Chapter 2 - 第一発
変化のない高校生活程つまらないことは無い。鎖條物信はそれほどまでに退屈であった。やっとできた高校の友達も結局は自分を便利に使うだけの者だと理解したのもつい最近であった。その証拠なのか自分から話しかけなければ自分とは話さなかった。会話に入ろうとしても自分の言葉には空返事で返しが決まり返事であった。そんな退屈ばかりの学校生活にもつい最近変化があった。三日前のことだった、学校に転校生が来たのであった。それも女子であった。名前は呱々葉奏莓と言い、黒いショートヘアの凛とした顔立ちであった。スタイルも良く、見た目通りのクールな性格と抜群の運動神経から女子からの人気もある。
たまたま席が隣となったため物信は興味本位から、初日から彼女に話しかけてみたが無反応で終わった。その次の日も無反応であった。そしてその次の日もまた無反応であった。
夏のオレンジ色の夕日が射す放課後の、教室。残っている生徒の殆どが夏場の大会のために部活に励む者ばかりで、教室に生徒はそこまでおらず、数えるほどであった。そして物信もその一人であった。物信は隣の席に座る奏莓を見つめて今日も無反応であるのだろうと思いながらも彼女と接触しようと流れるように話しかけた。
「なぁ、お前って本当に無口だよな。そこんトコロが皆からクールだとか言われてるが実際はどうなんだ?」
それでもやはり奏莓からの返事は無かった。物信は前を向いて黒板の上にある時計にと向けた。
今日も無反応で終わると思った時だった、奏莓はポツンと呟くように物信にと声を発した。
「なんであなたは私にこうやって話しかけてくるの?」
物信は横目で奏莓を見つめて考えながら奏莓の様子を伺うようにしてから言葉を選ぶようにして言った。
「それは、お前が気になるからだ。高校二年の時期に転校ってそうそう聞かないぞ、なんで引っ越してきたんだよ」
「引っ越して来たのは仕事の都合上。じゃあ、さようなら」
奏莓は物信の質問が鬱陶しく思い、その場を立ち上がり、机にぶら下げていたカバンを手にして教室を後にして行った。
前と比べればかなり一歩前進した、そう物信は確信した。不愛想ではあったが会話らしいことはできた。それだけでも少しの収穫だと物信は胸をはせて自分も家にと帰ることとした。
ここまで他人のことが気になるのは物信にとっては初めてであった。物信は奏莓からただならぬオーラを感じ取った。そのオーラがどう言ったものかは分からないがどことなく物信はそのオーラに惹かれて奏莓に興味が沸いたのであった。
物信の家は学校からそれほど遠くはない場所にと在った。家と言っても本当の家ではなく、養子として引き取ってもらった者の家だ。物信の両親はまだ物信が十にも満たない時に亡くしており、父の知り合いである、榎枝正明に養子として引き取ってもらったのだ。物信は父よりも正明と共に過ごした時間の方が長いため、正明のことを実の父のように慕っている。
物信はいつものように、笑顔で家の玄関を開けて「ただいま」と言って入って行った。するといつものように正明が物信をエプロン姿で出迎えてくれた。
「おかえり、どうだった?学校。何もなかったか?」
「心配性だな、もう高校生だぜ。それと、何か作ってたのか?」
物信はエプロン姿の正明を見て、正明が何かを作っていることに気が付いて履いていた靴を脱いで正明の下にと近づいた。
「新しいメニューだよ、喫茶店の。それよりも、どうだったんだよ、例の転校生」
正明は自分の経営している喫茶店の新メニューを考えていた最中であった。その喫茶店では物信もアルバイトとして働いており、そのためか物信は自分も何か役に立てないかと思い身を乗り出して言った。
「別段、普通だよ。それよりも、俺も手伝うよ。喫茶店の方で作ってたのか?」
「まあな。でもいいのか、学校から帰って来たばっかりだろ?」
正明の気遣いの言葉に物信は笑顔で喜々とした声で言った。
「俺だってアルバイト員の一人だ。それに、面倒を掛けてるんだから少しでも恩返ししたいんだよ」
そう物信は一人しか雇っていない自分を指して言った。
「そうか、お前が良いならそれでいいよ。じゃあ早速来てくれ」
正明はそう言うと家の奥にと行ってしまった。喫茶店は家と繋がっており、正明は家の廊下を通って喫茶店のキッチンの方にと向かったのだ。物信は荷物を靴棚の上にと置いて自分も喫茶店のキッチンの方にと向かった。キッチンの方に行くと、テーブルにはジャムとパンが皿の上にあった。
「これは?パンとイチゴジャムだよな?」
「あぁ、今まではパンとバターの組み合わせ中心だったろ、だから今度はジャムだ。季節ごとにジャムを変えようと思っててな、味見してみてくれ」
正明に言われるがまま物信はパンにジャムを塗って食べてみた。味としては申し分なかった。しかし、それでも何かが足りなかった。正明は「どうだ?」と感想を求めた、物信は腕を組んで考え込んで何が足りないかを考えて模索した。暫く考えても自分一人では駄目だと思い思ったことを率直に言った。
「味としてはいい、だけど何かが足りない。甘いんだけどその後が・・・」
正明はそれを聞いて何か閃いたのか、上にある調味料などがある棚を漁りながら言った。
「だったら、塩を足したらどうだ。確か、ここら辺に試作料理用の塩があったんだが。悪い、買って来てくれないか」
試作料理用にと使う塩が中々見つからず、物信に駆って来るようにと命じた。物信は「分かった」と言って再び玄関の方にと向かって歩いて行った。靴を履いていると、後ろから正明が駆け寄ってきた。物部は後ろを振り向くと、正明が財布を投げてきた。
「塩と一緒にお前と俺の分のアイス買ってこい。後で一緒に食べようぜ」
正明は自分と顔と物信の顔を指して笑顔でそう言った。その何気ないその提案に物信も賛成であると「おう」とだけ返し、「行ってきます」と伝えて玄関を開けて塩とアイスを買いにコンビニにと足を向かわせた。いつもであればホームセンターに向かうのであるが、ここからホームセンターとなるとそれなりに時間が掛かる。それに、ホームセンターに行く頃にはホームセンターは閉まっている頃だろうし、アイスも買うとなれば近場のコンビニが良いと思いコンビニにすることにしたのだ。
コンビニには直ぐに着くことができ、お目当てである塩を買い物カゴにと入れた。そして、もう一つのお目当てであるアイスをカゴにと入れて会計を済ませることとした。
コンビニ店員から袋に入れられた物を受け取り、流れるようにとコンビニを後にした。時間は六時半となっており、いくら日の長い夏でも六時半ともなれば夕日が沈みかけていた。物信は少し急いだほうがいいと思い、少し駆け足をし始めたその時だった。路地裏の方から何か大きな発砲音に似た音がした。物信はその音に惹かれるかのように、駆け足の足を止めてゆっくりとその音の方向にと近づいて行った。足を音のした方にと近づけていくと、二人くらいの人影が見えてきた。
「なんだ、争いごとか何かか?」
物信は影からそれを見ると、自分の学校と同じ制服の女と、影で見えない誰かと対峙するように立っていた。女は何やらリボルバーのような物を構えて引き金を引いた。すると発砲音と共にリボルバーからは弾丸が対峙している者にと向けられて放たれた。その者は弾丸の軌道が見えているかのように避け、その者もリボルバーを構えて女に向けて引き金を引こうとした。
この時、物信の目にはその者が持っていたリボルバーが何なのかが分かった。銃オタである物信の目が正しければその者が持っている銃はS&WのM19だ。M19はリボルバーであるがマグナム弾が打てる。マグナム弾の強さは木の壁など余裕で貫通するほどの威力を持っているためそれ以上言わなくてもそれだけでどれだけ強いのかが分かる。
そのため、向けられたら避けるのが吉なのだが、女は避けようとはせず近場にあったゴミ袋を相手にと投げつけてそのまま近寄ろうとしたのだった。物信はあまりのことに助けなければと思い女にと向かって体当たりをするかのようにしてその場に伏せさせるようにと押し倒した。弾丸は案の定か女が立っていた所に向かって放たれ、何とか避けられたと言った形にとなった。
「バカかよ、マグナム弾をあんな程度で防げると思ってるのかよ――って、お前は呱々葉奏莓!?なんでここに・・・」
奏莓は物信を邪魔そうに冷たい目を向けて「どいて」と言った。その言葉を聞いて物信は奏莓の腕を掴んで押し倒していることに気付き、気恥ずかしくなりおどおどとした態度でその場を立ち上がった。奏莓は物信が退いたことを確認して立ち上がり対峙していたものがいなくなったことを確認して注意を促すようにして物信に言った。
「あなた、死にたいの?相手がたまたま逃げてくれたから助かったけど下手したら死んでたわよ」
そう言われると彼女を襲っていた者がいないことに物信は周りを見回して気付いた。形はどうであれ奏目を助けたことに変わりないはずなのに怒られたことに気に入らず、対抗して強めに言った。
「そうは言うが、お前だって俺が助けてやらなかったら死んでたかもしれないんだぞ。それに、なんで銃なんか持ってるんだ」
物信は彼女が当たり前のように持っていた銃を見て言った。奏莓は手にしていた銃を見て「これ」と言うかのようにして言った。
「ルガーGP100、このゲームではエクスシアって言ってた」
すると物信はまじまじとそれを見て歓喜の声のような声を出して言った。
「凄いな、と言うかゲームってなんだよ?」
物信はただ単に奏莓の言うゲームが気になるのではなく、あの口数少ない奏莓がやっていることが気になった。見た目と性格からは漫画やアニメに興味がなさそうなことは確かだ。そのため、奏莓の言うゲームが物信には気になったのだ。
奏莓は少し間を置き、黙り込んでから再び口を動かして物信にと語り始めた。
「エンジェルバレット、参加者には一つリボルバーって銃が配られてシルバーバレットを巡って戦い合う。そして勝者となるまで戦う、途中で辞めるとかはできない」
「戦い合うって、さっき実弾を使ってたよな!?なんでそんな危ないことやってんだよ!?」
奏莓の言っていることを信じろと言われても信じ切れない。だが、物信は彼女が嘘を言うような奴ではないと錯覚しており、嘘だとは思えなかった。それに、実弾を使用していることも充分分かった。
「なぁ、奏莓。そのこと家族は知ってるのか?」
「父さんは病院で寝込んでる。母は、昔に離婚してる」
そのことを聞いて物信は奏莓の家族事情を知ってしまった。それを知っただけで気まずくなった。だが、奏莓は案外気にしておらず「それで」と不思議そうな顔を物信にと向けてきた。
「だったら、なんで参加してるんだよ?死ぬかもしれないってことは命の危険があるってことだろ」
「そんなの、お金のため。ゲームでシルバーバレットを手に入れれば百万、換金すれば五十万。父の入院費の為にも、生活費のためにもお金が必要だから」
奏莓は自分の前に立つ物信を邪魔そうに避けて行こうとした時だった。物信が奏莓の腕を掴んだ。奏莓は物信の方を振り向いて真顔で「何?」と聞いた。
奏莓とは同じ高校を通う者、と言うだけの関係だけで奏莓のことを知らない物信が口を出すなどただのお節介だろう。しかし、物信にはそれよりも大事なことがあった。それは、目の前で命を懸けてまでして親のことを想っている彼女に惹かれたのだ。物信は幼い時に親を亡くしている、そのため実の親に親孝行できないでいったことだ。だから物信は命を懸けてまで親のことを想う彼女に惹かれたのだ。
「俺はお前の事をとやかくは言わない。だが、死ぬかもしれない奴はほっとくことなんてできない」
「・・・私は生きている。それに、弱いあなたがそんなことを言っても説得力がない」
「弱いからこそ言える、確かにお前は強いのかもしれない。だが、強いからこそ死に疎くなる、オヤジが言っていた」
物信が言うオヤジとは正明のことである。正明は物信に好きなように呼べと言い、物信が第一声に呼んだのがオヤジだったため、物信はそれ以来正明のことをオヤジと呼ぶようになっている。
「とにかくだ、お前がゲームに参加していることにとやかくは言わない。だけど、俺はお前をほっとけないんだよ」
「ッ!!だからなんなの?私は――」
奏莓が続きの言葉を言おうとした時だった。奏莓のお腹から、ぐぅとのお腹の鳴く音がした。その音と共にさっきまでの緊迫した場の空気をぶち壊した。
物信はそうだ、と心の中で手を叩き奏莓にと提案をした。
「腹が減ってるなら|家《うち》に来いよ。喫茶店やっているから上手いもの出せるし、俺からの奢りにしてやる」
奏莓は突然の事に困惑し、目をぱちくりして物信を見つめた。
一方物信は至って平然とした態度で「どうした?」と言ってぱちくりしている奏莓を見つめて言った。
「ご飯を食べさせてくれるのは分かった、でも、なんで見ず知らずの私にそこまでするの?」
「それは、俺がお前に興味があるからな。それに、見ず知らずじゃなくて同じクラスメイトだろ?」
物信は自信満々にそう言うと、奏莓の手を掴み、半ば強引に奏莓を連れて自分の家へと向かった。
玄関からは入らず、物信は奏莓を連れて喫茶店の方の扉を開け、奏莓の手を引っ張って喫茶店へと入って行った。喫茶店の扉に付いている鈴の音と共に、キッチンの奥から正明が出て来て不思議そうに物信と奏莓を見つめて言った。
「遅かったな。物信、その女は誰だよ?ひょっとしてお前の彼女か?」
「そんなんじゃないよ、例の転校生。オヤジ、腹減ってるらしいからなんか作ってやってくれないか?」
奏莓はあまりのことにその場の空気に置いてけぼりになり、困惑していた。その様子を見てなのか、正明は奏莓に向かって申し訳なさそうにして言葉を掛けた。
「期待された以上の物を出せるかどうかは分からないが、何が食べたい?」
奏莓はここまで来たら何か食べない方が失礼だと思い、たまたま目に入ったメニューの看板にあったカレーを見つけカレーを頼んだ。すると正明は喜々そうにキッチンの方に向かって調理をし始めた。奏莓はカウンター寄りの椅子にと座り、キッチンの方を見つめた。その様子を見た物信は奏莓の隣の椅子にと座り、自分もキッチンの方を見つめて語り始めた。
「オヤジが作るカレーはな、とっても美味いんだよ。俺がオヤジの養子になって初めて食べさせてもらった料理もカレーだった」
「養子って、じゃああなた親は・・・」
物信は両手で手を交わらせて手遊びをしながら息を吸って言った。
「俺の幼い頃に死んだ。まだ十にも満たない頃だったからそこまで顔も覚えてない」
このことは友達にもそこまで話したことは無い。話さない理由として、単に同情されたくないとの理由だ。だが、奏莓なら話しても問題は無いと思い、物信は率直に伝えた。
「そうだったの――寂しく無いの?」
奏莓はしんみりとした声で物信に恐る恐る聞いた。すると物信は至って元気そうな顔と声で両手を挙げて言った。
物信にとっての親はオヤジでもある。だから物信にとってそこまで寂しいだとか辛いと言った気持ちはなかった。
「全然、だってさ、オヤジがいるんだから今の俺は寂しくないさ」
物信の言うことに、離婚して自分のことを育ててくれた父が病院で眠っている奏莓にとっては、親を失うことはとても耐えがたいことなのだ。奏莓は物信に対して弱いと言った自分を恥じた。確かに物信は力的には弱いかもしれないが精神的な面ではもしかしたら自分よりも強いかもしれないからだ。
「あなたは、強いのね。ごめん、弱いなんて言って」
「なんで謝るんだ?俺はお前の言う通り弱い。それに、今の俺を作ってくれたのはオヤジのおかげだ」
奏莓は物信の言う、オヤジのおかげがどのような意味かを聞こうと「どう言う事?」と口に出した時だった。正明がキッチンからお皿を持って出てきた。お皿からは香ばしいカレーの匂いが漂ってきた。
「おまちどおさま、俺特製のカレーだ。味にはそれなりに自信ありだぞ」
正明はカレーが盛られたお皿を奏莓の前にと置いた。奏莓はそれを見て、スプーンを取り「いただきます」と手を合わせて言った。初めの一口こそはゆっくりとだったが、二口目からはパクパクと手が進みカレーをどんどんと食べていった。その様子を見て正明は嬉しそうに「美味いか?」と聞いた。それに対して奏莓はこくり、こくりと何度も頷いた。見ている物信もつい嬉しくなり「そうだろ」と言った。
「そう言えば、正明。買い物はどうだった?ちゃんと買えたのか?」
その一言で物信は何をしに外出したのかを思い出した。そして思い出したと同時に「あっ」との声をあげてビニール袋を確認して何も言わずに正明にと渡した。受け取った正明も中を確認し、感触分かった。アイスが溶け始めていたのだ。
「お~い、アイス溶けだしてるじゃないかよ。すぐ気付いて良かったぜ、まったく」
「悪い、結構来るまでに時間かかってさ、それより俺の分も頼むよオヤジ」
物信は自分の分のカレーを正明に頼むと正明は「オッケー」と言って再びキッチンの方にと入って行った。物信はお皿に盛られていたカレーを全て平らげた奏莓を横目で見て聞いた。
「なあ、さっき言ってたエクスシアってなんだよ?それと、お前のGP100もあのM19と同じ357マグナムなんだからどれだけの脅威かは分かったはずだが?」
すると奏莓は首をかしげて物信を見つめて「どう言う事?」と言った。物信は大きなため息を付いて語り始め矢。
「いいか、M19とルガーGP100って言うのは同じ357マグナムって言う強力な弾丸を使うんだよ。その脅威は見て分かるだろ、それに実際に使っているんだから分かるはずだが」
それを聞くと奏莓は頷き、自分が使っている銃の恐ろしさを改めて実感した。更に、奏莓は物信の銃の知識に感心して物信を見つめた。奏莓の物信にする眼差しに対して物信は特に何を思うことも無く「どうした?」と問いかけた。奏莓は素直に尊敬の意をこめて「凄いわね」と言った。
「そんなことないよ、ただ単に俺が銃オタ、ミリオタだからさ」
「そんなことないぞ、物信。謙遜するなって。こいつな、一時期の間ガンスミスになろうと必死でな、銃のことを調べ撒くって俺よりも詳しくなっちまったんだよ」
正明はカレーが盛ってあるお皿を持って奏莓と物信の話に割って入った。物信は正明からカレーが盛ってあるお皿を受け取り、スプーンを取って食べながら言った。
「確かに、詳しいかもしれないがそこまでじゃないさ。それに、そのきっかけを作ったのはオヤジだろ」
「そうだったけか?だが、あくまできっかけを作っただけさ。俺はキッチンの奥で新メニュー作ってるからお前はさっさとそれ食って転校生ちゃんを送ってやりな」
そう言葉を正明は残していくとキッチンの奥にと入って行った。物信は正明にそう言われると手を早く動かして急いでカレーを食べ始めた。その様子を見て奏莓は気を使わせないように言った。
「大丈夫、送ってもらわなくても一人で帰れるから。それに、ここから家近いし」
「そうか?でも、家の外までは見送るからさ。もうちょっとで食べ終わるからさ」
物信は食べながらそう言うとあっという間にカレーを平らげてしまった。
満足、満足と物信は実感して「ごちそうさま」と言った。そして椅子から立ち上がり奏莓を外まで見送ろうと奏莓の後にと付いて行った。
奏莓は外にと出て物信の方にと振り向いて軽く一礼をした。
「今日はありがとう。また、カレーを食べに来てもいいかしら?」
「勿論、その時はコーヒーも飲んでくれよ。喫茶店なんだからさ」
そう物信の言葉を聞き、奏莓は改めて喫茶店だと言う事を実感し「そうだったね」と呟いた。
「じゃあ、これだけは言っておくけど、死にたくなかったらもう二度とあんな真似しないでね」
奏莓は念を押すかのように物信に注意深くそう言った。しかし、物信はそんなこと微塵も気にする素振りも無く鼻で笑い蹴飛ばした。
「はい、はい。善処するよ、お前だって死ぬんじゃないぞ」
物信は家へと帰る奏莓の背中を見送り、何を思ったか物信は夜空を見て「俺も頑張らなきゃな」と呟いた。暫く夜空を眺めていると店の奥から正明の「看板片付けてくれ」との言葉を受けて「おう」と返して店の前に立てかけてある看板を店にと仕舞い込んで物信の今日の一日が終わったのであった。