午前一時十三分、灯りが消える。
灯りと言っても部屋の蛍光灯ではない。とっくに常夜灯へと切り替わったそれとは別に、男の臥す枕元に煌々と垂れていたブルーライトが消えたのだ。
男はイヤホンのプラグを抜き取ると、ベッドの隣の机、目覚まし時計の横にイヤホンを無造作に投げ捨てた。
「……寝たのかな」
「……寝たようだ」
男の寝息が漏れる暗がりに、二つの影が差す。
「今の内ね」
「その間に」
人の姿をした彼女と彼は明らかに人ではなかった。身長は三センチ程度。幾ら幼顔とて人の理から逸した存在だった。二人は針のように細い腕をちょこまかと動かす。
「これを」
「それに」
「そっちを」
「こっちに」
二人が手にしていたのは、先程男が放り投げたイヤホンだった。プラグやイヤーピースを持ち上げては大小様々な輪っかに通す。規則性は無い。ただ思い付く|儘《まま》に空いていた隙間を埋め続ける。
もぞっ
「!」
「!」
男が寝返りを打つ。二人はイヤホンからそっと手を離すと、目覚まし時計の裏に姿を隠す。彼らの正体は決して人間に悟られてはならない。
慎重に顔を出して確かめる。男の顔は壁側を向いていた。
「……大丈夫?」
「……大丈夫!」
男の眠りを確認した二人は再び丸まったイヤホンに近づく。そしてまた音を立てないようにコードを絡ませる。
「もういいかな」
「これくらいで」
一見したたけでは手を付ける前と何ら変化は無い。しかし二人は満足そうに暗がりへと消えて行った。
翌日。いつの間にか出来たイヤホンのコードの結び目を解く男がいた。眉を顰め、指先を不器用に操っている。|解《ほど》き終わった、と快哉を叫んで伸ばすと、一つ残った結び目が一層固く結ばれる。
「くくく、悩んでる」
「くくく、困ってる」
二人はそんな苦戦している男の様子を眺めながら、互いに聞こえるだけの笑い声を上げる。
【コード結び】
・人型の妖怪で、必ず二人一組で行動する。
・コードを結ぶことに深い理由は無く、人間が困っている様子を眺めて面白がっている。
・充電コードなど、長い紐状で丸めて放置される物が対象となる。
・鞄やポケットの中など広範囲に出没する。
・嫌いなものはワイヤレスイヤホン。