Chapter 33 - 酒場だフム
ソリトゥスでセーロスたちを倒してからは、ほぼ予定どおりに旅は進んでいった。
ソリトゥスを出発してから二週間ほどで、メルたちは当初の目的地だったコルリスの街に辿り着いた。
ポルテ村では見たことのない白い石畳が美しく、夏を感じさせる六月の日差しはまぶしかった。
コルリスは、今まで見てきた場所とは全く違った。
行き交う人の数、建物の大きさ、売られている商品の種類など、ただただスケールの違いに圧倒された。
「フムフム、情報を仕入れるといえば――酒場だフム」
「でも、ヴィオたち、誰もお酒が飲める歳じゃないよ」
「フムフム、ヴィオが十二歳で……」
フムスは、チラリと他を見やる。
「僕は十五歳」
「私は……十六よ」
「……おしいフム。酒場は十七歳からじゃないと入れないフム……」
フムスが、困ったという顔でウロウロする。
「じゃあ、アタシが行くわ――」
「オオカミが入ったら、大問題だフム!」
「ヴィオも、そう思います」
「仕方ないわね……私が行く。お、大人っぽくすればいいんでしょ?」
「危険だよ、フロール。僕は反対だ。それに……もし酔っぱらったら、この前のこともあるし……」
「この前のことって、何? メルはそれでいいの? あなたのことが分かるかもしれないのよ。そのためにここまで来たんだから。私、やるわ!」
どうやら、フロールの意志は固い。
「そうね、フロールに託しましょう。でも、一人では危ないわ。メル……フムスが付いていくっていうのは、どうかしら?」
アウラがそう提案する。
「……分かった。僕たちは人目に付かない裏口で待つよ。フロール、何かあったら大声で呼ぶんだよ、いいね」
「うん」
こうして、フロールと、かばんの中に隠れたフムスは、酒場へと入っていった。
*
入口のドアをそーっと開ける。
そもそも、酒場に一人で入る女性とはどんな感じなのか、フロールには見当がつかない。
客の視線が突き刺さる。
意識して背筋を伸ばして歩き、カウンターの席へと向かう。
とりあえず、端の席に座ってみる。
あごひげを生やしたいかつい顔の店員が、カウンターの向こうから声を掛けてきた。
「ご注文は――」
どうしよう……お酒の名前なんて知らないよ~。
フムスがかばんの隙間から、
「とりあえず、生だフム」
と助け船を出す。
「と、とりあえず、生で……」
大丈夫かな、ちょっと声が裏返ったかも?
店員は軽くうなずいてフロールから離れていく。
「は~っ」と、思わずため息が漏れた。
カウンターには他に三人の客が座っている。みんな男の人だ。
話しかけられたら、どうしよう……。
そう思っていると、すぐにお酒が届いた。
黄金色の液体の上に、白い泡が乗っている。その黄金色の中には、たくさんのつぶつぶが見える。
とても、きれい……そして、思ったよりも冷たい。
「の、飲まないと、変だよね?」
小声でフムスに聞いてみる。
「ここは酒場だフム。飲まないと不自然フム」
どうしようか考えていると、近くに座っていた赤毛の男が話しかけてきた。
「きみ、一人なの?」
「は、はい」
「じゃあさぁ、こっちに来て俺たちと一緒に飲もうよ」
「えっ、で、でも」
「みんなで飲んだほうが楽しいから、ほら」
そう言って、フロールの腕をつかんで強引に連れて行こうとする。
「や、やめて……」
「これはまずいフム」
フムスが意を決してかばんから飛び出そうとすると……。
「ここにいたのか、俺の席はこっちだ。行くぞ――」
褐色の肌の男が反対側から現れ、フロールを自分の席へ連れて行った。
「チッ、なんだよ。連れがいたのかよ」
そう言って赤毛の男は、もとの席へと戻って行った。
「あ、あの……」
「心配するな。俺はバザルテス。たぶん、お前たちが探している相手だ」
「えっ?」
正面にいる男の隣をよく見てみると、オレンジ色の鋭い目をした鳥がいた。
「こいつは、タカのストラールだ」
「良かった! あなたも絆の民ね。会ってほしい人たちがいるんです」
「フムフム、良かったフム」
「――分かった。念のために、別々にここを出たほうがいい。一時間後、この通りの先にある宿屋で会おう」
*
フロールは仲間と合流し、約束の宿屋へと向かった。
情報を得るという役目を無事果たせたこと、そして、久し振りにベッドで眠れる喜びで、フロールはご機嫌だった。
「ほらほら、だから言ったでしょ~。隊長になんでも任せなさい!」
「フロール隊長、すごいです!」
ヴィオが完全に感化されている。
「フムフム。ヴィオ、違うフム――本当は、酒場の中では……」
そこまで話したフムスだったが、悪魔、いや、魔神の見下ろすような視線を感じて凍り付く。
「た、確かに……フロールは見事だったフム」
「だよね~」
フムスは――隊長には逆らえない、そう悟ったのであった。