オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 32 - VS.セーロス&ムース④

本多 狼2020/10/11 11:33
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 セーロスの言うとおり、リカの実の効き目はほとんどなくなっているようだった。

 年齢を感じさせない足取りで、やがて彼女は、大広間の一角から何かを取り出した。

 セーロスは、それに入っている液体を床に撒きながら叫ぶ。

 

「とにかく、絆の民ってやつらが気に食わねえんだよ。よくもムースを……お前ら全員、あの世に送ってやる!」

 

 セーロスは醜く顔を歪めて、階段下へ燭台ごと火を放った。

 それは、瞬く間に広がっていく。

 そしてそれは、いつの間にかセーロスのドレスにも燃え移っていた。

 

「ひぃいっ!」

 ドレスの裾をばたつかせて消そうとするが、もはや手遅れだ。

「おのれーっ、ぐぁああぁあ~!」

 あっという間に、セーロスは炎に包まれて見えなくなった。

 

「大変だフム、みんな焼け死んじゃうフム!」

「どうしよう、せっかく戦いに勝ったのに……」

 フロールが、すがるような目でメルを見る。

 

 メルの脳裏にふと、幻覚で見せられたフロールの顔が浮かんだ。

 半分崩れ落ちたフロールの顔が。

 あれは現実じゃない。あれを現実にしてはいけないんだ。

 

 メルは必死に考えを巡らす。

 何か、助かる方法は、ないのか。

 

 炎は勢いを増し、階段は今にも焼け落ちそうだ。一階には、もう下りられない!

 

 そのとき、ヴィオが声を上げた。

「いい考えを思いつきました! フムス、お願い。力を貸して」

 

 ヴィオは、さっきまで隠れていた部屋に花瓶があったことを思い出した。

 みんなをその部屋へ案内し、

「この花瓶の水を、口に含んでほしいの」

と、フムスに告げる。

「なるほど、ヴィオがしたいことが分かったフム」

 

 フムスは花瓶の水を全部口に流し込んだ。

 頬が、たぷたぷに膨らむ。

「ここまで燃え広がった炎を消すことはできませんが……」

 そう言って、ヴィオは窓を開け放つ。

「ここから外に出ることはできます!」

 

 その声に応えて、窓の外へ向けて、フムスが器用に口から水を飛ばす。

 それは、ヴィオの絆の力によって、空中で半透明のシールド、いや、弾力性のある水のトランポリンとなった。

 

「さあ、怖がらずに。信じて跳んでください」

 

 アウラが先陣を切った。

「行くわよ」

 そう言って、窓の外へ消えていく。

 メルとフロールが窓から見下ろすと、確かにアウラは無事脱出できている。

「に、二階から飛び降りるってこと? 無理無理無理……死んじゃう!」  

 フロールは、外にいるアウラの姿を確認しても、まだ腰が引けている。

「一緒に行こう、フロール。僕が付いてるからさ」

「でも……やっぱり、怖い」

「この水のシールドは、ずっと出せるわけではないんです。もうすぐ時間切れに……」

 ヴィオの表情は、先程までと違って確かにつらそうだ。

「ばやぐずるブム(早くするフム)」

 

 迷っている暇はない。

「ごめん、フロール!」

 そう叫んで、メルはフロールを抱きかかえ、窓の外へ消えた。

 

「きゃーーーーーっ!」

 

 フロールが恐る恐る目を開けると、そこは草の上だった。

 目の前には、アウラがちょこんと座っている。

「あ、ありがとう、メル……」

 少し、いや、かなり顔を赤くしながら、フロールはお礼を言う。

「良かった。もう、大丈夫だよ」

「うん……」

 

 ヴィオとフムスも無事間に合い、一行は屋敷をあとにする。

「死んだわよね、セーロス」

 フロールが不安げにメルに尋ねる。

「うん。僕たちが、倒したんだ」

 メルが振り返ると、炎は屋敷を完全に飲み込んでいた。

 

「ヒマワリの種の幻を見せるなんて、ひどいやつだったフム」

 だまされたことを思い出し、歩きながら悔しそうにフムスがジャンプを繰り返す。

「フフッ。きっと、ヒマワリの種が食べ放題だったんでしょ?」

「なんで分かるフム!」

 アウラに言い当てられて、驚くフムス。

「そういうアウラは、どんな幻だったフム?」

「そうね……ひどい、夢、だったわ……」

「ヴィオが見た幻も、許せません」

「僕のも、気持ち悪くなるようなシーンばっかり」

 

 それ以上は誰も、何も言わなかった。

 忘れてしまいたい、嫌な夢だ――。

 メルたちはただ、静かに足を進める。

 

「そういえば……フロール隊長だけ、どうして幻覚に惑わされなかったんでしょう」

 やがてヴィオが、ずっと気になっていたことをつぶやいた。

「えーっと、それは、見たっていうか、見なかったっていうか、その……」

「フムフム、何やら怪しいフム」

「そうね、何か隠しているみたいね」

「どうしてなんだろう? 教えてよ、フロール」

「だめっ、教えないっ!」

 

 しつこく聞いてくるみんなから、逃げるように走り出すフロール。

 みんなには、たぶん、いや、絶対に言えない。

 それは、幻や偽物ではなく、本当に起こることだと、ずっと信じてきたから。

 

 メルが私に告白してくれて、ずーっと幸せな家庭を築く――そんな、未来。