Chapter 48 - VS.ヒュリ&ウルスス/VS.ベスタ&ディウブ 決戦④
今までありがとう、アウラ。
ベスタの力に対抗するには、ベスタを倒すには……この方法しか思いつかないや。
君と過ごせて、幸せだったよ――。
今までの青とは違い、ペンダントは赤く輝いた。
「ごめんなさい、メル。あなたを巻き込んでしまって」
ペンダントから、その声がした。
悲しい、胸が張り裂けそうなか細い声だった。
もう、誰も失いたくない。そのために僕は、僕にしかできないことをするんだ――。
やがて、無表情な、けれどとても懐かしい声が、頭の中を駆け巡った。
「バインド……解除」
ペンダントは瞬く間にその光を失った。
ベスタの邪眼から解き放たれたメルは、ルーチェで買った小瓶を腰のかばんから取り出した。
ふたをゆるめ、よろめいたベスタの顔面へ、思いきり投げつける。
命中した途端、赤い粉末が飛び散った。
それは、店内でアウラと話しながら適当に選んだ、トウガラシだった。
「んおおおおっ、ひぃいいいっ! 目が、目があーーっ!」
涙を流し、顔を掻きむしるベスタ。
メルは、ナイフ(一号)を拾い上げ、軽く土を払った。
もう、その声は聞こえない。
わカっテんジゃネぇカ、めル――とドめハやッぱリおレだヨなーッ!
きっとそんな感じのセリフを言うんだろうな……。
絆の民ではなくなったメルのナイフは、視力を奪われて悶え苦しむベスタを、たやすく貫いた。
「がはっ……そんな、俺が……負ける、なんて」
ベスタは傷口を押さえながら、右へ左へふらふらと歩いてゆく。
「俺が……俺は……嘘だ、ろ……」
やがてベスタは、ゆっくりと地に伏した。
(やッたナ、めル。ぷハーっ、ヒさシぶリのチだゼ~っ!)
「えっ? 声がまだ聞こえる……」
(こマけエこトはキにスんナっテ。まア、しイてイえバ、おレがブきダかラなンじャねエのカ?)
「また決まったわね! かよわい女の子が後ろからドンってする、私の『うしドン』作戦!」
フロール隊長が、どうだと言わんばかりに胸をそらす。
しかし、縛られたままだと気付き、照れ隠しに「あはははっ」と笑った。
ベスタを失ったことで、まだ息のあるディウブが見る見るうちに年老いていく。
おそらく、呪われたバインドの力によって、今まで無理に生かされてきたのだろう。
「アウラ……ベスタを許してやってくれ。すべての原因は、私にある。あのとき、リーダーとして仲間たちを制御できていれば、ベスタの妹が死ぬことはなかった……私には、群れをまとめる統率力が足りなかったんだ。そして、お前の大切な家族まで手に掛けてしまった……すまない……」
アウラの鼻先が、ディウブの顔に触れる。
「あぁ、これで、ゆっくり、眠れる――ありが、とう……」
静かに目を閉じ、事切れるディウブ。
アウラは、その顔を優しく舐めた。
「やめろ~、降ろすフム~」
フムスが正気に戻り、空で騒ぎ始める。
ヴィオにも、やっと表情が戻った。
「は、ほえっ? ヴィオは、何してました?」
「もう大丈夫だ。すべて終わったんだ、ヴィオ」
まだ状況が飲み込めないヴィオに、バズが優しく答えた。
「メル!」
縄を解かれ、自由になった両手を広げ、フロールはメルに抱き着いた。
「いたっ、痛いよ、フロール……」
「ご、ごめんなさい」
フロールが慌ててメルから離れる。
「そうだ、これを渡さなきゃ」
メルは、かばんから袋を取り出してフロールに手渡した。
フロールの目から、次々と涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう……メル」
袋から指輪を取り出して、フロールは、泣いているのか笑っているのか分からない表情になる。
「でも――この指輪はもう入らないから、新しいのを、作って、ほしいな……」
「うん」
空から降りてきたストラールやフムスが、メルたちに近付いて話しかける。
しかし、メルやフロールには、もう何を言っているのか分からなかった。
「そっか……自分からバインドを解除して、絆の民じゃなくなったからだね」
ストラールとフムスを交互になでながら、メルが残念そうにつぶやいた。
「そうだ、アウラは!」
辺りを見回して、メルはアウラを探した。
しかし、アウラの姿は、もうどこにもなかった。
「バインドを解かれた動物は、ただの野生動物に戻る。それだけのことさ――」
バズが、深い森を見つめながら淡々と告げた。
メルも、暗い森を見つめた。
「アウラーッ!」
反応は何もない。
肩に乗り、頬にすり寄ってきたストラールとフムスが、とてもあたたかかった。