オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 47 - VS.ヒュリ&ウルスス/VS.ベスタ&ディウブ 決戦③

本多 狼2020/11/15 07:27
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 メルが左腕をかばいながら立ち上がる。

「ヴィオに、何をした?」

「新しい世界へ招待しただけだ。まつろわぬ民の一員としてな!」

「なんだって……」

 

 ベスタは、鋭い殺気を放ったまま、静かに話し始めた。

「十五年前だ。紅葉のきれいな森だった……忘れたことはない。お前ぐらいの歳で、俺は絆の民として覚醒した。仲間とはぐれた俺と妹は、森の中をさまよい、オオカミの群れに遭遇した。奴らはまず妹を襲った。弱いものから狙う、狩りの鉄則だ。次は俺の番だ。俺は、オオカミを心から憎んだ。妹を殺したオオカミたちを、この世界から抹殺してやる……そう思ったとき、俺は群れのリーダーとバインドした」

 そう言って、ベスタはディウブに視線を移した。

「俺は目を疑った。次の瞬間、そいつはあっという間に、自分の仲間だったはずのオオカミを皆殺しにしたんだ。俺が何者をも支配できる力を手に入れた、記念すべき日だった……だが」

 

 メルの血のついた剣を忌々しく地面に突き立てながら、ベスタの声は荒々しい怒りへと変わっていく。

「だが、一人生き残った俺をまわりの奴らは責め立てた。その日から、奴らの俺を見る目は変わった。オオカミとバインドしたお前が、妹を殺したに違いない、だと? バインドとは、動物と共存する力――妹を手に掛けたお前は絆の民ではない、その力は、呪われた力だとほざきやがった!」

 

 ベスタがまた、無抵抗のヴィオの髪を掴む。

「誰も俺の言うことを信じようとはしなかった。だから、俺を拘束しようとした連中を、片っ端からぶっ殺した。俺の偉大さ、素晴らしさ、そして悲しみに誰も気付けなかった。俺は決めた。オオカミを絶滅させる。そして、絆の民なんてものは、この世界には必要ない。一人残らず探し出し、まつろわぬ民へと進化させるか、殺すか――選択肢は、二つに一つだ」

 ベスタは、虚ろな目をしたヴィオの耳元で何かをささやいた。

 

 ゆっくりと杖を拾うヴィオ。

 そして、フムスと共にベスタの前に立ち、忠実に主を守るためのシールドを展開する。

「さあ、さっきまで仲間だったこの娘と戦え――」

「くっ!」

「どうした? できないのなら、こっちから行くぞ!」

 

 ヴィオとフムスがメルに向かって突進してくる。

 手を出せないメルは、薄いガラスのようなシールドに弾き飛ばされる。

 思わず地に着けた左腕に激痛が走る。

 もう、どうすることもできない……のか。

 

 フムスのシールドに守られながら、ベスタの攻撃が容赦なく飛んでくる。

(めルっ、アきラめルんジゃネぇ)

 メルは、右手に握ったナイフ(一号)で辛うじて剣を防ぐ。

 だが、左腕の出血がひどいうえに、右手の握力もそろそろ限界を迎えそうだ。

 

 ジンクがかつて教えてくれたのは、あくまでもアウラをサポートするための戦い方だ。

 格闘経験のないメルは、剣を囮にしたベスタの体術に反応できず、軽々とナイフを弾き飛ばされる。

「しまった!」

 

 左腕を押さえながら立ち尽くすメルに、ベスタは冷たく微笑む。

「お前の技は、なかなか面白かったぞ……すぐに殺すのは、やめた。お前には、別の使い道がありそうだ……」

 ベスタのそばにいる無表情のヴィオの目から、涙がこぼれ落ちた。

 紫色に不気味に揺れるベスタの瞳が、メルを捉える。

 

「俺を、見ろ。俺を、見るんだ」

 

 視線をそらそうとしても、無理だった。

 僕も……ヴィオのように、まつろわぬ民となるのだろう――。

 

「……ル、……ル、メルッ!」

 まだ、聴覚は、残ってるみたいだ。

 声が、聞こえる。

 この声は……アウラ、そう、アウラだ!

 

 待てよ……考えろ、考えるんだ。

 何か、何か、残っているはずだ。

 ベスタを、倒す、方法が!

 

 メルは、アウラと出会ってからのことを思い出した。

 瀕死のオオカミを、ただ助けたいと願った。

 絆の民となり、バインドの力でまつろわぬ民を倒してきた。

 その日の食料を手に入れるために、二人で協力して狩りをした。

 寝るときは、隣にいるとあたたかくて、とても安心できた。

 アタシには、もう家族と呼べる人はメルしかいない。アウラは、そう言ったんだ。

 アウラと出会えて、本当に良かった――。

 

「メル、アタシも一緒よ!」

 

 アウラの声が聞こえた。

 そうだった。

 アウラとバインドしているから、気を付けないと自分の気持ちが筒抜けだ。

 うれしいけど、ちょっと恥ずかしいな……。

 アウラには、ディウブのようになってほしくない。

 アウラが大切だからこそ、僕は、僕にしかできないことをするんだ。

 

「メル、諦めるな!」

 

 バズの声が後ろから聞こえてきた。

 そうか。ということは、ヒュリたちを倒したんだな。

 良かった――。

 

 そう思ったとき、ベスタを守っていたシールドがスッと消滅した。

 ストラールが、フムスをくわえて空へと舞い上がったのだ。

 

 何事かと、一瞬空を見上げるベスタ。

 そして、そのベスタがなぜか膝から体勢を崩した。

 意識を取り戻したフロールが、背後からベスタの足へ体当たりしたのだ。

 

「今よ、メル!」

 フロールの声に応えて、メルは首に下げたペンダントを強く握った。