Chapter 31 - VS.セーロス&ムース③
近くの部屋に逃げ込んでから、フロールは、ヴィオの様子がおかしいことに気付いた。
部屋の一点を見つめたまま、笑ったり、泣いたりしているのだ。
「ヴィオ、どうしたのよ、しっかりして!」
激しく肩を揺すっても、フロールを見ようともしない。
私だけじゃ、どうすることもできないの?
恐る恐る部屋の扉を少しだけ開け、廊下の様子をうかがう。
「!」
思わず漏れそうになる声を、必死に飲み込んだ。
今まで見たこともない憎しみに満ちた表情で、メルがアウラをにらみつけている。
アウラは、この町の人たちのように、魂が抜けたような虚ろな目をフムスに向けている。
フムスは、いつもと変わらない、いや、いつも以上に間抜けな顔でメルのほうへ両手を伸ばしている。
みんな、どうしちゃったのかしら。
もう一度、微かな隙間から廊下を覗く。
三人の先には……!
ムースと呼ばれた巨大なネズミの姿はなく、そこにいるのは、ただの、普通の、ネズミだった。
「そろそろやっちまうか、ムース」
そう言いながら階段を上がってきたのは、豪華なドレスで着飾った……若い女性ではなく……老婦人だった。
「ゲヒッ、そろそろおなかが空いてきたの。セーロスさま、あいつら、もう食べてもいい?」
もしかして、私が見ていたのは幻?
あれ……なんで私だけ、大丈夫なんだろう?
再び部屋に隠れたフロールは、ひとつ深呼吸をして考える。
とにかく、みんなの目を覚まさないと、全員食べられちゃう!
フロールは、薬の入ったかばんをひっくり返し、ガサゴソと探し始めた。
おばあちゃんが言ってた。
もしものときは、「塩」だって……。
やがてフロールは、お目当ての小瓶をつまみ上げる。
使ったことはまだないけど、これできっとみんなを助けられるはず。
いや、必ず助ける!
小瓶のふたを外して、まずは目の前にいるヴィオに嗅がせてみる。
「……! フムスッ!」
そう叫んで、ヴィオはキョロキョロと辺りを見回す。
「ほえっ? ここは……」
「うまくいったわ。ヴィオ、反撃開始よ!」
*
「いち、にの……さんっ!」
フロールは、思いっきり扉を開け、部屋を飛び出した。
そして、手前にいる三人に例の小瓶を順番に嗅がせる。
「……! アウラッ?」
「……! アタシ……雪は……ここはどこ?」
「……! ヒマワリの種が消えたフムー!」
何が起こったのかまだ把握できていない三人。
しかし、それは敵も同じだった。
「すごいわっ、『スメリングソルト』――アンモニアって効果抜群ね。次は……お願い、ヴィオ!」
フロールの声を合図に、ヴィオはセーロスとムースに向かって、丸い実を次々に投げつけた。
「みなさん、下がってください!」
「あれっ? 全然巨大ネズミじゃない」
「あの女も全然若くないフム」
「アタシたち、どうやら幻を見せられていたようね」
丸い実は、二人の体に当たり、あるいは床や壁に当たり、汁を飛び散らせる。
事態を把握したメルたちは、慌ててフロールとヴィオに合流する。
「これは――リカの実だフム」
「あ……アレかぁ」
「やられたらやり返す。やるわね、ヴィオ」
「みんな知ってるみたいだけど、リカの実って何?」
あの夜のことを覚えていない、当事者のフロールは、「リカの実」が気になって仕方ない。
スルーしようとするメルに向かって、
「ちょっと、教えなさいよ。メルってば!」
としつこく迫る。
「フロール、待ってよ。まずは敵を倒して、ここから出なくちゃ」
「逃げたわね、メル」
そうこうしているうちに、セーロスとムースにリカの実が効き始める。
「ヒック、私は酒に強いのよ。大人をなめるんじゃないわ」
「ゲヒック、甘い酒なら大好き!」
時折足がもつれるものの、二人には思ったよりも効き目が弱いようだ。
「あいつらは絆の民と子猫を殺した。情けは無用よ。速攻で行くわ!」
アウラはそう言って、メルに目で合図を送る。
ムースに向かって走り出したアウラ。
壁を使って反撃しようと試みるムース。
二人の距離があっという間に縮まる。
その牙で仕留めようとしたアウラを間一髪でかわし、ムースはアウラの背後を取った。
無防備な背中へ、ムースは鋭く尖った歯を突き立てようとする。
「危ない、アウラ!」
フロールが叫ぶ。
だが、背後を取られた瞬間、メルがナイフ(一号)をアウラの後ろ足へと送る。
(うマいコとカんガえヤがル)
アウラは、後ろ足で一号を蹴飛ばす。
「アウラ、すごいっ!」
メルとアウラの見事な連携に、ヴィオが目を輝かせる。
「ゲヒッ。セ、セーロスさ、ま……」
ナイフはムースを貫いたまま、壁へと突き刺さった。
「あとはお前だけフム」
食べ物の恨みで目の吊り上がったフムスが、セーロスをにらみつける。
「チッ、これで終わってたまるか」
セーロスは少しふらつきながらも、螺旋階段を下りて一階へ向かおうとする。
ここは、彼女の屋敷だ。
まだ何か、危険な手を繰り出してくるかもしれない。
「みなさん、気を付けてください」
追いかけるみんなの背中に、ヴィオが声を掛けた。