キミに贈る物語

Chapter 2 - 002 midnight storm

AW2020/02/20 06:01
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それから2か月後、幼馴染がD高校を受験するらしいという噂を耳にした。D高って、確か商業科のはず。なぜ自分の偏差値より15も低い商業科の学校なんて選んだのか、直接訊く勇気が出なかった。


 志望校を変えたことと関係があるのか、奴の成績はどんどん下がっていった。


 秋の定期テストでは、学年順位1桁台をキープした俺に対し、あいつの成績は70番も下がって3桁にまで落ちていた。全く勉強をしていないのが分かった。


 イラストにそれほど入れ込んでいるようには見えなかったから、何をしているのかが気になった。


 奴と仲の良い妹に何となく相談してみたら、気になるなら納得がいくまで調べるべきよと、ストーカーの仕方を、それこそ歩行術から盗聴術に至るまで事細かく伝授してくれた。


 俺の妹の前世は、風魔か服部一族、もしくはFBI捜査官あたりか。


 放課後、俺はこっそり尾行した。


 奴は1人で駅前のカラオケルームに入っていった。狭い個室からは楽しそうに歌う声が漏れていた。歌の練習をしているようだった。


 それから数日間尾行を継続した結果、毎日少なくとも3時間以上はカラオケルームに籠っていることが分かった。正直、自業自得だと思った。


 翌日、ふと彼女に相談したくなった。


 いや、呼ばれた気がした。


 適当な理由で掃除当番をサボり、制服のまま病院へと向かう。


 今日はまだ火曜日。日曜日の会議まではまだまだ日がある。でも、何かに魂が引っ張られたのか、それとも台風による強風が俺の背中を押したのか、気づくと俺は病院まで走っていた。


 いつも通りにノックをすると、彼女の代わりに彼女の母親が小さく返事をした。


 病室の中は暗く、静かだった。


 いつも響く彼女の高い声は聞こえない。


 ベッドの上で寝ていた彼女――しかし、たった1枚の布切れに遮られ、その寝顔を見ることはできなかった。


 彼女は、二度と起きることはなかった。


 彼女の母親から聞いた「ありがとう、おつかれさま」という伝言、それが俺に対する最期の言葉だったらしい。その時も、そして今も、俺はその言葉の持つ意味を理解できずにいる。


☆★☆


 俺は受験勉強から逃げるようになった。勉強だけでなく、全てにやる気が出なくなった。励ましてくれる人も最初は多かったけど、徐々に減っていった。いつの間にか、友人からのメールも途絶えていた――。


 学校に来なかった俺を心配したのだろう。先生が自宅まで来るようになった。


 正直、迷惑だと思った。


 当然、会うことすらしなかった。


 それでも、しつこいくらいに関わってきた。


 朝、昼休み、放課後、夜……時間を変えて何回も来た。それだけじゃない。電話やメール、手紙……動画なんかも送ってきたこともあった。


 女性が送り付ける動画なんかに興味があったわけではないが、たまたま俺の指が再生の△マークに触れたことで、パンドラの匣(はこ)は開いてしまった。


 先生は泣いていた。


 中年女性特有の分厚い化粧が、まるで土石流のように崩れ落ちていた。


『君が立ち直るまで絶対に諦めないからね。発明王エジソンだって2万回も実験したのよ。でも、彼はその2万回を失敗だとは言わなかった。2万通りの上手くいかない方法を見つけたって自慢げに語ったという話、聞いたことあるでしょ。たとえ1歩ずつでも、私は君に近づくからね、覚悟してね』


 俺は白熱電球扱いかよ。卒業まであと4か月だろ? 2万回はどう計算しても無理だ……ぷぷっ、でもこの妖怪ならやりそうな気がする。


 俺も先生と同じく、1歩ずつでも立ち直る覚悟を決めた。


 俺が学校に戻った頃も、彼のカラオケ通いはまだ続いていた。


 ほんと最低だな。仲間が死んで、俺も傷ついてこんなになっているのに。皆がバラバラになってしまったってのに、そんな幸せそうな歌を歌いやがって。


 次の日、彼が領収書を持ってきた。


 カラオケ代の半分を慰謝料として請求してきた。


 当然、喧嘩になった。


 幼馴染のそいつと喧嘩をするのは初めてだったけど、負けるはずも、負けてやる理由もなかった。


 そいつは、仰向けに倒れたまま泣いていた。


 いつまでも声をあげて泣き続けていた――。