キミに贈る物語

Chapter 3 - 003 Shining angel wings

AW2020/02/20 06:07
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“あの日”から何日経っただろう。


 俺のもとに彼女から手紙が届いた。


 正直、こんなに汚い字でよく届いたなと思うくらいの宛名書きだった。


 震える手でハサミを投げ捨て、俺は夢中で封を破った。


『驚いた? 安心してね。私はすでに死んでいる、から――』


 安心できねぇよ。ケンシ〇ウ自虐ネタかよ。もしかしたら生きてるんじゃないかって、期待しちゃっただろ……。


『お母さんにね、お葬式が済んだらポストに入れてもらうように頼んでただけだよ。こういうの一度やってみたかったの。まぁ、死ぬ機会は一度しかないんだけどね(笑)』


 全然笑えねぇよ!


 くそっ、目が痛くなったぞ。瞼が燃えるように熱い。おかしいな、涙が止まらない。いくら我慢しても、涙が溢れてくる。


『疲れちゃったから本題に入るね!』


 おい、本題に入る前にバテるなよ。って、どんだけ弱ってんだよ。どんだけ無理して俺たちに付き合ってくれてたんだよ。俺たちがお前の寿命を縮めたんだな。そうなんだな! 今更届かないけど……ほんとごめんな。


『ところでさぁ。私が君を誘った理由、考えたことある?  2つあったんだけど、きっと今も気づかないままだよね――』


 え?


『1つ目は、単純に君が好きだったから。あ、お母さんがこっち見て笑った。今の私って、きっと赤面MAXだよ。超恥ずかしい。こういうの何て言ったっけ? 旅の恥は書き捨て?』


 好きって……まじか……。


 ほんと旅だったら良かったのにな。帰れるから。あ、因みに漢字は“掻き捨て”かも。あ、わざとか……。


『2つ目はね、うーん……この手紙、こっちがメインかな。2つ目なのにメインって可笑しいけど、これを単なるラブレターなんかにしたくないし。短いけど、これを、私が私として生きた証(あかし)にしたいから――』


 自分が生きた証(あかし)……?


『実はね、私は君が嫌いだったの――』


 おい……。


『嘘だよー。大好きだよ(笑)。でも、君のこと“厚着の王様”だと思った』


 は? どういう意味だ?


 裸の王様なら知ってる。権威や世間体を気にするあまり、真実が見えなくなってしまうという話だろ? その逆だとしたら、いい意味だよな?


『実は……君の友達に何回も告白されたんだ。知らなかったでしょ。告白だけじゃなくて、彼はいつも私のことで相談に乗ってくれてたの――』


 まじか、あの野郎!


『アドバイスって難しいよね。自分のフィルターを通して“自分ならこうする、だからあなたもこうするべきだ”っていくら熱く語っても上手く伝わらないもん。相手の心に寄り添って共感できなければ、口先だけになっちゃう。相手を大切に思っていればいるほど、相手以上に悩み苦しむんだ。本人ができないことを、代わりにやってあげられるんだ。彼はね、そんな人だったよ――』


 俺は馬鹿だな。大切な人が悩んでいることにも気づかず、日曜日が来るのをずっと楽しみに待っていた。


 あいつ以下じゃねぇか。俺にはあいつを殴る資格なんてないじゃんか。


『彼の進路、訊いた? 当然A高を受けると思ってたでしょ。でも、来年度からD校に看護科ができるって知って、そっちに変えたんだって。高校卒業したら私の看護をするって――』


 あいつ、それでD高を……。


 俺はほんと、自分のことしか見えてないんだな。自分を殴り飛ばしたいくらいだよ。


『私がもう長くは生きられないって知った時の彼の顔、今でも忘れない。“君の好きな曲を全部覚えてくるから、精一杯応援するから、だから死なないで! 1日でも長く生きて!”って、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で叫んでたよ――』


 それで……あいつは毎日カラオケに……ふざけるなよ……相談してくれよ……俺は馬鹿野郎だから、言われなきゃ気づかねぇよ……。


『でも、私はあなたが好き。学校帰り、公園で迷子になった子どもの面倒を見てあげてたよね。あそこの捨て猫ちゃんに、残した給食を持ち帰ってあげてたのも見てたし、車に轢かれて死んでたわんちゃん、雨の中なのに運んで、手を泥だらけにしながらお墓作ってあげてたよね。私はあなたが凄く優しいことを知ってる。たくさん見てたんだから。ストーカー気持ち悪い!なんて言わないでね――』


 なんだよ……お前、隠蔽スキル持ちだったのかよ……俺みたいなただの自己中馬鹿(モブキャラ)を追いかけて何が楽しいんだよ……。


『私は子どものまま終わっちゃうけど、私がずっと大切にしてきた言葉をあなたに捧げます。

・幸せを求めるな、配る方法を考えよ。

・工夫と努力と思いやりがあれば、不可能はない。

・楽しく生き、必ず自分が生きた証を残しなさい。

自分で考えたのにね、どれもうまくできなかったよ。でもいいの。あなたと出逢えただけでも素敵な人生だったよ――』


 俺はお前に何も残してあげられなかったな……でも、お前と出逢えたことは俺の中でも1番の幸せだよ。だからさ、俺に幸せを配れたじゃん……どれもうまくできなかったなんて言うなよ。


『母がよく言ってた。他人と過去は変えられないけど、自分自身と未来は変えることができるんだからって。でも、私はもう自分の未来は変えられなんだ。だからね、私の代わりに、大好きな人を変えたかった。本当に大好きだから、きっと変えられると信じてる』


 “信じてる”


 それが手紙の最後の一文だった。


 手に感じる冬の寒さが、俺を急速に夢から目覚めさせて現実へと引き戻していく。でも、彼女は消えることなく、不思議とより近くに感じられた。


「厚着の王様か……お前の言いたいこと、お前の気持ち、凄く伝わったよ。見ろよ、俺が初めて貰ったラブレターが涙でぐちゃぐちゃだろ。どうせ最初からぎりぎり読めるくらいの汚い字だったけどな……」


 俺はただ真っ直ぐに歩いてきただけだった。ずっと自分の足下だけを見つめて。


「これからは変わらなきゃな! お前に貰った幸せをたくさんの人に配るために、ちゃんと前を向いて生きていくよ。ありがとう」


 お前たちのお陰で、俺はやっと未来(さき)へ行ける。またここから一歩ずつ歩きだせる。


「よし、俺だけになっちゃったけど、頑張って書き直すか」


『ある日、俺のもとに大好きな彼女からの手紙が届いた――



(中略)



――この物語を大好きな貴女に捧げます。


ありがとう、おつかれさま。 完』




 大きなトロフィーを天に掲げる。


 一緒に居てくれたのがお前らじゃなかったら、俺は今ここに立っていない。俺は俺の仲間たちを誇りに思う。凄い奴らだって、最強のチームなんだってずっと証明し続けてやる。


 こんなことを言う資格はないけど……もう一度君と向き合う機会が欲しい。どこかでもう一度だけ君と出逢いたい。


 涙でぼやける瞳に映ったのは、春の穏やかな風に乗ってどこからともなく入り込んできた桜の花びらだった。


 それは煌めく星の雫のようにゆっくりと舞い落ちてきて、トロフィーにそっと口づけをした。