魔法省特別嘱託職員 赤髪のルーディック

Chapter 3 - 赤髪のルーディック

そらり@月宮悠人2020/05/15 05:48
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「ハァ、ハァ……くっ!」

 咄嗟にバリアを展開したため、周囲の被害はかなり抑えられた。その代わりに深華はかなりのダメージを受け、魔法力もほとんど使い切ってしまった。

「ハハ、ハ……ざまぁないな」

 火柱で魔法力を使い切ったのか、女も疲弊していた。

「あたしらを蹂躙してスラムに追いやった報いだ」

「スラム……?」

 そうか、最近聞いたことがある。魔法資質がありながらも出生で差別され、スラムで暮らす者たちがいると。そしてその差別を主導して行っているのが魔法省の人間だという噂を。

「本当……だったんだ」

「あ?」

「魔法省が、……魔法資質ある人たちを、差別してるって……」

「お前、舐めてんのか? お前も魔法省の人間なんだろうが! 同罪なんだよ!!」

 怒りに任せて深華を蹴る。

「うっ! そうかもね……でもさ、間違ってるよ」

「あ?」

「あなたたちを差別してスラムに追いやったのは、魔法省でしょ? なんであなたはここで無差別に暴れていたの……?」

「……」

「やり場のない怒り? ただ暴れたかっただけ? こんなことしたって、あなたたちの評価を下げるだけじゃない」

「知ったふうな口を……!」

《フル・リリース承認。RリリースTタイムLリミットは5分です》

「なんだ!?」

 リングデバイスが告げた瞬間、深華の魔法力が爆発的に上昇する。噴出する魔法力が巻き起こす風はまるで台風のように吹き荒れて、強烈な魔法力を浴びた地面やパトカーや建物などがマキカ状態となり、所々が水面の油膜のように虹色になる。

「ふぅ、やっとか。遅いって」

 火柱に耐えて力尽きていたはずの深華はゆっくりと立ち上がる。

「なんだよ……それ……化け物かよ、お前……!?」

 圧倒的な魔法力と威圧感と存在感。それは女が井の中の蛙だったことを知らしめるには十分すぎた。

「一つ、言い忘れてたわ。特別嘱託職員はね、通常の嘱託と違って、特異な危険人物を魔法省が監視下に置いて管理するためのものなの」

 輝くような深華の黒髪は腰ほどまで伸びて深紅に染まり、その瞳はルビーのように赤々と輝いた。

「私は魔法省特別嘱託職員“赤髪のルーディック”。どう? 綺麗でしょ」

 時折バチバチと赤い電気を発する髪を指でサラっと流す。

「赤髪の……ルーディック!? お前が、あの伝説の!?」

 驚きの連続に女は腰を抜かす。深華はにっこりと笑って「あなた、名前は?」と訊く。

「な、名前? エヴァ……だけど」

「エヴァ、時間が無いから手短に言うわね。目が覚めたら魔法省のジョージって奴にルーディックから紹介されたって電話してね。話は通しておくから」

「へ? ど、どういう――」

「後で分かるよ。今日は暴れすぎたからね、お仕置きしてあげる。おやすみエヴァ」

 悪戯っぽくニヤリと笑うと、溢れる魔法力を込めて拳を振り下ろした。


*   *   *


「やれやれ、派手にやってくれたもんだな」

 こういった事件を担当するようになって早5年になる秋元警部は、到着するなり開口一番呆れて言った。

 事件は幕を閉じ、新たに応援に来たパトカーのサイレンが鳴り響くオフィス街は、しかし未だに野次馬が消えることはなく、誰もが興味津々で写真を撮ったり動画を撮ったりしていた。まるで隕石が落ちたかのように地面とビルの一部が大きく抉れているのだから、無理もない。

「しょうがないだろ? 不測の事態だったんだ」

「お前の言う不測の事態ってのは本当に不測なのかじっくり検証する必要があると、常々思ってるよ」

 赤髪のルーディックが破壊したオフィス街の一角を見て「手加減ってのを知らないのか、魔法省の人間は」と、何度目かのセリフを吐く。

「フル・リリース状態は暴れ馬に乗るようなものだからねぇ」

「ふん。ところでアレはどうするんだ?」

 親指で後ろを指す。そこにはマキカされた建物やパトカーなどがあった。

「あれはうちでなんとかするよ。この規模は徹夜になりそうだ」

 マキカは強烈な魔法力が焼き付いてしまう現象のことで、微量でも魔法力があればマキカ状態にはならない。

 マキカの厄介なところは放置しておくと周囲に様々な悪影響を与えることと、魔法力でしか浄化できないということ。シャベルはもちろん重機ですら撤去することもできない。やるとしたらマキカ被害の無い部分を大きく巻き込んで処理する以外にない。そのため魔法省にはマキカ処理の専門部隊がおり、日夜働いているのである。

「アンソワが事前に承認申請してなかったら、Emergency999の発令もあったかもね」

「新任の部下か、いい部下に恵まれたな」

「……皮肉かい?」

「どっちもだ。お前さんは引きずりすぎなんだよ」

「はは、そんなストレートに言ってくれるの警部だけですよ」

「ところで奴さんはどうした?」

「ああ、彼女なら学校へ送り届けてる頃だよ」

「学生はいいねー、気楽でよ」

「警部も学生時代があったでしょう? 楽しくなかったんですか?」

「お前さんのそういう嫌味な所は嫌いじゃないがな、黒歴史を掘り返されていい気分する奴はいないぞ」

「はは、それもそうだな。後は処理班に任せて僕は帰るとするよ」

「つれないな、一緒に瓦礫の撤去作業しようぜ」

 秋元警部の誘いにジョージは歩きながら「遠慮しておくよ」と手をヒラヒラさせる。ところが帰ろうしたジョージの端末からアラーム音が鳴りだす。

「……」

 不機嫌そうに端末を確認すると、ジョージはくるっと振り向き「秋元警部、ちょっとデートしない?」と誘う。

「悪いな、俺はこいつらとデートせにゃならん」

 秋元警部はそう言って事後処理の調査と瓦礫撤去の作業へと向かった。