Chapter 32 - VS.セーロス&ムース④
セーロスの言うとおり、リカの実の効き目はほとんどなくなっているようだった。
年齢を感じさせない足取りで、やがて彼女は、大広間の一角から何かを取り出した。
セーロスは、それに入っている液体を床に撒きながら叫ぶ。
「とにかく、絆の民ってやつらが気に食わねえんだよ。よくもムースを……お前ら全員、あの世に送ってやる!」
セーロスは醜く顔を歪めて、階段下へ燭台ごと火を放った。
それは、瞬く間に広がっていく。
そしてそれは、いつの間にかセーロスのドレスにも燃え移っていた。
「ひぃいっ!」
ドレスの裾をばたつかせて消そうとするが、もはや手遅れだ。
「おのれーっ、ぐぁああぁあ~!」
あっという間に、セーロスは炎に包まれて見えなくなった。
「大変だフム、みんな焼け死んじゃうフム!」
「どうしよう、せっかく戦いに勝ったのに……」
フロールが、すがるような目でメルを見る。
メルの脳裏にふと、幻覚で見せられたフロールの顔が浮かんだ。
半分崩れ落ちたフロールの顔が。
あれは現実じゃない。あれを現実にしてはいけないんだ。
メルは必死に考えを巡らす。
何か、助かる方法は、ないのか。
炎は勢いを増し、階段は今にも焼け落ちそうだ。一階には、もう下りられない!
そのとき、ヴィオが声を上げた。
「いい考えを思いつきました! フムス、お願い。力を貸して」
ヴィオは、さっきまで隠れていた部屋に花瓶があったことを思い出した。
みんなをその部屋へ案内し、
「この花瓶の水を、口に含んでほしいの」
と、フムスに告げる。
「なるほど、ヴィオがしたいことが分かったフム」
フムスは花瓶の水を全部口に流し込んだ。
頬が、たぷたぷに膨らむ。
「ここまで燃え広がった炎を消すことはできませんが……」
そう言って、ヴィオは窓を開け放つ。
「ここから外に出ることはできます!」
その声に応えて、窓の外へ向けて、フムスが器用に口から水を飛ばす。
それは、ヴィオの絆の力によって、空中で半透明のシールド、いや、弾力性のある水のトランポリンとなった。
「さあ、怖がらずに。信じて跳んでください」
アウラが先陣を切った。
「行くわよ」
そう言って、窓の外へ消えていく。
メルとフロールが窓から見下ろすと、確かにアウラは無事脱出できている。
「に、二階から飛び降りるってこと? 無理無理無理……死んじゃう!」
フロールは、外にいるアウラの姿を確認しても、まだ腰が引けている。
「一緒に行こう、フロール。僕が付いてるからさ」
「でも……やっぱり、怖い」
「この水のシールドは、ずっと出せるわけではないんです。もうすぐ時間切れに……」
ヴィオの表情は、先程までと違って確かにつらそうだ。
「ばやぐずるブム(早くするフム)」
迷っている暇はない。
「ごめん、フロール!」
そう叫んで、メルはフロールを抱きかかえ、窓の外へ消えた。
「きゃーーーーーっ!」
フロールが恐る恐る目を開けると、そこは草の上だった。
目の前には、アウラがちょこんと座っている。
「あ、ありがとう、メル……」
少し、いや、かなり顔を赤くしながら、フロールはお礼を言う。
「良かった。もう、大丈夫だよ」
「うん……」
ヴィオとフムスも無事間に合い、一行は屋敷をあとにする。
「死んだわよね、セーロス」
フロールが不安げにメルに尋ねる。
「うん。僕たちが、倒したんだ」
メルが振り返ると、炎は屋敷を完全に飲み込んでいた。
「ヒマワリの種の幻を見せるなんて、ひどいやつだったフム」
だまされたことを思い出し、歩きながら悔しそうにフムスがジャンプを繰り返す。
「フフッ。きっと、ヒマワリの種が食べ放題だったんでしょ?」
「なんで分かるフム!」
アウラに言い当てられて、驚くフムス。
「そういうアウラは、どんな幻だったフム?」
「そうね……ひどい、夢、だったわ……」
「ヴィオが見た幻も、許せません」
「僕のも、気持ち悪くなるようなシーンばっかり」
それ以上は誰も、何も言わなかった。
忘れてしまいたい、嫌な夢だ――。
メルたちはただ、静かに足を進める。
「そういえば……フロール隊長だけ、どうして幻覚に惑わされなかったんでしょう」
やがてヴィオが、ずっと気になっていたことをつぶやいた。
「えーっと、それは、見たっていうか、見なかったっていうか、その……」
「フムフム、何やら怪しいフム」
「そうね、何か隠しているみたいね」
「どうしてなんだろう? 教えてよ、フロール」
「だめっ、教えないっ!」
しつこく聞いてくるみんなから、逃げるように走り出すフロール。
みんなには、たぶん、いや、絶対に言えない。
それは、幻や偽物ではなく、本当に起こることだと、ずっと信じてきたから。
メルが私に告白してくれて、ずーっと幸せな家庭を築く――そんな、未来。