Chapter 1 - Emergency006
20xx年、人類は科学を越えた超科学とも言える魔法の具象化に成功した。魔法は世界中のありとあらゆる難題を解決し、人類に大きな恩恵をもたらした。
ところが、魔法時代になると魔法絡みの事件が多発するようになり、警察はもとより特殊部隊や自衛隊すらも手に負えない凶悪事件が相次いだ。そこで急遽、“毒を以て毒を制す”の考えのもとに、公認の魔法使いが魔法による凶悪事件を未然に防いだり、起きた事件を速やかに対処するための対魔法機関として魔法省、通称“AMO”が創設された。
魔法使いのエリートやエースがひしめく魔法省。その中でも最強の魔法使いと謳われる存在。それが“赤髪のルーディック”である。
* * *
それは白昼に起きた。
『緊急事態発生、緊急事態発生、Emergency006が発令されました。職員は速やかに担当部署へ戻ってください。繰り返します――』
「あーらら、Emergency006ってことはもしかして僕のお仕事かな?」
魔法省内の食堂で部下のアンソワと食事をしていたジョージは、建物内に流れる緊急放送を聞いて、参ったな……と食事をしていた手を止めてボサボサ頭を搔く。
同じように食事をしていた他の職員も慌てて食事を切り上げて仕事へと向かう。
「もしかしなくてもあなたのお仕事です!」
ブロンドの髪をキチッと整えてシワひとつないスーツを着たアンソワは、放送を聞くとすぐに食べ終えて食器が乗ったトレーを持ちながらジョージを急かす。
「早くしてください! 緊急事態ですよ!」
「まあま、そんな慌てなさんな。急いで行ったってアイツはまだ――」
ゴゴゴゴ……と効果音でも聞こえてきそうなアンソワの眼力に、ジョージは「おっかねぇなもう」と慌てて残りを口の中へかき込む。
「あの子の準備はこちらでしておきますから、ジョージさんも早く準備してきてください!」
「わっかりましたー!」
走っていくジョージを見て「走らない!」と注意する。まるで保護者のようだと周りから揶揄されることがあるが、本当に全くその通りだと思ってしまうアンソワであった。
* * *
そのニュースは、|赤羽深華《あかばねみか》がちょうど教室でお弁当を食べようとした時だった。
『こちら現場のオフィス街です! 魔法使いが暴れており手が付けられません! 周辺ではすでに避難が終わって警察が包囲していますが、いつまで持つか分からないため、魔法省による応援を待っている状況です!』
クラスメートが見ていたテレビ中継から流れるリポーターの話を聞いて、深華は食べようとしたお弁当を鞄に戻して立ち上がる。
「あれ? 深華どうしたの?」
席を立つ深華に声をかけてきたのは中学からの親友で、クルクルとゆるく巻いたロングヘアーが特徴の|鈴本明鈴《すずもとありん》だった。
いつものようにお昼へ誘うために別のクラスからやったきた明鈴は、お弁当を仕舞って立ち上がった深華に訊ねる。すると深華はクラスメートの見てるテレビ中継に目をやり、左手首に装着してる白いリング型のウェアラブルデバイスを指先でちょんと触って示す。
「あー、そっか」
瞬時に理解した明鈴は深華の後ろに付いて教室を出る。
「付いて来なくてもいいのに」
階段を上がりながら少し申し訳なさそうに深華が言うと、「だって誰かに見られたら困るじゃん?」と明鈴は笑顔で答える。
「ありがと」
最上階である屋上へ着くと、そこにはすでにアンソワが待機していた。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けてね!」
アンソワと合流すると、深華は明鈴に手を振る。
「お待たせ」
「あの生徒は?」
「ああ、明鈴だよ」
「明鈴さんでしたか、失礼しました」
アンソワはド近眼のために一寸先は闇と言えるぐらい見えない。いつもは眼鏡を掛けているのだが、転送魔法は眼鏡を無くしやすい――すでに三つ無くしている――ため、深華の送迎の時は眼鏡を外すようになった。
「それでは行きます」
地面に大小様々な魔法陣が歯車のように浮かび上がると、二人は屋上から消えた。
転送が終わると、目の前は直接ヘリポートになっていて、魔法使い輸送用の少し大きめな魔導ヘリコプターが用意されていた。
魔導は電気やガソリンなどに代わって魔法で動く機械や道具の総称のように使われており、魔導具とも呼ばれる。有害なガスも騒音もなく、魔法の無かった時代からするとまさに理想的なエコロジーである。
「よう、ご苦労さん」
ボサボサ頭をオールバックに整えてサングラスを掛けたジョージが二人を出迎える。
「こんにちはジョージ」
「早速で悪いが、ヘリで移動するぞ」
三人はヘリに乗り込むと、早速ブリーフィングを始める。
「相手の魔法ランクは?」
一番気になることを深華が質問する。
「ランクはまだ分かっていない。推測ではBあたりだ」
「スカウトはなんて?」
「スカウト基準には満たないから、お前さんの敵じゃあないとさ」
「勝手なこと言ってくれるわね」
ため息混じりに言うと、資料に添付されているマイクロチップをリングデバイスに読み込ませて感覚共有をオンにする。記録者の五感総てを自身に再現する魔法科学技術、リンク・コネクトは適切な使い方をする限り大変便利な技術である。
再生すると、深華の脳内に直接イメージが入り込む。
『ハッハァ! つまんねぇなおい! どこかに猛者はいねぇのかよ!』
暴れているのは、白いシャツとデニムの短パンという極めてラフな格好をした長い黒髪の褐色の女で、手当り次第に手を出しているようだった。
『怯むな!』
警官は発砲するが、女は当たっても全くの無傷だった。
『オラァ!』
地面を殴るその瞬間に、地面が炸裂し弾け飛ぶ。
『うわぁー!!』
衝撃で数人が飛ばされる。あちらこちらで怪我人も出ているようだ。パトカーと警察官で包囲はしているが、これじゃ遊ばれているのと変わらない。
「ふぅ……まだ死者は出てないのね、よかった」
イメージを見終わって、深華は少し考え込む。
「フィジカル・ブーストかな? 銃弾が当たっても動じないし無傷みたいだった。拳が地面に触れる前に弾けたのは説明つかないけど」
「フィジカル系だとしたら、少々相手が悪いか……」
「制限解除は?」
深華が訊ねると、「先ほど申請しました。およそ10分で承認されるはずです」とアンソワが答える。
「さすがだねぇ、助かるよ」
ジョージが褒めると「本来はあなたのお仕事です」と、アンソワはツンと冷たく返す。
「おー怖っ……どうする? 僕の権限で少しならリリースできるが」
「その時はお願いしようかな、まずはこのままで確かめてみる」
「オーケー、それでいこう」
『そろそろ到着します!』
パイロットの声がスピーカーから流れる。
「さて、行きますか」
深華はパラシュートも背負わずに制服姿のままヘリから飛び降りた。
「頼んだぞ、“赤髪のルーディック”」