THE TRANSCEND-MEN/超越認識

Chapter 6 - Surround

タツマゲドン2020/06/07 09:27
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「前に出過ぎるなよ! 危なかったら下がれ! とにかく死ぬな!」

 発砲音が鳴り止まぬ仮説基地の防衛線に立つ、中隊長らしき人物の喚起。即席で作られた土嚢が、彼らの前で防弾壁の役割を果たしていた。

「負傷者を寄こしてくれ」

 チャックが運ばれて来た味方の兵士を眺め見る。致命傷ではなかったが、鮮血を吹き出す傷穴を見るだけでも痛々しい。放っておけば出血多量で死ぬだろう。

「大丈夫か?」

「慣れるものじゃ、ありませんよ……」

「待っておれ。少々痛みはあるが、すぐ治る」

 チャックは下腹部に被弾し激痛でうずくまる兵士のその傷に左手を当てながら、右手に持ったピンセットを入れ、素早く血の付いた弾丸を取り出した。

「――っ!」

 短い悲鳴。トレーに金属粒と数滴の血液。

 途端、左手に当てられた傷がたちまち塞がった。傷痕は見えるくらいに残っているが、兵士に痛みは残っていなかった。体を動かしても何も支障は無かった。

「凄い……まるで生き返ったみたいですよ!」

「別に元から生きているからな。私だって死んでからは何も出来んよ」

 兵士が目を見開いて傷痕を見ながら感謝を述べた。

「違和感は無いか?」

「大丈夫です。動けますよ」

「無理するなよ。なるべく私の仕事を増やさんでくれ。楽だしな」

「分かってます。ありがとうございました!」

 まるで負傷が無かったかのように、兵士は素早く武器を取ると防衛線へ復帰し、銃弾を敵に見舞うのだった。

 この医者は次々と運ばれる兵士達の傷痕に手を当ててはそれを治し、戦線に復帰させる。相手が減らないのは敵にとってはまさに驚異だろう。

 手を当てる、この行為こそ一番重要だ。仕組みはリョウやハンが手から熱や電気へ変換するプログラムを与えられた“エネルギー”を放ったのと同じ。

 体表から脳へ、脳から腕、掌へ、そして傷口へ――ここでの“エネルギー”は簡単に言うと、当たった部分のタンパク質を作り変え、損傷した組織を修復する機能を持っていた。

 人工的なタンパク質の合成は複雑で手間が掛かるが、それをこの男は意志を込めて手を当てるだけで、面倒な工程をいともたやすく行う。

 こんな“超越した”能力を持っているからこそ、彼が軍医という役割を担っている理由でもあるのだ。

「トレバーさんから報告がありました。「トランセンド・マン」が一体こちらに向かっています。『能力値』五十以上はあるそうです」

 治療の途中、横から落ち着きのない兵士の声が降りかかってきた。

「何っ?! 前線はどうした?」

「前線は拮抗状態が続いていますが、混戦の中を抜けられたようです。この事と関係してるのか、我々と対峙していた敵隊が離脱し始めています」

「誰か向かっているか?」

「ハンさんが支援に向かっています。しかし、追い付くまでは少々掛かるかと」

 チャックは頭を捻った。彼の「有機物合成」という能力は、医療には最適かもしれないが、戦闘には不向きだと言える。それでも彼は決心し、テーブルに治療器具とごちゃ混ぜに置いていたアサルトライフル型の銃を抱えた。

「仕方ないが、私が行ってくる。すまんがお前達は別の隊の支援に入ってくれ」

「了解、任せました!」

 兵士の期待を込めた返事に頷いたチャック。小太りの中年に見合わないダッシュで土嚢のバリケードから飛び出し、狙いも定まらない無茶苦茶な射撃をしながら、銃弾の飛び交う戦場の中を駆け巡る。

「ハン、挟み撃ちだ」

『分かりましたよ』

 通信機越しに仲間の声を聞きながら、前方百数十メートル先、何か人の影を発見した。

 遠目に見える“奴”が、味方兵士を殴り飛ばし、車両を蹴って外壁を潰す。

 だが次の瞬間、その姿はチャック達の挟撃を察知した様に、左方向を向き、地面を蹴って加速した。

「速っ?!」

『しまった……まだ追いますよ』

「勿論だとも」

 走る足を止め、砂の地面を削って急ブレーキしながら、チャックも方向転換する。彼にとって見慣れた青年、ハンとの距離も数メートルにまで近づいているのが見え、二人は並走し始めた。

 尚、年齢の若いハンがすぐにチャックを越したが。

「お先に行きますよ」

「そうしとくれ、運動不足でご覧の通りだ……」

 自身の腹の贅肉を見て嘆きながら、中年医師はアジア系若者を見送った。






 アンジュリーナは味方達を守る事に懸命だった。

 “障壁”は最前線の兵士から正面十メートルの距離に張り巡らされている。それはアンジュリーナが、体表、脳、掌、対象空間、と“エネルギー”を送っている結果に過ぎない。

 敵からの攻撃を一切受け付けず、味方の攻撃は通す。“障壁”によって圧倒的な差が生まれていた。「超越した者」を一人連れた、味方側のこの一個中隊はまた、ほぼ無傷で敵側の一個中隊を全滅にまで追いやった。

「大丈夫ですか?」

「怪我人ゼロ、機体も皆損傷無しですよ」

「良かった……」

 聞いて胸をなで下ろしたアンジュリーナ。味方の兵士達はやる気に溢れ、疲れだって感じさせない。

 彼女が一番嫌なのは仲間が傷付き、死ぬ事。それを防ぐ為ならば、アンジュリーナは自分の命に代える覚悟もある。彼女が発生させ、味方を覆う“障壁”は、彼女の望みを実現するのには最適の手段だ。

 銃弾なら止めるか逸らすだけで良く、砲弾や爆弾なら内部の信管に刺激を与える、こうする事で大抵の汎用兵器は防げる。

 “障壁”はガスや閃光、爆音も遮断する効果があり、常人とかけ離れた知覚能力を持つ彼女は、これらを防ぐ事も出来る。

 認識さえすれば、彼女自身の出力するエネルギーを越えない限り、何でも防げるのである。

 しかし、このエネルギーを越える攻撃ならばどうなるのか。または攻撃を認識出来なかったら……

 認識は曖昧だった。完全に不意を突かれ、“障壁”を発動させるのに手間取った。

 更には少女に対し、正面から圧倒的な“力”でねじ伏せ、“障壁”を突破した。

 次に見たのは、味方の歩兵の胸を貫く血にまみれた一本の腕。二度と目を覚ますまい。

 嫌悪感を我慢しながら恐る恐るその腕を辿って見るその顔は、少女にとって見覚えがあった。

 彼女よりも頭一個分以上背が高く、茶髪で戦闘用のプレートアーマーを身に着け、獲物を仕留める猛禽類の如き冷酷な青い目。

 間違いない――アンジュリーナが数時間前、とある施設に潜入した際に遭遇した男性だ。

「逃げて下さいっ!!!!!」

 大声で叫んだ。彼女にとって最悪の事態が起きない為に。子供らしさが若干残る高い声に従って大勢が向きを変え、一目散に走り出した。

 しかし、常人には目に見えぬスピードで襲い掛かる“超越した”人物相手に逃げられる筈もなかった。足音やタイヤやキャタピラ、どれもあの男の前には無意味だった。応戦しようにも武器が効かず当たらずではどうしようもない。

 超速で歩兵や戦闘車両をなぎ倒す様は、肉食動物が獲物を狩るのとはかけ離れている。街を襲う怪獣と言っても過言ではないだろう。人類は自然災害には逆らえない。

 アンジュリーナの持つ並外れた力もまさに“怪獣”という存在である事に変わりはない。だが、ナイフというものは人を殺す事にも使われるが、食べ物を調理出来る便利さも備えている。

 この“怪獣”としての力も何か役に立つ。どんな道具も使い方の問題である事は、彼女が既に理解していた。

 男に向けて両手を突き出した。作用する先は、装甲車に向かって助走する男の身体。運動エネルギーを中和し、相対速度をゼロに……

(お願い、止まって!)

 自身の願望を叶える為、そして二度と同じ過ちを繰り返さぬ為。






(何だ?)

 目の前の走行車両を殴ろうとしていたポール・アレクソンは、体が正面から押し付けられる感覚に思わず足を止めた。

(念動力系の能力か、何処だ?……)

 違和感の発信源はすぐに見つかった。十時の方向、見覚えのある灰色のロングヘアーの東欧系少女が、自分に向かって手を伸ばしていた。

 常人には見えない“エネルギー”――掌からポール自身へ向けて送られている。

(あの時の小娘か。成程、あの時爆風を防いだのもこの能力だろう。『アンダーソン』を連れ去ったのも奴の仕業か)

 彼にとってはちょっとした邪魔が入ったに過ぎない。彼は“対象”を自分自身に向けた。

 体表から取り入れた“エネルギー”を脳で作り変え、体表から一気に放出。

 爆発のような、眩い架空の発光――自身を包む“エネルギー”が吹き飛び、自分を抑制していた念動力が取り払われた。

 こうして自由を取り戻したポール。今度は正面、重機関銃の弾がこちらへ向かっているのを捉えた。

 銃弾が胸に衝突――人体を引き裂き鉄板やコンクリートを容易く貫く筈の銃弾は、地面に大穴を開けても、彼の身には傷一つ付けられない。それが大量に襲っても結果は同じだ。

 飛翔物の発生源は前方奥の装甲車。まだ発砲を続けると同時に、更にその上部に取り付けられたグレネード連装砲が火を噴く。

 ライフル弾すら避けられるポールは、それより格段に劣るスピードの擲弾を躱せない筈がなかった。グレネード達は残像に向かって爆発するばかりで、本体には当たらない。爆発する破片すら彼に追い付けない。

 装甲車の懐まで踏み込む、エンジンのある車体後部へと拳を打ち込もうと振りかぶった。

「させない!」

 その時、今まで無視していた少女の声が、ポールの考えに反抗した。

 パンチを伸ばそうとする。しかし、腕が途中でガクンと停止した。まるで見えない壁が阻んだかの如く。

 しかも本物の壁を殴ったように拳骨が痛い。あの少女が念動力とやらで止めたと推測は付く。

「ハイヤッ!」

 若い男性の掛け声。左に九十度――途端、顔面に走った強い衝撃によって、身体ごと吹き飛ばされた。

 多少のダメージ有り、動作に支障は無し。地面を転がって受け身を取りながらの判断。起き上がって振り向く。

 目に映ったのは、彼の後頭部に衝撃を与えた張本人と思われる、左脚を上げている東アジア系の青年だった。

「来たぞお……!」

 今度は比較的老いた男性の、疲れたような声。振り返ると、小柄で横に幅のある赤毛中年男性が息を切らして立っていた。他の二人に比べ戦いに不慣れな様子だ。

 ふと見渡すと、先程までポールが目標としていた敵車両が、視野奥に走り去っているのが遠目に見えた。

「……ハン、お前早すぎないか?」

「鍛えているんですよ。先生、戦闘に不向きなのは貴方自身で分かっているでしょう」

 息を整えながら医師が呟くように言う。冗談で返しながらも、青年の目は対するポールの青い瞳を離さず見ていた。

「だからといってしなくちゃならん事だ。戦う医者は評判が悪そうだが、人数が足りないから仕方あるまい」

「まあそうなんですがね……無理しないで下さいよ」

「今度からはしっかり運動するさ……」

 青年の方は両手を胸の前に掲げ、左足を後ろに半歩引き、既に戦闘態勢だ。中年の方は、仕方ない、と手を振って銃を腰の位置に構え、正面にいるポールへぎこちなく銃口を向ける。

「アンジュ、奴の事で何か分ったことは無いか?」

「あ、はい、私の集中させた中和障壁を破りました。能力なのか、それだけ強力なのかは分りませんけど……」

「十分だよ。なら後者だな。トレバーからは「能力値」が五十を超えていると推定していた」

 少女の報告に青年が続ける。アンジュリーナの方は冷たい空気を深く吸い、ゆっくり吐いて気持ちを切り替えた。

「若者達よ、前衛は任せたぞ。私は後衛しか出来なくて済まんが、気をつけて掛かれよ」

「分かってます!」

 チャックの励まし。少女が真剣に答え、同じく真剣な眼差しで目の前の相手から視線を離さない。

 対する、三方から囲まれたポールは片方のの口角を釣り上げていた。緊迫した状況だというのに、楽しそうだった。

(三対一か……手間が掛かりそうだが、面白い!)

 ポールが殺し損ねた他の兵士達が退散し、遠くでは未だに爆音の鳴り止まぬ中、“超越した者達”は睨み合っていた。