Chapter 44 - サルトゥスの森
日が傾き始める前に、一行はサルトゥスの森へ辿り着いた。
「みんな、注意して進もう。必ず、生きて帰るんだ。僕は、誰も失いたくない――」
メルが思いを口にする。
全員が同じ思いで、深くうなずいた。
しばらく進むと、開けた場所に出た。メルは、故郷の森の作業場を思い出した。
さっきまで気が付かなかったが、森の奥のほうに煙が立ち上っていた。
まるで、ここに向かってこいと言わんばかりに。
「きっとあそこだ。行くぞ」
バズがそう言ったときだった。
「待って、何か来るわ……簡単には行かせないってことね」
アウラが敵に気付いて、神経を研ぎ澄ませる。
やがて木々の間から現れたのは、四メートルはあろうかという巨大なクマだった。
その傍らには、緑のローブをまとった女が立っている。
「さあ、始めましょうか。私はヒュリ。ゴールは――もうすぐよ」
「で、でっかいフム」
「チッ、やるしかない」
バズが、メルに目で合図を送った。
接近戦は避けたい。
そう思ったメルは、クマに向かって矢を放った。
(イちバんノりーッ!)
小気味いい音を立て、矢はクマへ向かっていく。
そして、胸の辺りへ命中した。
だが、雄叫びを上げたクマの胸から、矢は力なく地へ落ちた。
「ハエデモ、ヨッテキタノカ?」
「だめだ、効いてない」
それでもメルは手を休めず、次の矢を放つ準備をする。
(まッてマしタ。はヤくハやク~)
「効かないわよ、そんなおもちゃみたいなもの。ウルスス、あんたのスピードとパワーを見せてやりなさい!」
「グオオオオッ、シネーッ!」
ウルススと呼ばれたクマが、メルに向かって突進してくる。
「メル、アタシが行くわ。バインドの力を使って!」
「分かった――」
メルは瞬時に反応し、弓をあきらめて、ナイフをアウラに送る準備へ移った。
その近くでフムスとヴィオがシールドを展開させる。
炎の力をまとったストラールは、上空から攻撃の機会をうかがっている。
この連携なら、きっといける!
バズはそう確信した。
フムスの水のシールドは、分厚い氷のような堅固さでウルススの突撃を防いだ。
しかし、予想以上にウルススの力は強く、大きなひびが入っている。
「コオリ、ナノカ?」
そこへ左右から同時に、アウラとストラールが攻撃を仕掛けた。
炎に包まれたストラールの急降下攻撃。
「ワシが決めるのじゃ」
鋭い爪とくちばしがウルススの右肩に突き刺さる。
アウラは素早い動きでウルススの左側に回り込み、腰の辺りに噛み付いた。
(おメえハ、はチみツなメてリゃイいンだヨ!)
そのまま、メルから送られてきたナイフ(一号)を前足で強く刺し込む。
「決まった!」
バズが見事な連携攻撃に声を上げた。
しかし、ウルススに苦しむ様子は見られない。
「カユクモ、ナイゾ……」
「なんで……どうしてなの」
ヴィオが困惑した様子でつぶやく。
アウラもストラールも、諦めずにウルススの大きな爪をかわしながら攻め立てる。
だが、ウルススの体に一向にダメージを与えることができない。
攻めているはずなのに、刻々と時間ばかりが過ぎていく。
攻めているはずなのに、疲れていくのはこちらばかりだ。
ストラールは、日が沈みかけていることに気付き、バズに耳打ちする。
「こやつはまさに我々を進ませないための城壁じゃ。時間がない……ここはワシらでやるのじゃ」
バズは、力強くうなずいた。
「ここは俺たちに任せろ! メルやヴィオたちは先に行ってくれ」
みんな、時間のことが気になっていた。
力は分断されるが、ベスタに辿り着かなくては、意味がない。
バズの真剣な表情を見て、みんなの心は決まった。
「フムフム、ここは頼んだフム!」
「ベスタは、アタシたちが倒すわ!」
「僕が、フロールを必ず救ってみせる!」
「バズ、ストラール、絶対に、絶対にあとから来てくださいね!」
四人は、振り返ることなく煙の上がる方向へ走って行く。
きっと、また会えると信じて。
「さぁて、ワクワクしてきたぜ。俺は、負けない!」
「ワシもじゃ」
バズは剣を抜き、ウルススと対峙する。
「ヤルキ、ナノカ?」
「そういう強気な男、嫌いじゃないわよ。鉄壁のウルススを越えられるかしら?」
ヒュリは唇を舐め、妖艶で残忍な笑みを浮かべた。