円柱2020/06/17 10:38
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「ラプンツェル、これで荷物の引っ越しは終わった。もうしばらくはこの小屋で反省しているといい」

「……」

 

 落下時の怪我で目が見えなくなった王子を、森の奥にある流れ者達の村へと誘導してから数日後、少しずつ行っていた塔から小屋への荷物の運搬が終わった。無骨な小屋に荷物が増えて狭く感じるが、少女一人が暮らすには十分な空間であろう。

 ラプンツェルの愛用していた棚などはそのまま運んであり、また魔法の本の山には料理や歌の本も紛れ込ませてある。彼女が脱出時に持って行こうとしていた荷物も、それとなく机と一緒に置いておいた。

 

 そんなことを知ってか知らずか、運び込まれた荷物に興味を示していた彼女であったが、私に見られていることに気が付くと途端に目を反らした。

 

「今後は行動に気を付けるんだな」

「……分かったよ、ゴテルのお婆さん」

 

 ぶっきらぼうな態度のラプンツェルをよそに、私は黄緑色の背の低い木に井戸から汲んできた水をやる。身重となったラプンツェルに無理はさせられないため、なるべく小屋の環境が良くなるように色々と工夫を凝らしてあるのだ。

 例えば入口付近の鉢植えに植えてあるこの黄色っぽい植物は、空気を浄化する機能が。ベッドの傍に置いてある赤い花には、付近の生物に対する安眠効果がある。

 

 今後もラプンツェルには分からないように、それとなく支援してやろうとは思っている。当の本人は私の顔も見たくないのか、窓から外を眺めながら随分短くなった自らの金髪を弄っていたが。

 

「今日は帰る。下手な脱走など考えるなよ」

「……」

 

 ラプンツェルに釘を刺しながら扉を閉めると、夕刻を告げる太陽が砂漠の向こうで揺れていた。こんな過酷な環境で彼女に脱走でもされたら、流石に助けられない可能性が高いだろう。

 体調的にもなるべく様子を見ていたいところだが、もうすぐあの戦闘狂――ソルマとの決闘の期日、約束した日から三度目の満月が昇る夜がやってくる。今回ばかりは相手をしてやらねば、最悪ラプンツェルに介入されかねない……それだけの熱意をあの男から感じたのだ。

 

 地平に沈む太陽が眩しくなって背後に振り返ると、夕焼けの橙を反射する砂漠の向こう側に、少し欠けた銀色の円盤が浮かんでいた。

 

 


 

 

 満月が遠くの山の上に輝き、星の瞬く音が聞こえてくるかのような鮮やかな夜空。ごつごつとした荒々しい大地に乾いた風が吹き、岩肌を撫でるように過ぎ去っていく。

 ここはかつて私がとある悪魔と幾度も戦った場所だ。岩以外ほとんど何もないようなこの地には、昔から人一人寄り付くこともなく戦うのに都合がいい。

 

 そんな殺風景な景色の中、一人の男が満面に喜色を湛えて高らかに声を上げる。

 

「よく来たな、ゴテルよ。さあ、思う存分戦おう!」

 

 マント姿の真っ赤な身体、そして側頭部から真上に生えた二本の角が特徴的な炎の悪魔、ソルマ。月明りしかない夜中であっても十二分に目立つ男だ。その傍には黒い悪魔――ダンとかいうこいつの部下も控えている。

 

「お前が来いと言ったのだろうが……」

「そのようなことはどうでもよい、早く始めようではないか」

 

 決闘を促す低い声はどこかそわそわしており、昔と変わらずやはり子供っぽい。傍らのダンとやらも苦笑の表情をしていた。

 だが。

 

「我が勝ったら……そうだな、あの娘を貰っていくとしよう――」

「――!」

 

 ソルマの紡いでいた言葉を聞き終わるかどうかといったところで、私は魔力を抑えきれず周囲に放出してしまった。

 岩々の隙間から草や蔦、若木といった様々な植物が生えてきて、殺風景だった辺り一面を緑で覆いつくしていく。

 

「看過出来ん、と言ったはずだ」

「……ほう、気合は十分と言ったところか。それとも、娘を引き合いに出されて怒ったか?」

 

 苛立ちからソルマを睨み付けるが、本人はどこ吹く風といったところだ。周囲の景色が変化したのを楽しむように眺めるソルマに、私は思わず舌打ちした。

 ラプンツェルを引き合いに出されただけで魔力が乱れてしまうとは……我ながら随分と鈍ってしまったものだ。あの子を引き合いに出されたのは憎たらしいが、初めにラプンツェルに気が付いたのがこいつで、本当に良かったかもしれない。

 

 一方ソルマの傍にいたダンは、私が放った魔力に反応して身体を動かそうとしたものの、ソルマがそちらに掌を向けそれを静止した。

 

「ダンよ、手出しは無用だぞ」

「……了解、しました」

 

 ソルマは不安気なダンに一瞥を投げたがすぐにこちらに向きなおり、さて、と会話を仕切り直す。

 

「貴様が勝ったら、あの娘の安全を我直々に確保してやろう。まあ、今度ばかりは我が勝つがな」

「どちらにしてもあの子に付き纏うつもりなのか……」

 

 ソルマの周囲に生えている植物がみるみるうちに枯れていき、そして熱に耐えきれなくなって発火した。その顔は私に絶対に勝たんとする、決意に満ちた男の表情をしていた。

 目の前のソルマの強敵に挑まんとする眼が、ふと思い浮かべた少年の真っ直ぐな眼差しと重なって少し苦笑する。

 

「ラプンツェルはやらんぞ。生憎と、もう相手は決まっているんでね」

「ラプンツェル、か……いつか我の相手になるやもしれん、覚えておくとしよう」

「お前と戦わせなどしない。あの子には平穏無事に、幸せな人生を歩んで貰わなければならんからな」

 

 ソルマは懐から銀色のコインを取り出し、親指の上に乗せピンッと空へと放った。

 天蓋の星々と共にクルクルと踊る銀の硬貨、それをキラキラと光らせる満月。中天に昇っていく白き光は、それぞれの想いをも照らすように静かに、だが確かに輝いていた。

 かつてラプンツェルの父親に約束した「幸せにする」という言葉が頭をよぎり、そして。

 

 キィン。

 

 金属と岩がぶつかる澄んだ音が夜空に響き、火蓋は切られた。

 

 

 

~~~

 

 

 

 魔女の森。付近に住む子供達は近付いてはいけないと教えられ、皆から恐れられている深い森。

 そんな森の中に一人で佇む少年――その瞳は閉じられているが品性な顔立ちをしている、名をアルベルト。

 

「絵本のように、悪役に囚われた少女を助ける王子……そんな自分に酔ってたのかもしれない」

 

 シュバルツシルトの王子であるアルベルトは、石造りの塔から落ちたその時から盲目となった。周りに何があるかさえ見えていないはずの彼だが、不思議とその足取りはしっかりとしている。

 

「でも、僕を信じてくれた……もしかしたら今も信じてくれてるかもしれない、ラプンツェルを助けたいんだ」

 

 少年は目を閉じたまま独り言ちる……いや、誰かに語り掛けるかのように言葉を紡いでいく。

 

「我儘、自己満足、そんなの分かってる」

 

 突如、ガサガサ、と不自然に茂みが揺れる。そして木々の隙間からザクザクという足音が、盲目のアルベルトの元へと近付いてくる。

 

「「「バウッ!!!」」」

 

 それは獰猛な狼の群れだった。アルベルトを弱い生物だと思ったのか、グルルルと威嚇しながら獲物を逃がすまいと少年の周りを囲い込んでいく。

 

「僕は――いや、俺はもう、逃げない!」

 

 腰に据えた剣を抜き王城で習った構えをとり、王子は耳を研ぎ澄まして狼の気配を探る。

 刹那の静寂の後。

 狼達が一斉に飛びかかるのに合わせ、少年は見えないはずの目を見開いた。

 

「「「グルルルァッ!」」」

「諦めないって、決めたんだ!」

 

 少年は確かな決意を胸に抱いて、地面を蹴って暗闇を駆け出した。