Chapter 27 - 絆の民、まつろわぬ民
エルペトの宿屋でメルが目を覚ますと、そばにはフロールが座っていた。
見覚えのある光景だな、とメルは思った。
「良かった、気が付いたのね。ここまでメルを運ぶの、大変だったんだから」
「ごめん、また心配かけちゃったね」
「ううん。メルとアウラのおかげであいつらを倒せたし、みんな無事だったのよ。ありがとう」
「フロール……」
「メル、あのね……」
フロールがメルの手を取ったそのとき、アウラが計ったように部屋に入ってきた。
「話したいことがあるって、ヴィオが言ってるわよ」
フロールがさっと手を離し、メルはビクッと起き上がった。
「メルも大丈夫そうね。一緒に来て」
メルたちは、ベッドで横になっているヴィオから話を聞いた。
元気になってからでいいと、何度もアウラが言ったものの、大事な話だから早くみんなに伝えたいとヴィオは譲らなかったらしい。
亡くなった村長から聞いた話、そう前置きしてヴィオは話し始めた。
「ヴィオやメルのように、絆の民は、動物たちと深く心を通わせることができます。お互いの言葉が分かるようになり、農業や狩り、行商などをしながら、人と動物が協力して暮らしていくのです。絆の民は、バインドという儀式で動物と絆を結びます。それができるのは、おそらく生涯に一度だけです。なぜかっていうと……バインドが起こるのは、その動物との間に、命に関わるような重大な出来事があったときだからなのです」
「そうか……瀕死のアウラを助けたいって強く思ったから、僕はバインドできたんだね」
メルが納得したようにうなずいて、アウラを見た。
「バインドは、『結びつける』ってことなのですが、『束縛する』ことでもあって――それを悪用する人たちが現れました。始まりは、今から十五年くらい前みたいです。ヴィオが生まれる前だから、詳しくは分からないのですが……」
「メルがマリーおばさんに預けられたのと、何か関係がありそうね」
フロールがメルをちらっと見て言う。
「うん」
「その人たちは『まつろわぬ民』と呼ばれています。ヴィオが思うに、誰にも支配されないってことなのかもしれません」
「フムフム、そいつらのせいで絆の民は身を隠し、散り散りになるしかなかったんだフム」
「絆の民は、その証を身に着けています。メルには、ペンダントがありますよね? ヴィオは、これです」
ヴィオは右手の指輪をみんなに見せた。
それは、メルのペンダントと同じような深い青だった。
そして、同じく何かの足跡のような模様が刻まれていた。
「まつろわぬ民は、力で動物を支配して、戦いの道具にしているのです! でも、群れるのはあまり好きじゃないようです。もしかしたら、まつろわぬ民同士は仲が良くないのかもしれません。そんな人たちばっかりですからね。とにかく……動物と互いに助け合い、共に生きていく絆の民とは違うんです……」
「ヴィオ、まつろわぬ民のリーダーが誰なのか知ってる?」
メルにそう聞かれて、ヴィオは表情を曇らせた。
だが、アウラの顔色をうかがいながら、やがて小さな声で答えた。
「見たことはないのですが……オオカミ。ディウブっていう黒いオオカミと、ベスタっていう男……」
アウラはスッと立ち上がり、どこか一点を見つめる。
部屋が一瞬にして静まり返った。
それを破ったのは、フムスだった。
「フムフム、ちょっと待つフム」
「どうしたの、フムス?」
ヴィオが尋ねる。
「十五年くらい前に、まつろわぬ民が現れたとして……オオカミってそんなに生きられるのかフム?」
「……確かに、そうね。まれに、長生きする仲間がいるかもしれないけど……アタシが見たディウブは、年老いた感じじゃなかった。俊敏で、獰猛だったわ」
「何か、ありそうだね。とにかく、情報を掴むために、ヴィオが回復したら、母さんが言ってたコルリスを目指そう」
メルが力強く言った。
「ちなみに、コルリスは結構遠いフム。どんなに急いでも、きっと歩いて二週間、いや三週間はかかるフム」
「え~っと……その間は宿屋とかは~」
「ヴィオ、お金はあまり持っていません」
「僕も」
「アタシも」
「フムスも、だフム」
「うぇ~~~ん!」
夜のエルペトに、フロールの泣き声が響き渡った。
*
エルペトの悲劇、フロールによって勝手にそう名付けられた夜から、彼女は学んだ。
お金がなければ、稼げばいい。
薬草の知識を生かして、薬を売ることを思いついたのだ。
野宿に慣れてきたメルたちは、自然と役割を分担して過ごすようになった。
メルとアウラは、狩りをしてその日の食料を手に入れる。
フロールは、薬草やキノコなどを採ってくる。そして、それらを材料に薬を作り、余った分を売る。
ヴィオとフムスは、水をくんだり、木を集めたりして、料理の準備をする。
五人はそうやって協力し合い、すっかりパーティー(フロール隊?)としてなじんでいた。
そして、あいかわらず眠る場所をめぐって、フロールとアウラの戦いは続くのであった……。