Chapter 40 - VS.ベスタ&ディウブ①
潮の香りが風に乗ってやってくる。七月の空はどこまでも青く、メルはふと、ポルテ村の懐かしい空を思った。
初めて海を見たメルは、興味津々で海沿いの道を歩いていた。
コルリスを出てから十二日目の朝だった。
初めに異変に気付いたのは、一行の上空を飛んでいたストラールだった。
「妙じゃな。海の近くなのに、水鳥の気配がまるで感じられないのじゃが……」
「フムフム、なんだかおかしいフム。いないわけないフム」
やがて、ストラールが驚きの声を上げる。
「――なんじゃ、これは! まがまがしい気を感じるぞ。いかんいかん……」
飛んではいられないとばかりに、ストラールがふらふらとバズの肩へ降りてくる。
「気を付けろ、みんな」
バズが臨戦体勢を取る。
慌てて辺りの匂いを確認したアウラが、低いうなり声を上げ、その白く美しい尻尾を立てた。
「ついに見つけた――砂浜にあいつがいるわ!」
アウラは道をそれて砂浜へ下って行く。
みんながそれに続いた。
夜の闇のように黒いオオカミ、そして、全身黒ずくめの背の高い男が、海を背に立っていた。
男はアウラを見て、笑みを浮かべた。
「久し振り、とでも言うべきかな、アウラ。生きてまた会えるとは……まったくもってうれしい限りだ」
「ベスターッ!」
アウラのものすごい殺気が伝わってくる。
「初めまして、みなさん。いや、何度か見かけてはいたが、声を掛けなかった。生かしておいた、と言ったほうが、正解だな」
ベスタが言い終わる前に、突進して行くアウラ。
だが、その前に立ちふさがったディウブに、簡単に弾き飛ばされる。
「ぐうっ!」
アウラがよろよろと立ち上がり、砂にまみれた体をふるわせる。
「メルと……バザルテス、だったか。十何年も前の知り合いが、こうして立派に絆の民として覚醒してくれて喜ばしい……お前らの親のように、この手で殺せるんだからな!」
「お前だけは許さねぇ」
冷静なはずのバズも、ストラールとともにベスタたちの間合いへ入っていく。
「ストラール、行けっ!」
ディウブ目がけて上空から急降下するストラール。
ベスタ目がけて疾走するバズ。
二人はほぼ同時に攻撃を繰り出す。
しかし……炎を纏ったストラールの攻撃はディウブに軽くいなされ、流れるように繰り出されたバズの剣戟は、すべてベスタにかわされた。
ディウブの爪を食らったストラールは、波打ち際まで飛ばされた。
そして、すべてをかわしたベスタは、いとも簡単にバズの懐に入り込み、みぞおちに重い一撃を打ち込んだ。
「がはっ……」
バズが膝から倒れる。
「まずい……行くよ、アウラ!」
(きヲつケろ、アいツはべっカくダぜ)
メルは、ベスタに向かってナイフ(一号)を放つ。
武器も、あいつの強さを感じてるってことか……。
(カおハたイぷダけド~、あノひト、あブな~イ)
初手はかわされたものの、残る一本のナイフ(二号)を右手に握り、ベスタに攻めかかった。
同時にアウラへ意識をつなげ、ディウブへの攻撃を任せる。
アウラは風となってディウブに迫る。
その牙は、かわそうとしたディウブの首を確かにとらえる。
そして、ディウブの闇のような体から真っ赤な血が噴き出した。
低い姿勢から、メルはベスタの足を狙いに行った。
長身ゆえに下半身が弱点になる、そう考えたからだ。
行ける!
だが次の瞬間、メルは背後からディウブに体当たりされ、ベスタの足元へと倒される。
「!」
アウラがダメージを与えたはずなのに、なぜ……?
「弱い、弱すぎるぞ、きさまら……笑わせるな!」
うつ伏せのメルの腹に、ベスタの容赦ない蹴りが加えられる。
「うっ……ぐはっ」
「メル!」
アウラは慌ててメルのほうへ走り出しながら、致命傷を与えたはずのディウブを見る。
アウラは目を疑った。
ディウブの傷口が見る見るうちに塞がっていく……。