藺草 鞠2020/06/15 11:15
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タイタンを救ったのが最後の力だったのだろう。

タイタンの膝元にどさりと倒れ込んだ狼は、全身の毛が焼け焦げ、見るも無残な姿であった。

必死に走ったのだろう、爪が折れ、肉球は火傷で腫れ上がっている。

火傷、背中の大きな傷。医療に詳しくないタイタンでも、この狼が間も無く絶命すること、どんな優れた医師でもこの狼に為す術がないであろうことが理解できた。

傷を見ようと慣れない手つきで触れようとしたタイタンを狼が制す。

「いらん。時間がない。・・・いいか、おれの話を黙って聞け。聞かれたことだけに返事をしろ!」

地響きのような低い声。ぐらりと目眩のような感覚にタイタンは眉を寄せた。

狼の低い声は、タイタンの脳に直接響くようだ。

どういう理屈かは知らないが、この不可思議な現象はおそらく魔道の一種だろう。

狼が魔道を振るう。俄かには受け入れられない現実に動揺するが、そんなタイタンを無視して狼は話を進める。

死を前にした狼の声はどこか安らかで、しかし森を守る者の威厳に満ちていた。

狼はタイタンを見定めていた。

ここまで弱っていても、気を抜くとこの狼に食い殺されてしまいそうな、そんな恐怖と緊張をタイタンは抱いていた。

「お前は、お姉ちゃ・・・セレナを、この森を、守ると誓えるか。」

「・・・っ、当たり前だ。」

僅かに弱くなった言葉尻を狼は見逃さない。

「何があっても、守ると誓えるか!」

「誓える!」

その為にタイタンはここまで走ってきた。

そんな問いは今更だ。

セレナが1人で泣いていることが許せない。セレナが1人で苦しむことを許せない。

セレナには笑っていてほしい。できることなら、それが自分の隣であってほしい。

それだけが今のタイタンの願いであり、祈りだ。

それだけが今のタイタンの全てだ。

目の前の狼は恐ろしかったが、タイタンのそれだけは決して折れない。

狼は僅かにタイタンを見つめ、その瞳の光を見て満足そうに頷いた。

「然るべき時に、セレナに渡すように、母さんに預けられていたものがある。しかしおれはもう死ぬ。寿命を超えた魔道の稼働でおれの体はもう限界だったのだ。・・・だからそれを渡す役目をお前に任せたい。役目を果たすためのおれの力を全てお前に渡したい。」

「渡す、もの・・・?」

「言っておくが、今渡したら駄目だぞ。母さんの計画が全て無駄になる。母さんがこの森に仕掛け、セレナに仕掛けた全てが無意味になる。セレナを見定め、計画に必要な力を取り戻したとわかった時に、渡せ。できるか。」

「な、何を言っているか分からない!」

質問にだけ答えろと言っただろう!と狼が声を荒げ、血を吐く。

ごぼり。と。

経血のようなゼリー状の塊になった血が、大地に吸い込まれることなくてらてらと艶めく。

「お前たちはこの森を探索することを始めていたな。それでいい、それを続けろ。セレナも薄々気づいていたから、そういう行動をしたんだろう。計画のことはセレナに聞け。」

「セレナさんのお母様の研究資料を見つければいいのか?そうしてこの森の結界をより強固にすると・・・そういうことか?」

「・・・?どうしてそんなことになっている?どうしてそんな無意味なことを?」

無意味?首をかしげるタイタンに狼は呆れたような声をかける。

なにもわかっていないのか、と。

狼は当たり前のことを言うように、軽い口調でそれを告げた。



「結界を守ってどうする。世界を救わねば、崩落を止めねば、何も解決しないだろう。」





「世界を、救う・・・?」

タイタンは僅かにぽかんとする。

あまりにスケールの大きすぎる一言だった。それはタイタンの想像を超えた一言だった。

いや。想像を超えてなどいない。

それはタイタンの脳裏にありながら、しかし、できるわけがないと無意識に記憶の外に追いやっていた一言だ。

脅威を脅威と認識できない兵士。

・・・自分はセレナを責められまい。この世界の人間を責められまい。結局自分も同じだった。

恐ろしいとは思った。崩落を防ぐ結界を守るため、ありとあらゆる手を尽くさねばならぬと思った。

それよりもっと単純な、セレナと自分が、人間が幸せに生きる方法を、タイタンは不可能だと切り捨てていた。

世界を救う。その言葉に固まるタイタンだったが、その瞬間、確かに。

タイタンの胸に、小さな炎が燃えた。

「世界を救うための仕掛けを母さんは森に施した。仕掛けを作動する最高の術師としてセレナを用意した。仕掛けは完璧だ。あとはセレナが術師として完成し、仕掛けの鍵をお前が渡せば世界は救われる。・・・こんな当たり前のことを説明している時間はないんだ!やるのか、やらないのか!?」

突然のことに混乱するタイタンだが、しかし、心になにか欠けたものが、ぴたりとはまったような感覚だった。

そうだ。自分が本当にすべきことは、これだ。

世界の滅びに抵抗するのではなく、世界の滅びを止めるのだ。

セレナがハンターに怯えることもなくなる。

タイタンもセレナも人殺しを辞められる。

自由に森で生きられる。

崩落さえなくなれば、そんな幸せな日常が手に入る。

森でただ笑って2人で暮らす、そんな日常を。

タイタンが、渇望するそんな日常を。

そんなことが、もし本当に可能ならば。

「やる。」

タイタンの心に燃えた希望の炎が、ぱちぱちと楔色を燃え上がらせる。

目の前に死に瀕した命があると言うのに、不謹慎だとしても、それでもタイタンの表情は希望に満ちていた。

狼は怒ることはなかった。むしろ狼は嬉しそうにニヤリと笑い、タイタンの膝を鼻でこつんと突いた。

「まだ問いは終わっていないぞ若造。」

狼は喜色を隠し、再び冷徹な声でタイタンに問いかけた。

「・・・今からおれの血を輸血する。狼の血が歪に混ざったお前は異形となり、同時にとある記録と、狼の絶大な権能を手にする。計画のために、ヒトでない何かに成り果てる覚悟はあるか。」

「構わん。そのくらい、どうということはない。」

どうせ自分は最初から何も持っていなかったのだから。

即答するタイタン。狼は少し間を置いて、再び語り出した。

「お前の記憶を奪ったのはおれだ。あと一発魔道を使えばおれは死ぬ。おれが死んだら、お前の記憶を取り戻す機会は永遠に失われる。永遠にだ。・・・どうする。記憶を取り戻す魔道と、力の魔道、どちらを望む。」

お前に不誠実なことはしたくない。おれはおれのしたことを全てお前に明かす。

狼は初めて、申し訳なさそうな顔をした。

「要らない。記憶を取り戻せば、きっと俺はセレナさんの敵になる。・・・そのくらいは、自分でわかっているから。記憶は要らない。」

「・・・記憶のことは、申し訳なかった、人間。」

「・・・いいんだ。あんたのおかげでセレナさんと出会えた。俺は今幸せだ。だから、もう、いい。」

狼が身体を怠そうに起こし、タイタンに立ち向かった。

「本当に、いいんだな。」

「記憶をなくす前の友人、家族。彼らに糾弾されようと。不誠実だと後ろ指を指されても。彼らが俺を亡くして涙を流しても、苦しもうとも。俺は過去を切り捨てると決めた。その為なら、俺は悪魔になる。鬼になる。覚悟はできている。・・・だから、謝るな。切り捨てたのは、俺だ。」

狼の瞳が揺るぎない楔色を映し、悲しげに揺らめいた。

仕掛けたのはおれだ。そう仕向けたのはおれだ。理想の展開に喜んだのはおれだ。

どの口で言うのだと、そう言われてしまうかもしれないが。

・・・まさか、お前がここまでの人間だとは思いもしなかったんだ。

狼はその言葉をぐっと飲み込み、始めようか、と告げた。

「その前に、1つだけ、言っておきたい。」

慌ててタイタンがそれを遮る。

なんだ、早くしろ。と。狼は煩わしそうに言うが、それでもこれを言わねば、命を賭してタイタンに力を与えようとする狼に、あまりに不誠実だとタイタンは思ったのだ。

「・・・俺は、セレナさんのお母様を信用していない。お母様の計画とやらの全貌を知って、もし納得できなかったら・・・俺はその渡しものをセレナさんに渡さない。それでもいいなら、引き受ける。」

狼は僅かに驚いたようだった。

それを聞いた俺が激昂して、タイタンを噛み殺すかもしれないとは考えなかったのか。

母さんが全てを捧げた尊き計画を、気に入らなかったらゴミ箱に捨ててやると。邪魔してやると。

狼の人生全て、母さんの人生全てを自分が裁定すると。この男は不遜にもそう言ったのだ!

・・・だが、それでこそ。

狼は黙り込み、そしてくくく、と笑い出した。

「生意気だな!お前が母さんを秤にかけると言うのか!尊き大魔導師を!ただの人間のお前が!!くく、ははは!!」

タイタンは真剣な表情で笑う狼を見つめていた。

狼がタイタンを認めなければ殺される。気に食わなければ殺される。

それがわかっていても、言わなければならなかった。嘘はつけなかった。タイタンは静かに狼の言葉を待った。

狼は笑っている、けらけらと。次の瞬間怒り狂って襲いかかるのではないか、このまま笑って死んでしまうのではないか。懸念は渦巻くが、タイタンはギロチンにかけられたような、首に刃を当てられたような。嫌に冷静な気持ちで狼が笑い終わるのを待った。

狼は、笑いながら、ふとなんでもないように、しかし満足げにタイタンに判決を下す。

「いいだろう、この森を探索すれば、嫌でも母さんのことを知ることになる。母さんが何者で、母さんがどんな人生を辿ったのか、お姉ちゃんと一緒に見定めてくれ。」

それでこそ鍵足り得る。それでこそ森の門番足り得る。狼は心底愉快そうに、満足そうに、けらけら笑った。

「それこそがおれには成せなかったこと!全く腹立たしい!やはりおれでは役目を果たすには不足だった!ああ、嫉妬で狂いそうになる!おれは死に、お前はお姉ちゃんの寵愛も、役目も、おれが欲しかった全てを手に入れ生きるのだから!ああ、殺してやりたい!殺してやりたい!」

「・・・お前。」

同情を振り切るように、さながら狂気に侵されたかのように、狼は最後の力を振り絞り、吠える。

「さあ始めようか!手首を差し出せ!俺の後悔も、怨念も、全て背負って進め!それこそがお前の不敬への罰。終わらない懲役刑に苦しみながら、希望の道を進んでみせろ、タイタン!!」

体を起こした狼が、タイタンの手首に思い切り噛み付く。

痛みに顔を歪めるタイタンに、狼は詩を詠むかのように高らかに告げる。



「これより始めるのは尊き大魔導師の子たるおれの最期の魔道だ!お前は異形に成り果て、記憶を取り戻す機会も永遠に失くす!決して元の道に戻ることはないし、もう戻れない・・・それでも。どれだけ苦しくとも、どれだけ痛くとも、お前は栄光の道をお姉ちゃんと共に前に進め!その為の力はおれが与えてやる!」



どくどくとタイタンの手首から血が流れる。同時に、狼の牙から流し込まれた血が、タイタンの体に流れ込む。

「ああ、殺してやりたい。犬畜生の体では、母さんの見たかった世界を見ることは叶わなかった。お姉ちゃんを最後まで守ることも叶わなかった。・・・ああ、殺してやりたい。殺してやりたい・・・」

ぽつり、と聞こえた声は遠い。

大地がタイタンの血で湿り、狼の体からがくんと力が抜けた瞬間、タイタンの意識がぶつりと途切れた。

































記録再生。

巨大な金属の建造物が眼前に立つ。

アスファルト、の大きな道路を、歩く人、人、人。

大きな映画館で流れるラブストーリー。

光り輝くライブハウスでキスを交わす恋人。

ストリートでは甘いクレープが焼ける匂い。

甘いものが食べたいと母親に強請る、子供の声。



記録再生。

オレンジに燃え上がる夕焼けの空。

部活動を終えた空腹に、どこからか漂うカレーの匂いが染み渡る。

こっそり買い食いでもしてしまおうかと、悪戯な気持ちを抑える。

歩き慣れた道を歩く。

そっと前を見れば同じ委員会の先輩が。

話しかけて良いものか迷い、結局声をかけることはないまま。

次の通りを曲がっていく先輩の背中を横目で見守る。



記録再生。

久しぶりに有給が取れた。

旅行で訪れたのは有名な温泉地。

長いバスでの移動に僅かに吐き気を覚えていた。

もう降りたいと俯いた。その時、老夫婦の歓声が聞こえる。

見上げると景色が一変していた。

木々が晴れ、見えたのは雲ひとつない青空、目下に広がる数多のトタン屋根。

いつの間にこんなに高い場所に登っていたのかと、驚き、景色に見とれたのもつかの間。

こみ上げた強烈な吐き気に再び下を向いた。

とっくに空になった水のペットボトルが、視界の隅でかたかた震えている。

ああ、早くバスを降りたい。



記録再生。

カフェオレにクロワッサンを浸して食べるパリジェンヌ。

記録再生。

蒸し暑い熱帯の森で汗をかきながら煙草をふかす。

記録再生。

起きたら太陽が天辺に登ってしまっていた薄暗い部屋のカーテン。

記録再生。

誕生日に親友がくれたメッセージカード。

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記録再生。

「ええ、これで完璧。あとはセレナに後を託すだけ。ふふ、私はそんなに情けない顔をしている?・・・まあ、自覚はあるわ。私は私の役割を果たすことなくこの世界を去るのだもの。無念とはきっとこういう感情なのね。ええ、きっとセレナはうまくやれるわ。・・・でも。やっぱり。セレナには、若いうちに・・・甘いアイスクリームを食べたり、素敵な恋人を見つけてドキドキしたり、可愛いお洋服を着て笑ったりして欲しいの。本当は・・・セレナにプレゼントしたかったのは、こんな狭い森じゃなくて・・・崩落のない世界。崩落なんか、私たちの世代でケリをつけたかった。次の世代の人間達には、価値に満ちた素晴らしい世界を受け渡したかった。・・・いつだって私は後悔してばかり。」



「ええ、あなたが?あなたがセレナを手伝うというの?それは、その、嬉しいけれど。その体では。・・・改造を、受けるですって?駄目よ、セレナが怒るわ。あなたにそんなことをしたと知れたら・・・内緒にするって・・・。」



「・・・もう、そこまで言うなら仕方ないわ。あなたの体でも、私と同じ魔道が使えるようにしてあげる。本当は隠しておくつもりだったけれど、これも、あなたに守ってもらえるなら都合がいいもの。あの子が成長して、立派な魔道使いになったら、これを渡してあげて。そしてセレナが立派な魔道使いになれるように助けてあげて。・・・その頃には私は祈ることしかできなくなっているかもしれないけれど。過酷な役目かもしれないけれど。・・・でも、お願いね、ルゥ。」



優しい優しいセレナを、守ってあげて。

そう言い、母さんはおれの頭を撫でた。











































「ーーーーーッ!!!」

タイタンの意識が浮上した。

ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ!

様々な記憶、様々な感情、様々な土地、様々な匂い、様々な色がタイタンの意識の中で混濁する。ここはどこだ。ここは、ここは、今は何時で、何が起きて。

タイタンの楔色が、オレンジが、黄色が、赤が、緑が、ぐるぐるぐるぐる渦巻いて。

気分が悪い。吐きそうだ。誰かこれを止めてくれ!



「ーーー目を覚ませ!」

パン!!!!

右頬に衝撃が走る。冷や水を浴びせられたようにはっとすると、突如いつも通りの森が眼前に広がった。

あれからどれほど時間が経った。まだ混乱しているタイタンは、タイタンを救った目の前の男の正体に更に混乱することになる。

「・・・はあ、はあ、はあ、あん、たは。ディア、ン・・・?」

「突然痙攣して叫び出すから驚いた、って、そうじゃなくて!世界を救う算段というのは、見つけたのか!」

ディアンはタイタンの頰を打ったようだった。狼から受けた重い一撃で息をするのもやっとのディアンは、必死の表情でタイタンに問いかけた。

「な、なんで聞いて・・・いや、なんであんたが。あんた、敵だろ・・・?」

「関係あるか!崩落を止める算段があると、あの狼が言っていたじゃないか!僕にも教えろ!!教えてくれ!!・・・頼む!!!」

あの高慢な態度のディアンが、タイタンに頭を下げた。

ぐりぐりと、大地に頭を押し付け、情けない姿で、それでもディアンはタイタンに懇願した。

「もううんざりなんだ、こんな世界は!!大事なものは全て崩落に落ちて、人間はみんな死んだ目をして、明日死ぬかもしれないと怯えて、怯えて、怯えて!!もう何かに怯えて生きるのはうんざりだ、こんなものが僕の人生だなんて、認めたくないんだよ!!」

「ディア・・・ン。」

「僕の人生はもっと素晴らしいはずだったんだ、僕はもっと価値ある人間だったはずなんだ!今からでもそうなれるなら、僕はなんだってする!世界を・・・変えられるなら。あの狼が言ったみたいに、崩落のない世界が本当にやってくるなら・・・!!」

タイタンはディアンの頭を上げさせた。

光を失った漆黒の瞳が、タイタンの楔色を写して僅かに煌めいた。

「・・・すまん。正直、どうしたら世界が救えるのか、貰ったものだけではわからなかった。まだ記憶が混濁して・・・何が渡されたのかもわかっていない。」

「はあ!!?」

ふざけるなと摑みかかるディアンを必死になだめ、タイタンは言葉を続ける。

「でも分かったことはあるんだ。俺たちは世界を救う方法を探すところから始めなくてはいけない。この森とセレナさんに世界を救うヒントがある。西部だけでは駄目だ。東部、最北部、この森の全てを巡り、世界を救う方法を見つけ出す。・・・まずは今、セレナさんを救ってからだ。彼女に聞けばわかることもあるはずだから。」

そう言い、タイタンは事切れた狼の背を撫でた。

痩せ細り、酷く軽い狼の身体をそっと抱き上げ、柔らかな草地に横たえた。

獣の表情など分からないが、満足気な死に顔、などとはとても評せない。

歪んだ眉間、力なく伸びた舌。後悔らしき負の感情に満ちた、壮絶な死に顔だった。

思えば、今までだってセレナ1人でこの森を防衛できていたわけがなかったのだ。

タイタンはこの森に侵入できた。セレナはディアンを止められなかった。

一個小隊が侵入しただけでこの大混乱だ。セレナの魔道は強烈だが、この森を完璧には守れていなかった。

セレナが取り逃がした外敵を倒し続け、この森を防衛していた存在が、多分もう1人いた。

セレナもきっと知らなかった、もう1人の森の番人。多分それは。

「あんたも、この森の為に戦い続けた1人だったんだな。セレナさんに会わせてやれなくて、すまない。」

焼け焦げた体毛の奥に、深い傷跡、こりこりした肉の凝り、抉られて窪んでしまった皮膚。

何度も怪我をして、治った後に再び怪我をして。そうやって壮絶な戦いを続けた戦士の肌がそこにあった。

タイタンは、その時1人の戦士の死を見届けた。

犬畜生とこの狼を嘲る人間がいたら、タイタンは許さない。

この狼は、尊敬すべき戦士だ。タイタンは1人の戦士の死を見届けたのだ。

悔しさで歪んだ死に顔をじっと見つめ、目を閉じ、タイタンは背を向けた。

いつまでも彼を悼んでいたらきっと怒られる。それは彼の望むところではないのだから。

「俺はセレナさんを助けに行くよ。あんたは、どうする。」

ディアンは既に背を向けていた。真っ黒な装束が既に夜闇に溶けだしている。

「・・・仮にもハンター協会の人間だからな、僕は。お前を見定めてやる。お前が隊長にぶっ殺されたら・・・俺はこの森から逃げて全てを協会にバラしてやることにするよ。」

ディアンの姿が掻き消えた。

見定める、ということはどこかで見ているのだろう。タイタンは再び走り出す。

遠く、焼け焦げた匂いの向こうに、セレナの甘いクッキーの香りがした。