オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 28 - どっちを選ぶの

本多 狼2020/10/04 12:28
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 三日月のきれいなその夜は、いつにもまして長い距離を歩いてきたため、みんな疲れ切っていた。

 食事もそこそこにして、眠りにつく準備を始めたときだった。

 

 フロールが、半分開いていたヴィオのかばんを覗き込む。

 薬草やキノコなど、薬になるものに詳しいフロールの目が輝いた。

 

「ねえねえ、ヴィオ。この袋に入っているまあるい実はなんていうの? ポルテ村の辺りでは、見たことないな」

 ヴィオは、一行の中で一番幼い。だから、睡魔に襲われてウトウトしている。

 そして、何を聞かれているか分からず、適当に返事をする。

 

「ふぁい、どうぞどうぞ。あげますよ」

「えっ、いいの? もらっちゃって」

 フロールの目が、さらに興味津々に光り輝く。

 指先でつまみ、焚き火の明かりを利用してまじまじと眺める。

 くんくん……リンゴのようないい香りがする。でも、弾力があって、硬くはない。

 ヴィオが持っているんだから、安全よね。

 そう思って、フロールは迷わず口に放り込む。

 なんでも試してみなくちゃね。研究者として!

 

「ん~、思った以上に甘い……でも、イチゴみたいに後味はさっぱりだわ」

 ついつい感想が口をついて出る。

 そこまでは、良かった……。

 

 次第に体が火照ってきて、楽しい気分になってくる。

 目がトロ~ンとして、フロールはついに服を脱ぎ出そうとする。

「暑いわねぇ、誰か、火を消してー」

 

 異変に気付いたアウラが、メルに声を掛けた。

「メル、フロールの様子がおかしいわ」

 そう言われてフロールを見たメルが、慌ててその手を押さえる。

「だっ、だめだよフロール!」

 フロールは、服のボタンを外し、今にも脱ごうとしていた。

 フムスもそれに気付き、フロールに駆け寄る。

「フロール、しっかりするフム……なんだか、甘い匂いがするフム」

 辺りを見回したフムスが、ヴィオのかばんが開いていることに気付く。

「フムフム……もしかして、リカの実を食べたフム?」

「リカの実って、なんなの?」

 メルが心配そうな顔でフムスに尋ねる。

「これは、ヴィオが護身用に持っているものだフム。相手に向かって投げつけると、割れて人を酔わせる汁がたくさん飛び散るフム。食べるなんて考えられないフム!」

 

 そうこうしているうちに、フロールの目がすわってゆく。

「そこのメル! ここに来て座りなさい」

 そう言ってフロールは、メルの腕をむんずとつかまえる。すごい力だ!

 されるがままに、メルはフロールの隣へと座らせられる。

 フロールは、首に下げた小さな袋から、木でできた指輪のようなものを取り出した。

 

「メル、これが何か分かるわよね」

「ゆ、指輪かな……」

「そうよ! メルが六歳のときに私に作ってくれたものよ。大きくなったら僕と結婚してくださいって、あのとき言ったわよね?」

「そ、そうだったかな……」

「忘れたとは言わせないわよ。こうやって証拠が残ってるんだからね!」

 メルの目の前にその指輪を突きつけ、フロールはキッとにらみつける。

「見なさいよ。へたっぴな字で、フロールのFとメルのMって書いてあるでしょ?」

 フロールは、メルのおでこにこれでもかと指輪をこすりつける。

「い、痛いよフロール。覚えてる、覚えてるってば!」

「じゃあ、聞くわよ――私とアウラ、どっちが好きなの?」

「えっ?」

「フム!」

 メルも、フムスも、即座に固まる。

 アウラは、我関せずといった様子で丸くなりつつも、メルの困惑した様子を楽しむような視線を送り続ける。

 どこから聞いていたのか分からないが、ヴィオも眠気が吹っ飛び、直立不動でこのやりとりを見守っている。

 

「さあ、答えなさいよ。私とアウラ、どっちを選ぶの!」

「あ~……え~っと……その」

 フムスがヴィオに気付き、サササッと肩に登り、何やら耳打ちする。

「僕は……」

「ぼ・く・は?」

 フロールの顔がすぐ近くまで迫ってきて、思わずメルはのけぞった。

 

 そのとき、フロールの目の前に、シャボン玉のようなかたまりがふわりと飛んできた。

 邪魔だと言わんばかりに、それを手の甲で弾くフロール。

 たちまちそれは破裂し、液体を浴びたフロールは意識を失い倒れ込んだ。

「フロール?」

 すぐさま心配そうにメルがフロールを抱きかかえる。

 

「ふーっ、なんとかなったフム。恋のもつれは面倒だフム。メル、これで貸しがひとつフム」

「今のは、眠りを誘う樹液が入ったカプセルです。フムスに飛ばしてもらいました。これで隊長さんは、朝までぐっすりなのです」

 ヴィオが微笑む。

「ヴィオ、君って……実はいろんなもの持ってる?」

 薬に詳しいフロールと同じ匂いを感じたのか、やや引き気味にメルが尋ねる。

「いえいえ、ヴィオが持っているのは、あくまで身を守るためのものです。女の子が一人で旅をするのは、想像以上に大変なんですよ! 隊長さんのような薬の知識は、残念ながらありません」

 いや、フロールに匹敵する、もしくはそれ以上に恐ろしい知識だよ――そんな言葉をメルは飲み込んだ。

「そ、そうなんだ。とにかくありがとう、フムス、ヴィオ」

 一気に疲れが出て、メルは座り込んだ。

 

「で、アタシとフロールのどっちを選ぶのよ」

「勘弁してよ、アウラ~」