身近之物語

Chapter 2 - 【傘隣】カサドナリ

夕月 凪2020/09/05 12:20
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 ショルダーを握る手の甲に冷たい感覚が突き刺さる。その感覚は頭頂、頬と次第に範囲を広げていく。私は心の中で溜め息を吐き、今朝の出がけに鞄に忍ばせた折り畳み傘を取り出す。



 私は雨が嫌いだ。ヘアアイロンで整えた髪は本来の姿に戻るし、足元は濡れるし、気温が低い日であれば傘を持つ指が悴むし。

 けれども最も嫌いな理由は、傘にあった。


 傘を開くと中央には一本の柄が陣取っている。右利きの私は大抵の場合、右手にグリップを持ち、右肩に添えて傘を固定させる。殆どの人はこのスタイルだろう。この時、傘の構造上、右肩と傘の縁までに半身分の隙間が生じる。

 私はこの隙間が嫌いなのだ。


 というのも、この隙間に、何かが『居る』ような気がしてならないのである。子供じゃあるまいしそんな馬鹿げたことを、と私自身も思っている。


 そう感じるようになったのは中学一年生の頃だった。去年までとは違う帰り道。慣れない道に戸惑いながら一人で歩いていると、私の隣に隙間があることに気付いてしまった。勝手に寄り添っているような図々しさに、右手首から首筋に至るまでが粟立った。


 多感な思春期の経験は思いの外深く刻まれているらしく、大人になった今でも薄気味悪いイメージを拭い切れないでいる。


 右耳から聞こえる雨音は、左耳から聞こえる雨音よりも微かに遠い。その差異が私に隙間を意識させる。傘の下、私一人の筈なのに一人ぼっちになり損なう。相合傘と言えばロマンチックに思えるだろうか。得体の知れない不気味となんて御免である。


 傘を傾けて隙間を狭めたことがある。実存する人で埋めたこともある。しかし結局、それ以外の時に隙間を浮き彫りにさせるだけだった。


 アパートの階段前の軒下に滑り込む。水滴を振り落として傘を畳んだらようやく呪縛から解き放たれる。


 そうして私は、本当に一人ぼっちになる。



 私は雨が嫌いだ。






【傘隣】

 ・明確な姿を有さず、目には視えない。そのため小学生ぐらいの男児、若い女性、はたまた二匹の黒い烏など、地域によって言い伝えられる容姿が異なる。

 ・傘を差している人間に取り憑き、無事に目的地まで辿り着けるように送り届ける。代償として取り憑かれた人間は片方の肩が雨で濡れる。

 ・狭い折り畳み傘よりも広いこうもり傘を好む。

 ・強風などが原因で傘が壊れると、人並みに凹む。