Chapter 30 - VS.セーロス&ムース②
目の前は、いや、自分の周りはすべてヒマワリの種で覆い尽くされていた。
初めて見る光景に、フムスは大興奮で飛び跳ねる。
「信じられない。食べ放題フム~!」
手当たり次第に口の中へ放り込む。
「う、うまい。今まで食べたヒマワリの種の中で、一番だフム~ッ!」
その手は止まることなく動き続ける。
「脂肪が多いから食べるなってヴィオは言うけど、最高だフム」
おなかをなでながら、フムスはとろけるような微笑みを浮かべる。
「ん……、ヴィオって誰だフム?」
「おいしいでしょ、フムス。あなたのためだけに用意した、極上のヒマワリの種よ」
どこからともなく、優しい女性の声がする。
「うれしいフム、どこの誰だか知らないけど、ありがとうだフム」
「あなたが望むなら、ずっとここにいていいのよ。こんなに喜んでくれて、私、とってもうれしいわ」
「フムフム、ここにずっといるフムー!」
*
遠くから、走ってくる人の姿が見える。
男の人と女の人だ。見たことのあるような、ないような……。
やがて、二人は目の前で立ち止まる。
「会いたかった!」
「ヴィオ、私の愛しい娘……」
そう言って、二人はヴィオを強く抱きしめた。
「お父さん、お母さん……」
ヴィオは、信じられないという表情を見せる。
でも、この匂い、ぬくもりは間違いない。
四歳のときに離れ離れになったお父さんとお母さんだ。
「ずっと、ずっと待ってた!」
ヴィオは二人の胸に顔を埋める。大粒の涙が止まらなかった。
「そうだ、フムスにも紹介しなくちゃ……」
「慌てなくていいのよ、ヴィオ。久し振りの再会なんだから」
「そうだよ。まずは親子水入らずで、母さんのおいしい料理をいただこう」
「うん」
やがて、テーブルに料理が運ばれてくる。
「さあ、おいしいお肉よ。いっぱい食べてね」
置かれた皿を見て、ヴィオは心臓が止まりそうになった。
「ん~、いい匂いだ。ヴィオの大好物の、モルモットだよ!」
「嘘、でしょ……いやーーーっ!」
*
体が、動かない。
アウラは、雪が積もった平原に倒れていた。
自分の体に降り積もる雪を払いのける力も残されていない。
かろうじてぼんやりと目の前が見える。
赤い。
たぶん、父や兄の血に染まった無残な姿……。
そうだ、襲われたんだ、あいつらに。
そうか、ここで死ぬんだ、アタシ……。
近くで誰かの声が聞こえる。
「ディウブ、ベスタ――早く、娘を、アウラを殺して!」
アウラは耳を疑った。
「私が計画したことがばれないように、皆殺しにするのよ」
母は、アタシを助けたんじゃなかったの?
誰かがアタシの背中に触れる。
人間?
でも、ベスタじゃないわ。
「君の母さんは、この群れを裏切った。だから俺が、君を逃がす……」
この声は、母とバインドした人の……。
「俺の力で、君を助ける。君を、ここではない遠い場所へ飛ばすよ。あいつらの力が及ばない場所で、アウラ、君だけは生き延びるんだ!」
もう、誰だったか思い出せない。
でも、その人がアタシを命懸けで助けようとしている。
母が、アタシたちを裏切ったの?
母が、ディウブやベスタの仲間だったの?
アタシは、これからどうすればいいの?
もう、生きていても、仕方ない……。
*
村が、ポルテ村が、真っ赤に燃えている。
龍のような、何か大きな生き物の舌のように、炎が荒れ狂っている。
メルは、必死に母さんやジンクたちを探した。
自分の家があったはずの場所は、もうどこなのか分からない。
自分が立っているこの場所さえ、全く見当がつかないのだから。
逃げ惑う人々の顔は、なぜか見覚えのない顔ばかりだった。
その流れに任せて、メルは力なく足を動かした。
かつて広場だったと思われる場所に、亡骸がうずたかく積もっている。
先程までとは違って、それらはすべて知っている顔ばかりだった。
メルがちょうど見上げた辺りに、ジンク、フィーナ、フロールがいた。
「ま、まさか、そんな……」
やがて、頭を下に向けたフロールの顔が、半分崩れ落ちる。
「フロール!」
そのとき、聞き覚えのある遠吠えが背後から聞こえてきた。
メルが振り返ったその先には、アウラが立っていた。
メルに見せびらかすように、アウラが何かをくわえる。
ボタボタと鮮やかな血を滴らせながら。
「!」
メルは、その衝撃的な光景に、思わず吐きそうになる。
アウラがくわえているものは、間違いなく、首から下を食いちぎられたマリーだった!
「母さんっ!」