オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 31 - VS.セーロス&ムース③

本多 狼2020/10/11 11:33
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 近くの部屋に逃げ込んでから、フロールは、ヴィオの様子がおかしいことに気付いた。

 部屋の一点を見つめたまま、笑ったり、泣いたりしているのだ。

 

「ヴィオ、どうしたのよ、しっかりして!」

 激しく肩を揺すっても、フロールを見ようともしない。

 私だけじゃ、どうすることもできないの?

 恐る恐る部屋の扉を少しだけ開け、廊下の様子をうかがう。

 

「!」

 思わず漏れそうになる声を、必死に飲み込んだ。

 

 今まで見たこともない憎しみに満ちた表情で、メルがアウラをにらみつけている。

 アウラは、この町の人たちのように、魂が抜けたような虚ろな目をフムスに向けている。

 フムスは、いつもと変わらない、いや、いつも以上に間抜けな顔でメルのほうへ両手を伸ばしている。

 みんな、どうしちゃったのかしら。

 

 もう一度、微かな隙間から廊下を覗く。

 三人の先には……!

 

 ムースと呼ばれた巨大なネズミの姿はなく、そこにいるのは、ただの、普通の、ネズミだった。

 

「そろそろやっちまうか、ムース」

 そう言いながら階段を上がってきたのは、豪華なドレスで着飾った……若い女性ではなく……老婦人だった。

「ゲヒッ、そろそろおなかが空いてきたの。セーロスさま、あいつら、もう食べてもいい?」

 

 もしかして、私が見ていたのは幻?

 あれ……なんで私だけ、大丈夫なんだろう?

 再び部屋に隠れたフロールは、ひとつ深呼吸をして考える。

 とにかく、みんなの目を覚まさないと、全員食べられちゃう!

 

 フロールは、薬の入ったかばんをひっくり返し、ガサゴソと探し始めた。

 おばあちゃんが言ってた。

 もしものときは、「塩」だって……。

 

 やがてフロールは、お目当ての小瓶をつまみ上げる。

 使ったことはまだないけど、これできっとみんなを助けられるはず。

 いや、必ず助ける!

 

 小瓶のふたを外して、まずは目の前にいるヴィオに嗅がせてみる。

「……! フムスッ!」

 そう叫んで、ヴィオはキョロキョロと辺りを見回す。

「ほえっ? ここは……」

 

「うまくいったわ。ヴィオ、反撃開始よ!」

 

     *

 

「いち、にの……さんっ!」

 フロールは、思いっきり扉を開け、部屋を飛び出した。

 そして、手前にいる三人に例の小瓶を順番に嗅がせる。

「……! アウラッ?」

「……! アタシ……雪は……ここはどこ?」

「……! ヒマワリの種が消えたフムー!」

 

 何が起こったのかまだ把握できていない三人。

 しかし、それは敵も同じだった。

「すごいわっ、『スメリングソルト』――アンモニアって効果抜群ね。次は……お願い、ヴィオ!」

 フロールの声を合図に、ヴィオはセーロスとムースに向かって、丸い実を次々に投げつけた。

「みなさん、下がってください!」

 

「あれっ? 全然巨大ネズミじゃない」

「あの女も全然若くないフム」

「アタシたち、どうやら幻を見せられていたようね」

 

 丸い実は、二人の体に当たり、あるいは床や壁に当たり、汁を飛び散らせる。

 事態を把握したメルたちは、慌ててフロールとヴィオに合流する。

「これは――リカの実だフム」

「あ……アレかぁ」

「やられたらやり返す。やるわね、ヴィオ」

 

「みんな知ってるみたいだけど、リカの実って何?」

 あの夜のことを覚えていない、当事者のフロールは、「リカの実」が気になって仕方ない。

 スルーしようとするメルに向かって、

「ちょっと、教えなさいよ。メルってば!」

としつこく迫る。

「フロール、待ってよ。まずは敵を倒して、ここから出なくちゃ」

「逃げたわね、メル」

 

 そうこうしているうちに、セーロスとムースにリカの実が効き始める。

「ヒック、私は酒に強いのよ。大人をなめるんじゃないわ」

「ゲヒック、甘い酒なら大好き!」

 時折足がもつれるものの、二人には思ったよりも効き目が弱いようだ。

 

「あいつらは絆の民と子猫を殺した。情けは無用よ。速攻で行くわ!」

 アウラはそう言って、メルに目で合図を送る。

 ムースに向かって走り出したアウラ。

 壁を使って反撃しようと試みるムース。

 二人の距離があっという間に縮まる。

 

 その牙で仕留めようとしたアウラを間一髪でかわし、ムースはアウラの背後を取った。

 無防備な背中へ、ムースは鋭く尖った歯を突き立てようとする。

「危ない、アウラ!」

 フロールが叫ぶ。

 

 だが、背後を取られた瞬間、メルがナイフ(一号)をアウラの後ろ足へと送る。

(うマいコとカんガえヤがル)

 

 アウラは、後ろ足で一号を蹴飛ばす。

「アウラ、すごいっ!」

 メルとアウラの見事な連携に、ヴィオが目を輝かせる。

 

「ゲヒッ。セ、セーロスさ、ま……」

 ナイフはムースを貫いたまま、壁へと突き刺さった。

「あとはお前だけフム」

 食べ物の恨みで目の吊り上がったフムスが、セーロスをにらみつける。

 

「チッ、これで終わってたまるか」

 セーロスは少しふらつきながらも、螺旋階段を下りて一階へ向かおうとする。

 ここは、彼女の屋敷だ。

 まだ何か、危険な手を繰り出してくるかもしれない。

「みなさん、気を付けてください」

 追いかけるみんなの背中に、ヴィオが声を掛けた。