体躯をしており、黒髪のショートボブが特徴的な古風な少女だった。



 名前は、リ・スンシル。



 孤児院から美沙希、イネスと共に月面飛行士養成学校に入学した仲間の1人でであり、大陸から北東アジア自治区に脱出してきた元難民もある。

 年齢は22期生最年少の16歳であり、親しい人間とも敬語で話すのが普通の礼儀正しい少女だ。



「まだ“マーズジャッカル”は火星に30機。予備機を合わせても38機しかないわ。局長は部隊を集中して損耗を抑えたいと考えたんじゃないかしら?」



 美沙希の向かいに座るイネスが、自身のミディアムヘアーをいじりながらスンシルに言う。



「でも、それは貴重な新兵器を自分で独占してしまうことになりますよ。大隊は司令部の直属なんですから」



「それはそうかもだけど。損耗を抑えて“マーズジャッカル”の戦訓とか弱点とかを持ち帰れば、その分後続の装備部隊がより有効な運用ができるようになるわ。それが狙いだと思う。ジャッカルは革新的な新兵器だからね」



 スンシルとイネスの会話を聞きながら、美沙希はほんの20分前のことを思い出している。



 とある男性の声が、記憶の底から浮かび上がってきた。



「諸君らの配備先は、各兵科3個旅団のいずれかではない。火星開拓司令部の直接の隷下に新設された、とある『大隊』に所属してもらう」



 司令部棟にてアイリス局長の挨拶が終わった後、アイリスの後ろに控えていた初老の大佐は、高らかにそう言った。



 火星開拓局の配下には居留地防衛を務める軍事運用部が存在し、そのさらに配下にフェアファックス旅団、ギリアード旅団、バークレー旅団の3つの旅団が隷属している。



 新隊員は当然その3つのいずれかに配備されると思われていたのだが、それとは別の新たな隊に配備されるというのだ。



 初老の大佐は続ける。



「名称は『火星の観測者』を意味する『マーズ・サイベイヤー』大隊。現在、すでに駐屯地にて多脚戦車隊と整備中隊は編成が終了しており、主力たる諸君らが加われば、大隊は完成する。ここからは各自指定されたリニアモーターカーに分乗し、フェファックス居留地に移動せよ。以上」



「んじゃそういうことだから〜。解散!」



 アイリス局長の有無を言わせない満遍の笑みを最後に、美沙希は肘で脇腹を小突かれ、強制的に回想を断ち切られた。



「そ・ん・な・ことよりよ、俺はミサに聞きてえ。局長の巨乳はどうだったんだ!?かなりの変人だったけどよ!え?おい」



 かなり強いパワーで脇腹をガズガズされ、美沙希は左隣に座る男気が強い女性を見て溜息をつく。

 そして局長に抱きしめられた数十分前の状況が、頭に鮮明に蘇った。



「ああー」



 恥ずかしさのあまり、美沙希は頭を抱えた。左右にふる。加えて局長に質問された際の自身の破茶滅茶な返答も思い出し、羞恥心に拍車がかかった。



「……完全に黒歴史よ。抱きしめられたのは百歩譲って良いとして、あの、私の返答はないわ。みんな見ていのにぃ」



「そぉーんなことは聞いてねぇ!胸だよ。胸。顔うずめたろ。で。どんな感触だったんだよ!」



「エヴァ。前々から気になってたんだけど、あなた本当に女性?いろいろ付いてんじゃないの?男子みたいよ」



 なおも質問の手を緩めない勝気な少女──エヴァ・ケルビャーに、イネスが笑いを含んだ声で聞いた。



「思春期の男の子……みたい……です」



 そういう話題に疎いスンシルも、堪らず呟く。



 味方はいないと悟ったのかエヴァは美沙希を小突くのをやめ、開かれた膝に両手を置き、全員と向かい合った。金髪のポニーテールが大きく揺れた。



「しかしだ諸君。アイリス局長が変人を極めた完全変態だということは、どう考えても確かなことだろう?」



「変人を極めた完全変態ではないけれど……まぁ、確かに、変わってる人よね」



 エヴァの言葉に、イネスが一定の理解を示す。

 スンシルは何も言わない。美沙希は相変わらず頭を抱えている。



「ありゃ、変な性癖でも持ってるぜ」

「あはは。それはさすがに」



 イネスはそれはさすがに否定したが、語尾が弱々しく消える。



 アイリス局長はなにもかも異色な人間だ。



 初の女性局長で、初の軍人出身者で、歴代最年少の局長拝命で、初の「サウス・フランク」艦長と局長の兼任者でもある。

 ここまで『初』が重なる組織のトップは、そういない。

 容姿は桃色に染められた肩まで届く髪をサイドに下ろしており、唇は水色の口紅をつまんでいる。

 それらはやや特殊と思える容姿であるが、それでいて元が良いのか、火星一の美人と名高い。

 加えて、初任飛行士を突然抱きしめるという奇行にも走る。



 イネスの語尾が弱々しくなったのは、それらが理由にありそうだった。



「少し自由にやってるだけなんじゃぁ?あの若さで局長に就任となるとそれなりの実力を持っていて、こっちの指揮も自身の裁量に任されてる、とか?当然……常識も持ってるだろうし…」



「いいや、アイツは変人だよ。お嬢さん」



「…!」

「げ!」

「うえっ!」

「ひっ!」



 4人はまったく気がつかなかったが、1人の気密服に身を包んだ男性が、スンシルの背もたれに手を置いて立っていた。



「アジア人が2人。西洋人が2人…。ふむふむ。君達はマーズ・サーベイヤー大隊の、第707機械化砲兵小隊に配備予定の美沙希さん、イネスさん、スンシルさん、エヴァさん、かな?」



 男性は前屈みになって4人の顔を均等に見渡し、それぞれの名前を言ってみせた。



「いかにも、そうです、けど」



 スンシルが戸惑いつつ言う。

 残りの3人はまだ驚いた表情のままだ。

 警戒心を解かない4人に、男は微笑みつつ口を開いた。



「驚かせて済まないね。火星での生活が長いと、人間にも察知されない歩き方、みたいなやつが習得できちゃうんだよ。そうでもしないと外を歩くことはできないからね」



「あのう、その、どちら様でしょうか……?」



 美沙希が3人の気持ちを代弁するかのように、謎の男性に問う。



「なんで俺たちがその4人だとわかったんだよ。おっさん」



 エヴァも、睨みつけるような表情で質問を重ねる。



「おっさん?心外だなぁ。こう見えても30手前なんだけど。まぁ、良い良い。勝気な女性は嫌いじゃない。自己紹介が遅れて申し訳ないね。私の名は、オットー・ラングスドルフ。小隊長を拝命している。今日から君達の上司になる男だ」



 それを聞いて、美沙希とスンシルは顔色を蒼白に変えてゆく。



「エヴァ!小隊長ってことはこの人三等星尉だよ、将校さん!謝って!『おっさん』呼ばわりしたこと謝って!」

「すみません。すみません。すみません。この子も出来心なんです。すみません〜」



 美沙希はエヴァの後頭部を掴んで下げさせ、スンシルは腰を90度に倒してすみませんを一心不乱に連呼する。

 エヴァは「うーるーせー」と唸っているが、2人ともやめる気はないようだ。



「い、いや。少尉呼ばわりされるのは軍人になったような気がしてね。好きじゃないんだ。私のことは学校のしがない先輩とでも思ってくれればいい」



 ラングスドルフは両掌を4人へ向け、ちょっぴり困ったような顔をする。



「よろしくおねがいします。ラングスドルフさん」



 正気を失った4人を横目に、イネスは手袋を外し、ラングスドルフに右手を差し出した。



「礼儀正しい子は好きだよ、イネス君。こちらこそよろしく」



 ラングスドルフはニッコリと柔らかな微笑を浮かべ、イネスの右手を握る。



「あぁ!テメッ、イネス!早速上官に媚び売ってんじゃねぇ!」

「エヴァ〜〜。あ〜や〜ま〜って〜」



「君達はいつもこんな感じなのかい?」

「よくも悪くも仲が良いので」





 そんな会話を交わしながらも、リニアモーターカーは目的地を目指している。

 やがて、フェアファックス居留地のへ到着する旨のアナウスが流れる。到着は近い。



「さて諸君。局長が変人ぶりを発揮したみたいだから、私が火星開拓局を代表して言っておくよ。太陽系第4惑星『火星』へようこそ。これからの火星生活は到底楽じゃぁないが、是非とも自分の運命に倣って頑張ってほしい」



 リニアモーターカーはフェアファックス居留地に到着する。降車口が開き、他の乗客が続々と降りてゆく。



「行こうか。ここが火星での君達の家だ。愉快な仲間達も待っているぞ」



 美沙希達は、リニアモーターカーを降りる。