オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 29 - VS.セーロス&ムース①

本多 狼2020/10/04 12:28
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 エルペトを離れてから十日ほど経ち、一行はソリトゥスという町の近くへやって来た。

 この辺りには、見事な小麦畑が広がっていた。特に、林業が中心の山村から出たことのなかったメルは、その広大さに息を飲んだ。

 ちなみに、酔っぱらったフロールは、あの夜のことを何も覚えてはいなかった。

 メルもアウラも、その話題には触れない。

 密かに、フムスとヴィオだけは、恋の行方をああだこうだと予想して楽しんではいたが……。

 

 夕暮れ時のソリトゥスの町は、静かだった。

 いや、静かすぎた。

 行き交う人々は、生気のない、魂の抜けたような表情をしている。

 

「何か、変な感じがするわね」

「確かに……ちょっと怖いです」

 フロールとヴィオが言葉を交わす。

 クリーム色の家が立ち並ぶ町の中、一際大きな白い屋敷を通り過ぎようとしたときだった。

 

「や、やめてくれーっ!」

 男性の叫び声がその屋敷から聞こえてきた。

 アウラが声のほうへ走り出す。

「行こう!」

 メルがそう言って、アウラのあとを追った。

「用心するフム。いや~な匂いがするフム」

 フムスに続いて、フロールとヴィオも遅れまいと走り出す。

 

 空には、赤黒い夕焼けが広がっていた。

 

     *

 

 大きな扉の前で、アウラは追いついたメルたちに告げる。

「間違いない。血の匂いがするわ」

 メルは、みんなに目で合図を送り、ゆっくりと扉を開けた。

 

「こっちよ」

 アウラは、ためらうことなく大広間の螺旋階段を駆け上がった。

 みんながそれに続く。

 階段の絨毯(じゅうたん)は、この館の歴史を物語るかのような深い紅色だ。

 しかし、夕焼けと相まって、今はただ不吉さを感じさせるだけだった。

 

「誰か倒れてるわ!」

 二階の広い廊下へ真っ先に駆け付けたアウラ。その近くに、みんなが集まる。

「まだ敵がいるかもしれないフム。油断大敵フム」

 そう言って、フムスは左右の部屋や後方をしきりに見回した。

 

「大丈夫ですか」

 しゃがみ込んだメルが、壁際に倒れている人へ声を掛ける。

 四十代ぐらいの男の人だ。首から左腕にかけて傷を負っていて、まだ血が流れている。

「メル、私が代わるわ」

 フロールがメルの横へ座り、止血を試みようとする。

 だが、男は右手を力なく動かして、それを制した。

 

「まつろわぬ、民が……逃げ、ろ……」

 そう言い残して、男は息絶えた。

 

「メル、その人の下に……」

 アウラが何かに気付いたようだ。

 メルはゆっくりと男の上半身を動かした。

「ね、猫だフム!」

 白い猫が男の下で死んでいた。この人は、必死に猫を守ろうとしたに違いない。

「まだ小さいのに、ひどいです」

 ヴィオの声が震えている。

 

 そのとき、階下で扉の閉まる大きな音がした。

 

「ようこそ、絆の民の皆様。私は、セーロスと申します」

 どこからか、若くて上品な女性の声が聞こえてくる。

「勝手に人の家に入るなんて、許せませんわね。でも、ちょうどいいですわ。まだ、殺したりねぇんだよ。たっぷりと、お仕置きしてやらあーーっ!」

 豹変し、怒り狂った声が響き渡った。

 

 メルたちは螺旋階段へ向かい、一階へ下りようとする。

 しかし、それをさえぎるように、ゆっくりと二階に上がってきたのは……天井に届くほどの巨大なネズミだった!

 

「ムース、そいつら皆殺しだーーっ!」

「ゲヒヒヒッ、ムース、もっと遊びたいの!」

 ムースと呼ばれた巨大ネズミが、よだれを垂らしながら迫ってくる。

 

「いやっ、こ、来ないで……」

「ネ、ネズミは無理!」

 恐怖や嫌悪が絡まり合い、ヴィオとフロールは逃げ出して、近くの部屋へ飛び込んだ。

「なんとかここで食い止めなきゃ」

 メル、アウラ、フムスがムースの前に立ちふさがる。

 そこにまた、セーロスの声が響き渡った。

「ここは檻の中。おめぇらに逃げ場はねえんだよ! さあ、素敵な夢の始まりだ――」

 

 その声を聞いて、フムスはふらふらと壁のほうへ歩き出し、何かをつかもうと短い手を必死に伸ばす。

「フムス!」

「しっかりしなさい、フムス!」

 何度呼びかけても、メルたちの声は、もうフムスには届かなかった。