Chapter 45 - VS.ヒュリ&ウルスス/VS.ベスタ&ディウブ 決戦①
後ろ手に縛られ、気を失って倒れているフロール。その横で、焚き火を前に、ベスタは赤く染まった空を見上げていた。
四人の姿を見つけ、うれしそうに口角を上げる。
「怖気づいて来ないかと思ったぜ。間に合って良かった――楽しみがないと、人生はつまらないからな」
ベスタは静かに立ち上がり、首の骨を鳴らす。
そばにいるディウブも、待ちくたびれたと言わんばかりのあくびで出迎える。
「お前を、倒す――」
メルは、腰のナイフ(一号)を抜きながら、ベスタをにらみつけた。
(らスぼスとウじョう。イくゼっ、メる!)
ん? 初めてナイフに名前を呼ばれた?
「動物や人の命をもてあそぶお前を、絶対に許さない」
アウラも低いうなり声を上げ、その怒りをあらわにする。
「さあ、始めようか。最高のフィナーレを!」
ベスタが剣を抜いた。
それが、始まりの合図となった。
*
ウルススの牙や爪をかわしながら、バズは思案していた。
さっきの俺たちの攻撃が、なぜ通じなかったのか……。
ヒュリが、防御力向上の力をウルススに用いたとしても、効果の及ぶ時間が長すぎる。
あれだけ長ければ、必ず反動が来て、ヒュリの体力は消耗するはずだ。
しかし、そんな様子は見られない。
ウルススがあれだけ巨体だとしても、必ず弱点があるはずだ。
そいつを見つけない限り、勝ち目はない。
こっちは一撃食らったら、終わってしまうだろう。
「避けてばかりじゃ、つまらなくてよ? 男を見せてほしいんだけど、ね」
ヒュリが挑発してくる。
ウルススの体はまるで城塞だ。
だが、動物であることに変わりはない。
それを確かめるように、バズは呼吸を整えて、左手で自分の体に触れた。
胸、腹、腰、そして太ももへとその手が下りてゆく。
ウルススの体――。クマの体――。
毛皮、筋肉、脂肪……? もしかしたら……。
「ストラール、すまないが、お前に活躍してもらうぞ!」
「よいよい、素直にワシを頼ればよいのじゃ。タカじゃけどな」
これがダメなら終わりだ。
バズは、勝負の一手に賭けることにした。
*
ベスタの剣が、流れるようにメルを攻め立てる。
(しビれルねェ)
かわしつつ、両手に持ったナイフ(一号と二号)で受け流しつつ、それに耐えるメル。
(コこハがマんヨ、めル!)
ジンクの剣技に比べれば……そう思って気持ちを奮い立たせる。
「守りは任せてください」
「とにかく、チャンスを待つフム」
致命傷になりそうな攻撃も――ヴィオとフムスが絶え間なく繰り出す――無数の小さな水のシールドが辛うじて弾いてくれている。
「チッ、余計なことを」
それでも、頬や脇腹、肩などに少しずつ傷が増えている。
いつまでも防戦一方では、ダメだ。
アウラは、ディウブと戦っていた。
攻撃の隙を見て、アウラが呼びかける。
「聞いて、ディウブ。アタシはベスタが憎い。でも……砂浜で戦ってみて、同じオオカミであるあなたを倒すべきなのか、分からなくなった」
ディウブは攻撃の手を休めない。
「あのとき、あなたはアタシを殺せたはず。でも、そうしなかった。本当は、こんな生き方を終わりにしたい、そう思ってるんじゃない?」
ディウブは攻撃の手を休めない。だが、うっすらと動揺が感じられる。
「アタシがベスタを倒すわ。そうすれば、あなたを縛り付ける人はいなくなるの。だから安心して――」
ディウブの攻撃が、わずかに鈍る。
しかし、それに気付いたベスタが、冷酷に命令を下した。
「やれ。殺してしまえ、ディウブ!」
雷に打たれたかのようにディウブは痙攣し、やがて倒れた。
だが、次の瞬間、その目がカッと見開き、紫色に怪しく輝く。
そこからスッと立ち上がる様は、まさに操り人形そのものだった。
ディウブは、嵐のような雄叫びとともに、鋭い牙と爪でアウラに襲いかかった。
アウラは前後左右に動き回りながら、激しいディウブの攻撃をなんとかかわす。
それでも、メルと同様に、少しずつ傷が増えていく。
攻撃に転じられるような瞬間もあったものの、その気配は全く見られない。
明らかに、アウラの戦い方はいつものそれとは違っていた。
逃げ回る相手に効果的な攻撃を与えられず、苛立ち始めるディウブ。
やがて、急所を狙うのではなく、所構わず攻撃をするようになる。
そしてついに、その牙はアウラの背中を捉えた。
「ぐっ……うっ」
アウラは血を流しながら、激痛をこらえながら、それでもなぜか、ディウブの牙へ自分から体を押し当てる。
スピードもパワーも、ディウブにはかなわない……だったら、こうするしかない!
ベスタと対峙しつつ、アウラの意図を察したメルが、左手のナイフ(二号)に力を込める。
(スてミのアいデぃア、しビれチゃウ!)
「行けっ!」
次の瞬間、ナイフ(二号)はアウラの目の前に現れた。
来たっ! 確実に倒すには、この距離しかないの!
アウラはそれをしっかりとくわえ、振り向きざまに、体を密着させたままのディウブの横っ腹へ突き刺した。
苦痛に転げまわるディウブ。だが、刺さったナイフを自力で抜くことはできない。
やがて、黒いオオカミは諦めたように横たわる。
「メル……」
それを見届けたアウラが、背中を赤く染めながら、ふらふらとメルのもとへ向かおうとする。
「アウラ、大丈夫?」
今にも倒れそうなアウラへ、メルが心配そうに声を掛ける。
(おイっ、ヨそミすンじャねエ!)
注意を促す一号の声が聞こえた。
その一瞬を、ベスタはやはり見逃さなかった。