Chapter 2 - 厄介なこと
頭から地上へ向けて最速で落ちる深華は、リングデバイスを装着した左手を地面へ向ける。
「ショックアブソーバー」
《ショックアブソーバー起動。展開します》
ズドン! と音を立てて深華が現場に着地する。本人にダメージはないが、音と土埃はどうしようもない。
「えっ、なになに?」
「何が落ちたんだ?」
何事かと、野次馬や警察官、暴れていた女すら土煙の上がる落下地点を見ていた。その中から現れた女の子を見て、周りはさらにざわついた。
「女の子だぞ」
「あの制服見たことある」
「あんな子が応援なの?」
そんな中、女だけは目を輝かせていた。
「お前……誰だか知らねぇけど強いな? 分かる! お前すっごい強いだろ!」
今にも戦いたくてウズウズするようにステップを踏む。しかし深華は相手を見据えるだけで無言のまま。
「おいおい、なんか言ったらどうだ? 黙ってちゃ分からない――」
一瞬の溜めから急加速し、肉薄する。
「だろ!」
地面を粉砕した拳で深華の顔を殴る。軽々と飛ばされた深華は後ろのパトカーへ激突する。
「おいおいおい、まさかもうおネンネってわけじゃないだろ?」
女の予想通り、深華は無傷で立ち上がる。
「そうそう、そうこなくっちゃ……いくぜ!」
先ほどと同じように急加速からのストレートを繰り出す。深華はそれを片手で受け流すと、身体を回転させながら腰を落とし、鳩尾に掌底を入れる。
「かはっ!」
モロに喰らった女は片膝をつくが、倒れはしなかった。
――今のは普通なら呼吸が止まるはず。
「あなたの魔法、フィジカル・ブーストね。掌底の衝撃も跳ね返す強度の」
「――ッハァ! はぁ、はぁ、あぶねーあぶねー。それが分かるってことは、やっぱりあんたプロだね。そうだよ、あたしはフィジカル系の魔法が得意でね」
ピピッという音に深華は反応し、リングデバイスを操作する。
「ランクB++か、ギリギリAに届かないからスカウト漏れしたわけね」
「へぇ、あたしはB++か。結構上だったんだね、自分じゃBくらいだと思ってたよ。そんで、……あんた魔法省か」
今までとは打って変わり、女の声はトーンが下がった。
「そうよ。魔法省の特別嘱託職員」
「なるほどな、魔法省の人間か……そりゃ強ぇわけだ。だが――!」
女の雰囲気が変わる。ピピッと鳴るデバイスを見ると、少しずつ魔法力が上がっていく。
「負けるわけにはいかねぇ……魔法省と分かればなおさら、負けるわけにはいかねぇー!!」
通知音が鳴り止まないデバイスに表示された相手の魔法ランクが、一気にA+まで上昇していた。
「なに……?」
いきなり魔法力が上がった。B++が基礎魔法力だとしたら、一時的に上がる範囲内ではある。しかしこの急激な上昇は少しおかしい。
「ジョージ、リリースをお願い」
『あ……と……こ……、耐……ろ』
魔導通信が干渉を受けて通信が阻害されている。
「通信が通らないほどの魔法力か。ジョージ、聞こえる? リリースを」
『まっ……今……』
ザザザ……と不快なノイズが多過ぎる。言葉が届いているかどうかも怪しかったが、少しの間があって、リングデバイスに許可通知が表示される。
《上司権限によるリリースを確認。RTLリリースタイムリミット30分です》
許可を確認するとほぼ同時、女の飛び蹴りが目の前に迫っていた。
「くっ!」
ギリギリのところで両腕を上げてガードするが、衝撃でパトカーに激突する。
「ぐっ……!」
上司権限のリリースは最大A+まで。つまり、本格的なリリースまではほとんど対等となる。ルーディックは格闘戦に弱く、それに加えて相性の悪いフィジカル系魔法相手では苦しい展開になることは目に見えている。
「どうしたおい、魔法省の人間がこの程度なわけねぇよなァ!?」
回し蹴りをガードするも、まるで熟練者のように一撃が重い。
「ぐぅ!」
防ぎきれずに倒れ込む。
「一つ、言い忘れてたな。あたしの魔法はフィジカル系だが、フィジカル魔法しかできないとは言ってないぜ?」
女の両手に揺らめく炎のようなものが発生する。
――まずい!
「消し飛べ」
巨大な火柱が周囲を巻き込んで空へと昇った。
* * *
『掴まってください!』
パイロットがそう叫ぶと同時に、衝撃がヘリを襲う。アラーム音が鳴り響いて機体が大きく揺れ動く。
「うおっ!?」
「きゃぁ!」
ジョージはアンソワを抱き寄せて手すりに掴まる。
「なんだなんだ?」
揺れるヘリの窓から見えたのは、巨大な火柱だった。
「おいおいおいおい、ありゃあどう見てもBランクの仕業じゃないぞ?」
深華の端末から送られてきたデータを見るにはランクB++のはず。あの火柱は少なくともA+はいってないと出来ない芸当だ。
「ふぅ、助かったぜまっつぁん」
機体の揺れが収まると、パイロットに礼を言う。
『どういたしまして』
「あ、ありがとうございました」
揺れが止まると、アンソワもジョージに礼を言う。
「いえいえ、どういたしまして」
ところが、なぜかジョージの手がしっかり胸を掴んでいたのに気付いたアンソワは叫んだ。
「サイッテー!」
強烈なビンタを喰らうジョージは「不可抗力なのにぃ〜」と泣く。
「……ところで、あの火柱は一体……?」
「ん? ああ、現場じゃ何があるか分かんないからねー、厄介なことになってるのは確かさ」
「厄介なって……例えばなんですか?」
「んー、君は窮鼠猫きゅうそねこを噛むという諺ことわざを知っているかな?」
「ええ。追い詰められれば鼠も天敵の猫を噛む。反撃されるって意味ですよね?」
「そう。例えばこの暴れてる奴が、なんらかの原因で追い詰められたり感情が爆発するようなことがあってランクが跳ね上がったとしたら、あの火柱も説明できないことはない」
「いわゆる底力ってやつですか?」
「まあそんなところだ。なんにせよ僕らにできることは祈って応援することだ。あと少しでフル・リリースが承認されるし、そしたらチェックメイト。それまでルーディックが持てばだけどね」
「そんな!」
「心配しなさんな、アイツは君が思ってるより強いよ。ランクと魔法力に溺れてるような三流じゃない」
「そういえば、ずっと気になっていたんですけど」
「なに?」
「どうして赤・髪・の・ルーディックなんですか? あの子、黒髪ですよね?」
「あーそうか、君はまだ見たことないんだっけ。んー、それはお楽しみにしておこうかな」
「え? どういうことですか?」
「もうすぐ分かるよ、彼女ルーディックの正体がね」