Chapter 28 - どっちを選ぶの
三日月のきれいなその夜は、いつにもまして長い距離を歩いてきたため、みんな疲れ切っていた。
食事もそこそこにして、眠りにつく準備を始めたときだった。
フロールが、半分開いていたヴィオのかばんを覗き込む。
薬草やキノコなど、薬になるものに詳しいフロールの目が輝いた。
「ねえねえ、ヴィオ。この袋に入っているまあるい実はなんていうの? ポルテ村の辺りでは、見たことないな」
ヴィオは、一行の中で一番幼い。だから、睡魔に襲われてウトウトしている。
そして、何を聞かれているか分からず、適当に返事をする。
「ふぁい、どうぞどうぞ。あげますよ」
「えっ、いいの? もらっちゃって」
フロールの目が、さらに興味津々に光り輝く。
指先でつまみ、焚き火の明かりを利用してまじまじと眺める。
くんくん……リンゴのようないい香りがする。でも、弾力があって、硬くはない。
ヴィオが持っているんだから、安全よね。
そう思って、フロールは迷わず口に放り込む。
なんでも試してみなくちゃね。研究者として!
「ん~、思った以上に甘い……でも、イチゴみたいに後味はさっぱりだわ」
ついつい感想が口をついて出る。
そこまでは、良かった……。
次第に体が火照ってきて、楽しい気分になってくる。
目がトロ~ンとして、フロールはついに服を脱ぎ出そうとする。
「暑いわねぇ、誰か、火を消してー」
異変に気付いたアウラが、メルに声を掛けた。
「メル、フロールの様子がおかしいわ」
そう言われてフロールを見たメルが、慌ててその手を押さえる。
「だっ、だめだよフロール!」
フロールは、服のボタンを外し、今にも脱ごうとしていた。
フムスもそれに気付き、フロールに駆け寄る。
「フロール、しっかりするフム……なんだか、甘い匂いがするフム」
辺りを見回したフムスが、ヴィオのかばんが開いていることに気付く。
「フムフム……もしかして、リカの実を食べたフム?」
「リカの実って、なんなの?」
メルが心配そうな顔でフムスに尋ねる。
「これは、ヴィオが護身用に持っているものだフム。相手に向かって投げつけると、割れて人を酔わせる汁がたくさん飛び散るフム。食べるなんて考えられないフム!」
そうこうしているうちに、フロールの目がすわってゆく。
「そこのメル! ここに来て座りなさい」
そう言ってフロールは、メルの腕をむんずとつかまえる。すごい力だ!
されるがままに、メルはフロールの隣へと座らせられる。
フロールは、首に下げた小さな袋から、木でできた指輪のようなものを取り出した。
「メル、これが何か分かるわよね」
「ゆ、指輪かな……」
「そうよ! メルが六歳のときに私に作ってくれたものよ。大きくなったら僕と結婚してくださいって、あのとき言ったわよね?」
「そ、そうだったかな……」
「忘れたとは言わせないわよ。こうやって証拠が残ってるんだからね!」
メルの目の前にその指輪を突きつけ、フロールはキッとにらみつける。
「見なさいよ。へたっぴな字で、フロールのFとメルのMって書いてあるでしょ?」
フロールは、メルのおでこにこれでもかと指輪をこすりつける。
「い、痛いよフロール。覚えてる、覚えてるってば!」
「じゃあ、聞くわよ――私とアウラ、どっちが好きなの?」
「えっ?」
「フム!」
メルも、フムスも、即座に固まる。
アウラは、我関せずといった様子で丸くなりつつも、メルの困惑した様子を楽しむような視線を送り続ける。
どこから聞いていたのか分からないが、ヴィオも眠気が吹っ飛び、直立不動でこのやりとりを見守っている。
「さあ、答えなさいよ。私とアウラ、どっちを選ぶの!」
「あ~……え~っと……その」
フムスがヴィオに気付き、サササッと肩に登り、何やら耳打ちする。
「僕は……」
「ぼ・く・は?」
フロールの顔がすぐ近くまで迫ってきて、思わずメルはのけぞった。
そのとき、フロールの目の前に、シャボン玉のようなかたまりがふわりと飛んできた。
邪魔だと言わんばかりに、それを手の甲で弾くフロール。
たちまちそれは破裂し、液体を浴びたフロールは意識を失い倒れ込んだ。
「フロール?」
すぐさま心配そうにメルがフロールを抱きかかえる。
「ふーっ、なんとかなったフム。恋のもつれは面倒だフム。メル、これで貸しがひとつフム」
「今のは、眠りを誘う樹液が入ったカプセルです。フムスに飛ばしてもらいました。これで隊長さんは、朝までぐっすりなのです」
ヴィオが微笑む。
「ヴィオ、君って……実はいろんなもの持ってる?」
薬に詳しいフロールと同じ匂いを感じたのか、やや引き気味にメルが尋ねる。
「いえいえ、ヴィオが持っているのは、あくまで身を守るためのものです。女の子が一人で旅をするのは、想像以上に大変なんですよ! 隊長さんのような薬の知識は、残念ながらありません」
いや、フロールに匹敵する、もしくはそれ以上に恐ろしい知識だよ――そんな言葉をメルは飲み込んだ。
「そ、そうなんだ。とにかくありがとう、フムス、ヴィオ」
一気に疲れが出て、メルは座り込んだ。
「で、アタシとフロールのどっちを選ぶのよ」
「勘弁してよ、アウラ~」