不思議の国、ジャパン(15) (パウロ・ボケ)


キョウダイセブン2022/09/30 01:23
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不思議の国、ジャパン(15) (パウロ・ボケ)

不思議の国、ジャパン(15) (パウロ・ボケ)



 日本の皆さんは、

「現在の民主主義につながる市民革命がなぜヨーロッパで起こったのか?」

 とか、

「なぜ、産業革命を支える科学技術がヨーロッパで起こったのか?」

 と考えてことはありませんか?



 私は韓国や中国を旅行したことがありますが、とても情緒的な人たちだと思う。すぐに喚く。日本は少し違います。アジアの中にあるのに、どこか論理的な考え方をする。だから、戦国時代の織田信長はスペインやポルトガルのようなヨーロッパの文明にすぐ馴染んだ。



 明治維新の時もそうです。坂本龍馬や勝海舟の動きを見ていると、欧米との交渉の仕方をすぐに身につける。何かしら、自分の中にある文化と共通点がないととても出来ないことです。



 ノーベル賞を受賞する日本人がアジアの中で多いのは、実証的な科学的精神を日本文化が育んできた証拠です。しかし、やはり長い歴史の中で中国や韓国と文化を共有してきたためにアジアっぽい感情論に流される人たちも多い。中途半端なんですね。



 ALTとして日本に来て、日本人の親切心や民度の高さに驚かされることが多いです。しかし、その一方でアジア的な謎の部分も多い。それは、学校・塾・予備校といった世界でも顕著に見られます。



 日本の学校に来て欧米の人が最初に驚くのは、制服、髪型、鞄や靴、カリキュラム、教材などが画一化していて中国や北朝鮮のような独裁専制国家の学校のようなこと。自由が全くありません。



 また、予備校や塾の宣伝・テレビCMも驚嘆すべきものです。何故か。クモンでは狂言師が飛びあがっていますが、タレントが飛びあがることと生徒の学力アップは何も関係がありません。トライの家庭教師では、名作の主人公に家庭教師の宣伝をさせています。

 名作に対する冒涜ではないでしょうか。



 科学的な精神とは、自由な発想から生まれます。日本のブラック校則とベクトルが真逆です。また、効果が実証されていない教材の採用の可否は科学的なデータではなく権力者が民間業者と癒着して決められています。科学への冒涜ですね。



 それは、日本の家屋に見られるように「洋式」と「和式」、あるいは「ヨーロッパ的なもの」と「アジア的なもの」の混在を意味します。つまり、聖書の中で神様が言った「熱いか冷たいか、いずれかであれ。ぬるま湯は吐き出す」といったぬるま湯状態です。



 今、ロシアとウクライナが戦争をしています。どのような決着となるか分かりません。しかし、欧米のリーダーたちは「白黒ハッキリさせる」でしょう。日本式の八方美人的なやり方は世界基準では通用しません。



 私たち外国人の話を一度正面から耳を傾けてもらいたいですね。それが、日本の未来を救うことになるかもしれません。

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