Chapter 10 - 2カートリッジ
これは夢だ、過去の記憶が夢として模写されている。古川ちよこは確かにそうだと分かった、特にこれと言った根拠は無いがちよこはすぐにこれが夢だと分かった。
夕暮れの教室、ちよこがまだ小学生だった時の頃だ。その時は確か十二の誕生日の日だった、ちよこにとって誕生日は言うほど特別な日ではないがこの日の、十二の誕生日の日は特別な日にとなった。初恋の日となったからだ。
その頃のちよこは今と変わらず学校でのカーストは自然と最下位であり、女子からは自然といじられる、いじめられる対象だった。そして誕生日のその日に自分はそのことに耐えられず誰もいない教室で自殺をしようと決意をした。
特にその日が自分の誕生日だから、ではなくたまたまであった。そこまで気にするほど自分には余裕が無かった。いや、ただ単に死に急いでいたんだ。
「これで、これで楽になれるの。もう、苦しまなくていいから」
そうちよこは言うとカッターを取り出し、のど元にと当てて死ぬ覚悟を決めたその時だった、男の声が聞こえた。見るとそこには幼き自分と同じくらいの男の子が立っていた。
「死のうとしてるの、お前?それじゃ死ねないよ」
「誰?私は自殺するの、死ぬの。邪魔しないで、それともまだ私をいじり足りないの?いじめ足りないの?」
男の子は黙って近づいてきて手に持っているカッターをちよこの手から取り、自分の体に向けて言った。
「カッターで喉を刺したとしても出血不足でただ倒れるだけだ。やるんだったら血管に刺して空気を入れるように掻っ捌く。それはそれで痛いけど」
そう言うと男の子はちよこにカッターを渡した。ちよこはただ男の子を眺めた、その様子に「どうした?」と顔を傾げて言った。その様子がちよこはどこか気に入らなかったのか大きな声で叫んで言った。
「なんで、なんで止めないの?そのために来たんじゃないの、それとも笑いに来たの!?」
そう言うと男の子は「ふぅーん」と言い何を思ったのかこちらに目掛けて突如と殴り掛かってきた。そのことにちよこは両手で自分の身を守るように咄嗟に顔を覆った。すると強い刺激は来ず、代わりに男の子の声が来た。
「やっぱり、生きたいじゃん。抵抗するってことは生きたいってことだろ、俺のオヤジが言ってた。俺だって死にたくなるほど辛いことがある、だけど辛いことを乗り越えれば必ずその向こうには生きてて良かったって思えることがある。お前も生きてみろよ、まだまだこれからなんだからさ」
その言葉にちよこは呆気にとられ男の子の顔を見て「どう言う事?」と聞いた。すると男の子はちよこのいる机の上にと座って自信気に言った。さもや、それは自分も体験したかのように。
「さっきも言っただろ、生きるのが辛いことがあるって。だけど俺はそれを乗り越えてこうして自分なりの幸せを手に入れた。だからお前も頑張ってみろよ、もしもそれでもお前が幸せを手に入れられなかったらその時は俺も手を貸すからさ」
その言葉で今まで死ぬことに急いでいたちよこは不思議と生きてみたいと思った。この男の子の言う苦しみを乗り越えた先にある自分なりの幸せを手に入れるために。そしてそれと同時にちよこはこの男の子に惹かれた、なぜここまでして自分を励ましてくれたのか。そして、なぜこの男の子といるとなぜ胸の奥がこんなにも切なく、ときめくのかを。
だがその答えは聞くことはできなかった。だがちよこは今でも彼の言葉を辛い時には思い出し、生きたいと思った。その気持ちは今でも変わることなく。
しばらくするとちよこは夢から覚めて現実に戻された。時間は十二時を指しており、日が変わりはしているがまだ外は暗い。そして自分がなぜ自分が夢から覚めたのかが分かった。自分のスマホが鳴り響いているのだ、ちよこは起きたての体を無理に起こしてスマホを取り通話ボタンを押した。
『夜遅くに済まない、キャンサーだ。前に言っていたことだが、今教えてくれないか?』
「今はキャンサーの方だっけ?奏莓さんの情報ならまだ全然だよ」
電話向こうのキャンサーにちよこは気だるそうに言った。実際に深夜に起こされれば誰だってそうだろう。それでもキャンサーは一向に申し訳なさそうな態度で『構わない』と言った。
「やっぱり奏莓さんはそこまでお友達は作ってないっぽい。唯一仲が良さそうに見えたのもはっきりと仲が良いかは分からない」
『それでもいい、可能性でもいいから何としてでもアドバンテージは必要だ』
そう言いキャンサーは電話越しのちよこに迫るようにして言った。ちよこはあまり正確ではない情報を与えるのを良くないと思ったのか少し戸惑いながら気まずそうに言った。
「物信、鎖條物信。たまたまだけど奏莓さんと一緒に話していた。だけど本当に仲が良いのかは分からない」
その言葉にキャンサーは何を思ったのかしばらくの間反応が返ってこなかった。その様子がちよこには気になり「どうかしたの」と心配そうにして言った。
『いいや、ちょっとね。まさか彼がね、ちょっと驚いてね』
「そうよね、物信さんのような人が彼女とね。今まであんなに他人に無関心だったのに」
その言葉にキャンサーは何か引っかかり、不思議そうにしてちよこにと聞いた。とは言ってもそれはあくまで自分の興味、自分が気になることであった。
『やけに物信君のことを知っているような言いぐさだね。もしかして知り合いかい?』
「そんなわけないよ、ただ同じクラスだけ。だからある程度の雰囲気って言うかオーラが分かるだけ」
『そうか、だったら僕は物信君に接触して奏莓の情報を取るよ。ちよこも再び何か分かったら教えてくれ』
それだけ言うとキャンサーは言うことだけ言ったのか電話を切った。彼がキャンサーの時はいつも必然的に言いたいことだけ言ってこちらのことはお構いなしで話す。友達としての彼はとても人が良いのだがキャンサーとしての彼はとても近寄りがたい存在だ。なぜならば、キャンサーの時の彼は心を閉ざしており、友人である自分にすらも心を閉ざしている気がしてちよこは心配なのだ。それでも確かなのは彼と友達でいられることだ。例え割り切っているとしてもちよこは確かに彼と友達でいられる。そのはずなのにどこか心苦しい、彼の役に立つことができないでいる自分が悔しいと。例えそれがお節介であったとしても。
「やっぱり辛いよ、誰かの力になれないのは。だけど頑張るよ。苦しみの先にはいつか幸せがあるって言ってくれたんだもん」
ちよこは自分を励ますかのようにして言った。自分が誰かの役に立てないことを悔やんでいても仕方ない、まずは目先のことを解決しようとちよこは心に誓って今の自分がなにをできるのかを考えることにした。そのためにはまずは睡眠だ、脳を活性化するためにはまず脳を活性化させようとちよこは考え再び寝ることとした。
「私ができることか、私にできること、やっぱりあれしかないよね」
ちよこは布団の中で復唱するかのようにして言った。ちよこ的にもその方法が一番効果的だろうと思った。そのためにはもっと奏莓と物信に近づかなければならない。そうすればキャンサーの役にも立てるだろう、それに自分的にも都合がいいだろう。
そう思うとすぐにでもキャンサーに伝えたくなったがそれはまだ早いだろう、もう少し、確実になるまで待てばいいと考えちよこは再び深い眠りにと落ちた。願うのであれば次は誰にも起こされず、自分で好きな時間に起きたいと願いながら。