Chapter 6 - 五発目
「なぁ、今更なんだが、どうやってエンジェルバレットの参加者を探すんだよ?掲示板とかあるのか」
放課後の教室、教室には二人しかおらず他の者は皆部活や家の帰りがてらに遊びに行くだかして教室には静かな空気が蔓延していた。その静かな空気にポツンと物信は隣の席に座っている奏莓にと疑問を持ちだした。奏莓は物信から貸してもらっている銃の雑誌を読みながら言葉だけを伝えた。
「エンジェルバレットについての話題はあまり学校では口にしないで。前のようになったら厄介だから」
前のようとは陽平の時のことだ。あの時は昼に襲われたが、深夜に戦うこととなりある程度の準備ができたため良かったが、いざ再び奇襲を受けると完全に対応ができるとは思えないためあれから物信と奏莓はできるだけエンジェルバレットの話は学校内では控えるようにしていた。
「だがよ、もう一週間だぞ。せっかく俺も銃を手に入れたのによ、これじゃ撃ち損と言うか持ち損だぜ――それより、ニュース見たか?」
突然の物信の質問に奏莓は眉をぴくつかせて「見たわ」と口を動かした。物信はポケットから銀色の弾丸、シルバーバレットを取り出し眺めながら再び口を動かし始めた。
「行方不明って世間では片付けられたんだよな。これもエンジェルバレットのおかげなのか?」
「さあ、私は今まで死体を海とか川に流してたから分からないけどそうでしょうね。――誰か来る、それ仕舞って」
奏莓の声と共にこちらにと来る足音が聞こえ、物信はシルバーバレットをポケットの中に仕舞って入り口の方を向いた。
教室の引き戸が引かれると、こちらに入ってきたのは眼鏡を掛けた一人の女子生徒であった。それを見て物信は警戒しきっていた体の力を抜いて「ふぅ」と息を漏らした。一方奏莓は微動だにせず雑誌に集中していた。
どうやら女性は忘れ物を取りに来たのか、自分の席の中を探り始めて何かをカバンにと詰めた。すると何やら物語と奏莓の方を向いて不思議そうにして口に出した。
「物信さんに奏莓さんって仲いいんですね。もしかして付き合ってるんですか」
「ん?どう言うことだ、お前にはそう見えるのか?」
物信は横目でそう言うとあたふたした様子で何かを言おうと必死であった。物信が横目で見て言ったせいか、彼女には睨まれているように見えてしまったようだ。奏莓はため息を吐いて読んでいた雑誌を置いて彼女を見つめて落ち着かせるようにして言った。
「全然そうじゃないわよ。ただ、趣味が合う趣味仲間よ。そうでしょ、物信君」
奏莓の真顔で喋ることが口と合ってないように見え、物信は鼻で笑い「そうだな」と呟いた。彼女は何故だかその場に居合わせるのが少しずつ気まずくなり、駆け足で教室から去って行ってしまった。それを見て物信は奏莓を見て苦笑いを浮かべてからかうようにして言った。
「おい奏莓、お前が真顔であんなこと言ったから怖がって出ていっちまったぜ」
物信のからかいに奏莓は至って平常心で「そう」と言って再び雑誌を見始めた。
「さて、そろそろ行動してもいい頃かしら」
突如と奏莓はそう呟き、雑誌を閉じて物信にと返した。物信はそれを受け取り立ち上がった。奏莓もそれに合わせるようにして立ち上がり言った。
「今日は繁華街の方に行こうと思う。あそこなら人も多く集まるし情報も出回ってると思う」
「出回っているって、集会場的なのでもあるのかよ」
物信は奏莓の言う言葉に疑問を持って言った。奏莓は何も言わず首を振って玄関にと向かって歩き始めた。物信もそれを追うようにして奏莓の後を追った。
学校から繁華街はそれほど遠く、歩いて行くのにもさほど時間はかからない。そのため帰りに繁華街にと立ち寄る生徒も少なくはない。物信も繁華街には訪れることはあるもののそこまで頻繁に訪れる程ではない。訪れるとしても週刊誌やミリタリーグッズ、モデルガンを買う時くらいしか訪れない。そのため繁華街のことは行きつけの店くらいしか知らないのであった。そのため物信はただただ奏莓の後を追うようにして繁華街の中を歩いて行った。
「なぁ、本当はどう言う意味なんだ?情報って言ってもエンジェルバレットに参加している人の名は聞けないだろう?」
「名前は聞けない、だけど戦いを望んでいる者に会える可能性もある。私の師が作ったのだけど、エンジェルバレットで戦いを希望する者が使用できるバーがあるの。そこにある掲示板を使って戦う日時と場所を指定できる」
「なるほどな。その情報がエンジェルバレットの参加者にどう行き渡っているかはどうでもいいが決闘を持ち込めるわけだな」
奏莓の言うことをある程度理解した物信は黙って奏莓の後を追って歩いて行った。
一週間も戦闘が無いとエンジェルバレットに参加しているとの実感がこうにも物信には沸かない。それに、陽平との戦いで折角手に入れた、正確には陽平から取った銃なのだが今は物信の手にあるため物信の物には変わりなく、使えず宝の持ち腐れとなっており物信は早く使いたいとの思いでうずうずしている。さらに言えば物信は早く銃を使った殺(や)り合いをしたいのだ。ただの戦闘狂と思われるかもしれないが物信の場合には違った、物信はただスリルが欲しいのだ。自分の好奇心を満たしてくれる好奇心を、そのためだけに物信はエンジェルバレットに参加したいのだ。そのため物信はシルバーバレットと言う物には興味はない、ただ興味があるのは銃を使った殺り合いなのだ。
「それにしても、やっぱり奏莓はよく来るのか?こっちの方に。俺は買い物の時くらいにしか来ないからそこまで知らないんだよな」
「来るには来るけど、やっぱりエンジェルバレットの相手を探すくらいの用以外は来ないわ」
「それもそうだよな。用が無いのに来るのも少し変かもな。ところで、ここがお前の言っていたバーか?」
奏莓が足を止めたその先には小さなバーがあった。そのバーは古く寂れており、バーと言われない限り気付かない程だ。そして雰囲気も寄り付くにも寄り難い雰囲気を醸し出している。その雰囲気に物信は一歩引き地味に奏莓を見て「本当にバーなのか?」と眉を引き詰めて言った。奏莓は何も言わずにバーと思しきお店の前に置いてある小さな掲示板をマジマジと見て来た道を戻るようにして振り向いて歩き出した。その唐突の行動に物信は慌てて奏莓を追って言った。
「どうしたんだよ、急に。て言うか、さっきの掲示板に何が書かれてるんだよ」
「あの掲示板に何が書かれていたか見た?」
その言葉に物信は遠くから見ていた掲示板に書かれていた内容を思い出しながら考えながら奏莓の後を追った。
掲示板にはバーの名前と忘れ物の案内が書かれていた。奏莓の言うことだからバーの名前は関係ないと思い「忘れ物の案内か?」と呟いた。
「うん、忘れ物の案内がそう。自分の私物をバーの人に渡して掲示板の案内で出してもらう。戦いたい人はその忘れ物を取って掲示板に時間と場所を書いて言い文句でも添えて書いとけばいい」
「言い文句って、もしもそれ見逃して指定した時間と場所に行かなかったらどうなんだ?」
「大抵の場合が殺されたわ。それくらいの覚悟が必要ってこと、戦いを挑むのだから殺されもするわ」
その時の奏莓の顔が微妙に笑って見えたためなのか物信にはそれが少し怖く見え、その言葉をしっかりと胸の奥にとしまい込んで皮肉交じりの声で言った。
「お前って意外と俺と同じで戦うことが好きなんじゃないのか?」
「?なぜかしら、少なくとも私は父の為に参加してる。好奇心を満たしたいあなたとは違うわ」
「そうか、お前掲示板についての説明の時に少し笑ってたぞ」
「仮に私が笑っていたとしても私があなたと同じにはならないわ」
奏莓の断固として認めようとしない姿勢を見て物信はこれ以上そのことに追求してはいけないと思い「はいはい」と空回りの声で言った。
エンジェルバレットの参加者についての情報を求めて繁華街を歩き回るもそれらしい情報や参加者を見つけることはできず、ただただ時間だけが過ぎていった。これには繁華街に希望を抱いていた物信も段々とやる気を無くしていった。その様子を見かねたのか奏莓はスマホを取り出し、やる気の喪失している物信を見て言った。
「仕方ないから私の師匠にお願いして情報を求めてみる」
「そっか、さっきも言っていたがお前の師匠ってどんな奴なんだ?」
奏莓はスマホを操作している手を止めて少しの間を作り語り始めた。
「エンジェルバレットで私を負かせた相手、そして私にエンジェルバレットでの生き残り方を教えてくれた人。流暢に日本語を喋るけど彼女はアメリカに住んでいたって聞く。一年前までは一緒に暮らしていたけどある日をきっかけに電話番語を残してどこかに行ったわ」
「そうか、一緒に暮らしてたってことは家族みたいなもんなんだな」
物信はあの時の、今まで一人だったとの奏莓の言葉を覚えており、例えそれが一年前でも奏莓が誰かと一緒にいたことに何故だか分からないが自分のことのように嬉しくなりにっこりと笑って奏莓にと言った。
「いいえ、違うわ。師は私の家族なんかじゃない、私の家族は今でも変わりなく父ただ一人よ。それと、電話するから少し静かにして」
物信の返答とは真反対に奏莓は冷たく物信にと返した。そのあまりにも冷たい返しに物信は何も言えずただただ電話を掛けている奏莓を見ていることしかできなかった。
すると電話を掛けた奏莓は、電話の手が出たのか話し始めた。物信は他人の電話の会話を聞くほど礼儀知らずでないため、少し距離を置いて奏莓が電話を終えるのを待った。
「えぇ、分かった、探してみるわ。物信、手掛かりになりそうな情報が手に入ったわよ」
「そうか、意外と早かったな。それで、どんな感じなんだ?」
「エンジェルバレットに参加していると思われる人物は|城ケ崎黒鵜《じょうがさきくろう》。短期間でお金を荒稼ぎした暴動団体の主犯格。彼の周りには何人かの取り巻きがいる。だけど、その取り巻きは多分エンジェルバレットの参加者じゃないと思う」
奏莓の言う黒鵜と言う人物の名は物信には聞き覚えは無かった。それでも一筋縄にはいかない様な気がした。それに、暴動団体の主犯格と言う言葉が正しければ規模が違うだろう。
「なあ、暴動団体ってことは何らかしらの活動拠点があるはずだよな?その場所とかは聞けなかったのか?」
その問いに奏莓は言葉の代わりに頭を振って返した。活動拠点が分かれば直ぐにでも物信一人で視察、突入もできたが分からないとなればどうしようもない。物信は頭を悩ましながらこれからどうしようかと考えていた矢先だった。つい最近まで聞き慣れていた声が聞こえてきた。物信はその方に顔を向けると、かつて友達で、自分をいいように利用していた友達だった二人がこちらを見て物信にと話しかけてきた。
「久しぶりだな、物信。最近付き合い悪いと思ったらデートか?」
「早瀬、よく考えてみろよ。物信に彼女ができると思うか?」
「それもそうだな、ワハハハ」
「酷いこと言うな、早瀬、川島。俺たちは先を急いでるからまた後にしてくれ」
早瀬と川島、かつて物信が友と思っており裏切られた者たち。物信自身彼らに会うこと自体が居心地の良いものでないため早くその場を去ろうと適当な理由を見繕った時だった。奏莓が物信の前にと現れて早瀬と川島を見つめた。早瀬は突然の事に「なんだよ」と言った。
「物信は、少なくともあなた達よりも優秀な男よ。さあ、行くわよ、こんな所で時間を持て余したくないでしょ」
そう言うと奏莓は物信の手を強く引っ張って早瀬たちとは明後日の方向にと物信を引っ張って路地裏にと連れてこられた。突然の行動に物信は驚き、奏莓の手を振り払って言った。
「どうしたんだよ、あんなこと言ってよ。お前らしくもないぜ」
「そうかもね、だけど許せなかったから。何も知らず、何もできない人があなたみたいな人を馬鹿にするのを」
「そうか、なんか嬉しいな。オヤジ以外にそんな事言ってくれる人なんて絶対いないと思ってたからさ。それよりも、こんな路地裏に連れて来るとは、何があった」
路地裏に連れて来るのには何か意味があるのかと思い、物信は疑問を奏莓にと問いかけた。すると奏莓はあたりを見回し、まるで自分たち以外に誰かいないかを探るようにして見回して言った。
「誰かにつけられてた。それもかなり訓練された動きだった。物信、あなたは先に路地裏を出て。後ろから私が尾行していた奴を追うから」
「分かった、万が一のことを考えてスマホを通話にしてスピーカーにしておこう。そうすれば耳に当てずにある程度は会話が可能だろ」
物信はつい最近に奏莓に教えてもらった電話番号を掛け、通話をスピーカーにしてポケットに入れた。奏莓は物信の提案に乗ることとして物信の通話に応じた。
物信は路地裏を先に出て繁華街を適当に歩き回ることとした。物信自身は誰かにつけられていることに気付かなかったがどうやら奏莓は誰かにつけられていたことが分かったのだろう。銃のことは相変わらず物信が詳しかったが、誰かにつけられているや、戦闘に関しては奏莓の方が一歩、いや何歩も先をいっていた。その点で考えれば単純な戦闘だけでは奏莓だけで充分なのだが銃を使った駆け引きとなると銃の知識を豊富に有している物信の力が必要になる。それに、物信はシルバーバレットには興味はないため手に入れたとしても奏莓に渡すため奏莓にとっても物信と手を組むことは悪いことではない。
『物信、誰か分かった。相手はあなたと同じくらいの身長で黒い革ジャンを着てる。男性よ』
「了解。だけどどうする?仕掛けるにしてもここは繁華街だ、人目が付くし相手も必ずとしてエンジェルバレットの者じゃないかもしれない」
『次の路地を曲がって路地裏に入って、そこで仕掛けるわよ』
物信は奏莓に言われた通りに路地を曲がって路地裏にと入って行った。
路地裏に入りしばらくした時だった、突如スマホの奥から奏莓の舌打ちと共に声が入ってきた。
『失敗よ、物信が路地裏に入った途端に撒かれた。路地裏から出て来て良いわ』
その言葉に物信は素直に「分かった」と応えてスマホの通話を切り来た道を巻き返すように路地裏を後にして奏莓と合流することとした。
「ごめんなさい、途中までは追えてたのだけど撒かれてしまったわ」
「いや、奏莓が謝ることじゃない。それより、他に俺たちを追ってそうな奴はいなかったか?」
「さぁ、どうかしら。私は分からなかったわ、もしかして物信は誰か別に追ってる人がいるって気付いたの?」
「そうじゃないんだがな、尾行の最低条件は二人以上ってオヤジから教えてもらってな。もしも相手がその手に詳しいなら最低でももう一人いるんじゃないかなって」
物信は過去に正明に教えてもらったことをふと思い出して言った、しかし奏莓は首を振って言った。
「あり得そうだけどその可能性は薄いわ。相手が仮に黒鵜の暴動団体であったとしてもそこまでの知識はないはず。それに、エンジェルバレットの参加者同士で手を組む人なんてそうそういないわ。一部例外を除いて」
奏莓の言う例外が自分たちのことを指していることに物信は真っ先に理解し、苦笑いを浮かべて苦笑を漏らした。物信は腕時計を覗き込み時間を確認した。すると時間は五時半を指しておりそろそろ引くにも頃合いだったため奏莓にも腕時計の射している時間を見せて今日は一旦ここまでにすることを提案した。
「そうね、今日は一旦ここで止めて明日に回しましょう。あなたは先に帰ってていいわ、私は最後にバーに落とし物を置いて来るから」
「そうか、分かった。俺の方でも一様暴動団体について調べてみるよ」
そう言うと物信と奏莓は別れを告げてそれぞれの帰路にと就くこととした。
物信は自分の家にと足を運ばせていた時だった。スマホに通知が入った、物信はその通知を見てみるとそれは正明からであった。そこには『お前の友人が店の方に来てるぞ』と通知には書かれていた。店の方と言うのは喫茶店の方であろう。物信には友と言える人物は限られている、確かに中学時代は友達に裏切られそれ以来話したことが無い。そして高校でできた友も結局は友では無かった。となると小学時代の友達だろうか。物信は帰り道を急ぎ足で家にと向かい喫茶店の扉を開いて「ただいま」と言いドアを開けた。するとキッチンの奥から正明がコーヒーを二人分持ってきて物信をからかうようにして言った。
「よっ、帰って来たか。それにしても、女友達をもう一人作るとはお前も中々隅に置けないな」
「い、いえ。ですから私は物信さんのお友達では無くて、その・・・」
するとカウンターに座っていた物信と同じ高校の制服の女子生徒が手を振り言った。物信はその女子生徒に見覚えがあった。それもそのはず、今日の昼に教室で物信たちに話しかけてきた眼鏡を掛けたあの女子生徒であった。物信は隣の席にと座り、正明からコーヒーを貰い言った。
「よくここに俺が住んでるって分かったね。それで、君は何しにここに来たんだ?」
「ちよこ、古森ちよこです。今日は、物信さんにお話が聞きたくて。ご迷惑じゃなければ、お願いします」
「ご迷惑って、なんで俺なんかに話が聞きたいんだ?」
物信は何か裏が無いか注意深く相手を探るようにちよこに尋ねた。物信はエンジェルバレットのこともあり一週間前から行動一つ一つに注意し、神経を尖らしていた。奏莓曰く情報を知っているのと知っていないので戦況に大きく関わってくると言われたからだ。それに、自分たちのように学校の生徒にもエンジェルバレットの参加者がいるとも限らないからであった。
「それほどのことじゃ無いのですが、奏莓さんについてです。物信さん、最近奏莓さんと共に行動するじゃないですか、それで奏莓さんのことについて何か知っているのなら教えて欲しいなーって」
「それって、君自身の疑問かな?なんか、俺から見ると他人から頼まれたように気がするんだが」
物信は真っ先に誰かからに仕向けられたのではないのかと思った。案の定なのかちよこは黙り込んで手元のコーヒーの入ったカップを眺めて呟いた。
「はい、同じクラスの女子から新聞部なんだから奏莓のことについて調べてこいと。いやなら言わなくていいです、分からなかったと答えるので」
「カースト制って奴か。あいつって確か女子からそれなりの人気あったよな?それとも、あまり良く思っている奴がいるのか?」
静かにちよこは頷いた。物信は噂にする程度には小耳に入れていた本当に奏莓のことを良く思ってない奴がいるとは思っていなかった。だが、奏莓のクールで少し近付きづらい雰囲気ならば少なからずいてもおかしくないだろう。物信は大きく、わざとらしくため息を付いて言った。
「そいつらに言っておけ、これ以上あいつには関わるなって。そして、悪く思っているなら俺に直接言ってこい、ってな」
「――物信さんって、どうしてそこまで奏莓さんに優しいんですか?彼女に会うまでは誰にでも無関心だったのに・・・」
そう言われ物信も自分でも奏莓とは他の者とは違う接し方をしていると改めて気付いた。だが、それが何故かと言われれば説明できた。そのため物信は率直にちよこに説明することとした。
「ただ単に、俺が奏莓に興味を持っているからだ。それ以外で言うと、分からない。それに、あの時言ってたろ、趣味の合う趣味仲間って」
ちよこはぽつんと「趣味仲間」と呟き、少しの間を開けお辞儀をして言った。
「そうですか、分かりました。色々とありがとうございます、それと物信さんのお父さんもコーヒーありがとうございます」
どうやらちよこは正明が物信の父親だと思ったのか、正明をお父さんと呼んだ。正明はそのことを気に留めずいつもの陽気な声で返事を返した。
「それはどうも、次は客として来いよ」
ちよこは笑顔で「はい」と言って喫茶店を後にして行った。物信はちよこが店から出て行ったこと確認し、キッチンの奥で洗い物を洗っている正明に聞こえるような声で言った。
「オヤジ、前に尾行の最低条件を教えてくれた時あったよな?」
「ん?確かそんな事もあったな。それがどうしたんだ」
「どうして、オヤジはそんなこと知ってんだ?銃のことでもそうだけど、妙にオヤジそう言うところ詳しいよな。喫茶店やる前はどんな仕事に就いてたんだ」
物信のその疑問に正明は今洗っている洗い物を洗い終えてから水の出ている蛇口の栓をひねって水を止めて物信のいるカウンターの方に出て来て言った。
「そうだな、イギリスの方に暮らしてた。そこでイギリスの友人が元S.A.Sだったから話を聞かせて貰っただけだ。だから詳しいだけだよ」
「へぇ、オヤジの知り合いにそんな人がいたんだ。会ってみたいな、今はどうしてるんだ?」
「かなり前のことだからな、分からないがきっと幸せにしてるだろ。さぁ、お前は明日も早いんだろ、後片付けは俺がやるからさっさと今日は休めよ」
最近の物信はいつもよりも早く学校に通っているためか、正明に明日も早いのだと察しられたようだ。実際に物信は明日も早く学校に行くつもりであった。なぜなら、朝早く学校に行き奏莓とエンジェルバレットについて話し合うためだ。そして、話し合う以外にも奏莓から弾丸を受け取るためでもある。本来であれば弾丸は一日に十弾手に入るのだがそれはあくまで正式な参加者のみであり、陽平から奪った銃を使っている物信は正式な参加者で無いため弾丸の補給は無い。物信の使うM360PDは奏莓の銃が使う357マグナムも使えるため弾丸の補給は奏莓から行えるわけなのだ。
物信は「ありがとう」と言い、一度喫茶店を後にしてすぐ隣の自分の家の玄関に入り靴を脱いで自分の部屋に行くために二階にと駆け上がって行った。物信が自分の部屋の扉を開いて部屋にと入った時だった、ベッドに誰かが座っていたのだ。直ぐに電源を付けて部屋を明るくして「誰だ」と言った瞬間にその者が電源の付いたライトに照らされ姿を現した。その姿はあの時と変わらず浮かれたアロハシャツを着た中年くらいの男性、ガブリエルであった。
「お邪魔してもらってるぜ、物信。いい趣味してるなお前、この年でこれだけ銃のこと調べてるんだ。英語も読めることは喋れるのか?」
「ある程度はね、あんただって暗い中俺は待ってるとは、天使なんかより亡霊の方がよっぽど似合ってるんじゃないか?」
不思議とガブリエルがここに居ることに物信は疑問には思えなかった。それもそうだ、屋上に突然現れて突然姿を消すのだ、不思議にも思えなくなる。
物信は椅子にと掛けてガブリエルを見つめて「何か用か」と問いかけた。
「いや、ただの忠告だよ。これ以上命が惜しければ銃を捨てるなりして破棄しろ」
「命が惜しい?今の俺はそれで満足だよ、実銃を使えてそれで死ぬのならね。つくづく思うんだよ、生まれた時代が悪いってな。この時代じゃ俺を満足させてくれるスリルが無い」
「あっそうかい。そう言うと思ったぜ、さっきの言葉は運営側からの言葉だ。俺からの言葉は一つだ、黒鵜には気を付けろ」
あまりの予想外の言葉に物信は呆気を取られて顔でガブリエルを見た。その反応にガブリエルは「どうした」と返した。その言葉に物信は咳払いをして言った。
「いや、あんたがまさかそんなこと言ってくれるとはな。どう言った風の吹き回しだ?」
「言ったろ、ただの忠告。黒鵜の裏には一人の元S.A.Sの者が関わってる、それがどれだけやばいか分かるか?」
「S.A.S、イギリス陸軍の特殊部隊だろ、本で読んだことあるくらいはな。確かに軍の一人が関わってるとなれば強力だな。S.A.Sとなれば尚更だが」
S.A.Sとは特殊部隊の中で一、二を争うくらいの強力な特殊部隊である。正式名所をSpecial Air Serviceと言い、よく空軍の部隊と勘違いされるのだが、物信が言っている通り陸軍が正しい。ガブリエルは元と言っているがS.A.Sに入っていたことはそれに見合う実力を持っていることが分かる。
「そして、戦いはフェアでなければならない。一方が有利になるとこちら側としてもつまらないからな。そこでこの情報を黒鵜には黙って回しているわけだ」
「なるほどね、それで合点がいったよ。なんで運営側のお前が他対選手の情報を提供しているのか。まいいよ、丁度俺と奏莓もそいつについての情報を集めてたからな」
「そうか、だったら有益な情報が手に入って良かったな。じゃあ、俺はここでさらばだ。他の者たちにも情報を配らないといけないからな」
そう言いガブリエルはその場を立ち上がって言った。物信は「待て」と慌ててガブリエルを止めるようにして言った瞬間、ガブリエルは霧が晴れるかのように消えていってしまった。あの時はしっかりと見てはいなかったが初めて、しっかりと彼が消えていくのを見て物信は彼が本当に人間ではなく別の何かのだと確信した。