Chapter 47 - VS.ヒュリ&ウルスス/VS.ベスタ&ディウブ 決戦③
メルが左腕をかばいながら立ち上がる。
「ヴィオに、何をした?」
「新しい世界へ招待しただけだ。まつろわぬ民の一員としてな!」
「なんだって……」
ベスタは、鋭い殺気を放ったまま、静かに話し始めた。
「十五年前だ。紅葉のきれいな森だった……忘れたことはない。お前ぐらいの歳で、俺は絆の民として覚醒した。仲間とはぐれた俺と妹は、森の中をさまよい、オオカミの群れに遭遇した。奴らはまず妹を襲った。弱いものから狙う、狩りの鉄則だ。次は俺の番だ。俺は、オオカミを心から憎んだ。妹を殺したオオカミたちを、この世界から抹殺してやる……そう思ったとき、俺は群れのリーダーとバインドした」
そう言って、ベスタはディウブに視線を移した。
「俺は目を疑った。次の瞬間、そいつはあっという間に、自分の仲間だったはずのオオカミを皆殺しにしたんだ。俺が何者をも支配できる力を手に入れた、記念すべき日だった……だが」
メルの血のついた剣を忌々しく地面に突き立てながら、ベスタの声は荒々しい怒りへと変わっていく。
「だが、一人生き残った俺をまわりの奴らは責め立てた。その日から、奴らの俺を見る目は変わった。オオカミとバインドしたお前が、妹を殺したに違いない、だと? バインドとは、動物と共存する力――妹を手に掛けたお前は絆の民ではない、その力は、呪われた力だとほざきやがった!」
ベスタがまた、無抵抗のヴィオの髪を掴む。
「誰も俺の言うことを信じようとはしなかった。だから、俺を拘束しようとした連中を、片っ端からぶっ殺した。俺の偉大さ、素晴らしさ、そして悲しみに誰も気付けなかった。俺は決めた。オオカミを絶滅させる。そして、絆の民なんてものは、この世界には必要ない。一人残らず探し出し、まつろわぬ民へと進化させるか、殺すか――選択肢は、二つに一つだ」
ベスタは、虚ろな目をしたヴィオの耳元で何かをささやいた。
ゆっくりと杖を拾うヴィオ。
そして、フムスと共にベスタの前に立ち、忠実に主を守るためのシールドを展開する。
「さあ、さっきまで仲間だったこの娘と戦え――」
「くっ!」
「どうした? できないのなら、こっちから行くぞ!」
ヴィオとフムスがメルに向かって突進してくる。
手を出せないメルは、薄いガラスのようなシールドに弾き飛ばされる。
思わず地に着けた左腕に激痛が走る。
もう、どうすることもできない……のか。
フムスのシールドに守られながら、ベスタの攻撃が容赦なく飛んでくる。
(めルっ、アきラめルんジゃネぇ)
メルは、右手に握ったナイフ(一号)で辛うじて剣を防ぐ。
だが、左腕の出血がひどいうえに、右手の握力もそろそろ限界を迎えそうだ。
ジンクがかつて教えてくれたのは、あくまでもアウラをサポートするための戦い方だ。
格闘経験のないメルは、剣を囮にしたベスタの体術に反応できず、軽々とナイフを弾き飛ばされる。
「しまった!」
左腕を押さえながら立ち尽くすメルに、ベスタは冷たく微笑む。
「お前の技は、なかなか面白かったぞ……すぐに殺すのは、やめた。お前には、別の使い道がありそうだ……」
ベスタのそばにいる無表情のヴィオの目から、涙がこぼれ落ちた。
紫色に不気味に揺れるベスタの瞳が、メルを捉える。
「俺を、見ろ。俺を、見るんだ」
視線をそらそうとしても、無理だった。
僕も……ヴィオのように、まつろわぬ民となるのだろう――。
「……ル、……ル、メルッ!」
まだ、聴覚は、残ってるみたいだ。
声が、聞こえる。
この声は……アウラ、そう、アウラだ!
待てよ……考えろ、考えるんだ。
何か、何か、残っているはずだ。
ベスタを、倒す、方法が!
メルは、アウラと出会ってからのことを思い出した。
瀕死のオオカミを、ただ助けたいと願った。
絆の民となり、バインドの力でまつろわぬ民を倒してきた。
その日の食料を手に入れるために、二人で協力して狩りをした。
寝るときは、隣にいるとあたたかくて、とても安心できた。
アタシには、もう家族と呼べる人はメルしかいない。アウラは、そう言ったんだ。
アウラと出会えて、本当に良かった――。
「メル、アタシも一緒よ!」
アウラの声が聞こえた。
そうだった。
アウラとバインドしているから、気を付けないと自分の気持ちが筒抜けだ。
うれしいけど、ちょっと恥ずかしいな……。
アウラには、ディウブのようになってほしくない。
アウラが大切だからこそ、僕は、僕にしかできないことをするんだ。
「メル、諦めるな!」
バズの声が後ろから聞こえてきた。
そうか。ということは、ヒュリたちを倒したんだな。
良かった――。
そう思ったとき、ベスタを守っていたシールドがスッと消滅した。
ストラールが、フムスをくわえて空へと舞い上がったのだ。
何事かと、一瞬空を見上げるベスタ。
そして、そのベスタがなぜか膝から体勢を崩した。
意識を取り戻したフロールが、背後からベスタの足へ体当たりしたのだ。
「今よ、メル!」
フロールの声に応えて、メルは首に下げたペンダントを強く握った。