Chapter 38 - VS.シャグラン&ティブロン②
「いやーーーっ!」
生きながら氷像と化したメルとバズを見て、フロールが泣き叫ぶ。
「こ、こんな……ことって」
「まずいフム、大大大ピンチだフム!」
「頼りの男どもは、あっけなく死んじまったな」
「自分から水に入ってきたからだよォ」
氷の波の上を滑りながら、氷像となり果てたメルとバズのもとへ二人は辿り着く。
そして、馬鹿にしたように、メルやバズに蹴りを入れたり、尾びれで叩いたりしてみせる。
「ワシがなんとかしてみせるんじゃ」
そんな二人を気にせずに、ストラールが何度も上空から急降下し、くちばしや爪で氷を砕こうと試みる。
しかし、全く歯が立たない。
「今助けに行くわ」
アウラも、メルとバズの所へ向かおうと、凍った湖の上を必死に進んでくる。
何度も、何度も、転びながら。
「やめとけ、やめとけ、無駄なあがきは。この辺りの氷は、俺らが死なない限り、永久に凍ったままさ」
泣いていたフロールが、シャグランの言葉に反応する。
――俺らが死なない限り、永久に凍ったままさ。
「!」
つまり……あの二人を倒せば、メルとバズを救い出せる!
「今度は、私が助ける番よ――」
フロールの目に、もう涙はなかった。
その目は、希望に満ちている!
「そろそろ終わりにするか、ティブロン」
「食べるならやっぱり女ァ」
氷像いじりに飽きた二人が、湖に飛び込む。
狙いはもちろん、フロールたちの乗った舟だ!
舟の上では、フロールがヴィオに何やら耳打ちをしている。
「でも……それでは……」
「私を信じて、ヴィオ――あなたなら、きっとできるわ!」
「どうする気だフム!」
新たな獲物に向かって猛スピードで泳いでくるティブロンとシャグラン。
迷っている時間など、もう、ない。
「ひ、ひーっ。サ、サメが来るーっ!」
舟を漕いでいた漁師は、人食いザメの猛突進にすっかり怯えてしまっている。
「大丈夫よ、おじさん。私たちを信じて――ヴィオ、お願い。チャンスは、一度しかないの!」
両手で杖を握っている不安げなヴィオを、フロールは背中からしっかりと抱きしめた。
そのあたたかさに、その信頼できるぬくもりに、ヴィオの心は決まった。
舟ごと食らう勢いで、ティブロンは口を大きく開けて浮上した。
「いただきまーすゥ」
「今よ! ヴィオ!」
「ごめんなさい――フムス!」
そう謝りながら、ヴィオは肩にいたフムスを凶暴なサメの口へと投げ飛ばした。
「えーーーっ! 聞いてないフム~ッ!」
「!」
予想外の異物が口の中に入ってきたため、シャグランを乗せたままのティブロンは、体勢を立て直すために、舟を飛び越えて水中へ戻った。
予想外の動きを見せたティブロンから放り出されるシャグラン。
身軽になったティブロンは向きを変え、もう一度舟の上の人間へ確実に狙いを定めて飛んだ。
そのつもりだった……。
「?」
次の瞬間、思い描いていたように飛べなかったティブロンは、自分の体が異様に膨らんだことに気付く。
そして、理由も分からぬまま、その体は内側から弾け飛んだ。
相棒を一瞬にして失ったシャグラン。
彼は、上空から音もなく舞い降りたストラールに気付いた。
「さらばじゃ」
しかし、ティブロンが突然破裂したことに困惑したままのシャグランに、その鋭い爪を避けることは、もはや不可能だった。
なぜか空から降ってくる無傷のフムス。
そのフムスをしっかり受け止めて、ヴィオがよろめく。
そして、そのヴィオを背中から支えたのは、フロールだった。
「フロール隊長、やっぱりすごいです!」
「だから言ったでしょ~、ヴィオ。お姉さんに、いや――隊長に、任せなさいっ!」
サメを相手に、湖では圧倒的に不利――。
しかも予想外なことに、敵は陸上さえも自由自在に動き回り、自由自在に氷も生み出した。
だから、フロールは考えた。
フムスをサメの口の中へぶん投げるという、悪魔の作戦を――。
フムスが流すであろう涙? いや……鼻水? よだれ?
それらを使って、フムスを包み込むように球体のシールドを展開する。
そして、サメの体内でシールドを一気に巨大化させる。
それはやがて、防御のための盾ではなく、サメを内側から破壊するための恐ろしい武器となる。
男の子の水風船を、アウラが誤って爪で破裂させたのを見て、フロールはこの作戦を思いついたのだ。
「ひどいフム――黙ってるなんて、あんまりフム……」
「ごめんね、フムス。でも、敵に気付かれないようにするには、こうするしかなかったの」
フロールが、本当にすまなそうな顔で謝る。
「ワシも、さすがに驚いたものじゃ」
「フムス、頑張ったからヴィオが好きなもの買ってあげるね」
「フムフム! うれしいフム~。それならやっぱり、ヒマワリの種がいいフム!」
「そうだ、二人を助けなきゃ」
フロールが辺りを見回すと、あれだけあった氷は、シャグランたちを倒したことでほとんど消え失せている。
砂浜には、あの姉弟と一緒に手を振っているメル、バズ、そしてアウラの姿が見えた。
*
「ありがとう――フロールの見事な作戦勝ちだ。本当に助かった」
何もできなかったバズが、申し訳なさそうに礼を言う。
「見事だったわ、フロール。今回、アタシは役に立てなかった……ごめんなさい」
「そんなことないよ、アウラ。僕こそ何もできなかった――」
「いいのよ、みんな。私もいっぱい助けてもらったんだから。それぞれの力を合わせて勝つ――それが、絆の民ねっ! あっ……私、絆の民じゃなかった。てへっ」
「いいや、フロール。君も立派な絆の民の一員だよ」
バズの言葉に、みんなが力強くうなずいた。