Chapter 26 - VS.リュゼ&セルペンス 大蛇石②
「やめろーっ!」
メルの痛切な叫びは、セルペンスにとっては極上の喜び。
アウラを絞め殺そうと、セルペンスがさらに全身に力を込める。
そして、鋭い牙がぬめりと光った。
「ごほっ……」
耐えきれず、アウラの口から血が噴き出す。
それは、アウラの白く美しい体を赤く染めた。
――いや、それだけではなかった。
アウラのまわり、つまりは空中に、鮮やかな赤が点々と浮かび上がる。
今よ……メル、お願い――。
「見えたっ!」
アウラとの距離、すなわちセルペンスとの距離は、もう五メートルもなかった。
走りながらメルは、迷いなく赤く染まった空中へナイフを放った。
(すガたヲけスだァ? おトこラしクやレやー!)
「GYUAAAAAAAH!」
苦しみに耐えきれず、姿を見せる大蛇。
メルのナイフ(一号)は、セルペンスの大きく広げられた鎌首を確実に貫いていた。
力が緩んだ瞬間を見逃さず、アウラはセルペンスの首を鋭い爪で切り裂いた。
倒した!
(ひューひュー、やレやレーっ!)
メルの狙いすました矢が、リュゼの右半身を捉える。
杖は力なく地面に落ち、リュゼは右腕を押さえてうめき声を上げる。
「おのれーっ、許さん、許さんぞーっ!」
メルをにらみつけながら、リュゼが叫んだ。
そして、すぐにメルが異変に気付く。
頭を切断されたセルペンスが、それでもなおアウラに襲いかかっていたのだ。
再びアウラを締め上げにかかる頭のないセルペンス。
「いいぞ、いいぞ――これがバインドの、絆とやらの力だ。やってしまえ、セルペンスーッツ!」
もはやそれは、生き物ではない。化け物だ。
狂気に満ちたリュゼも、もはや人とは呼べない形相をしていた。
メルは、この世のものではなくなった二つを見つめ、神経を研ぎ澄ます。
「力を、アウラにもっと、力を――」
そう願ったメルの胸のペンダントが光り出す。
そうだ、このあたたかな光は、僕たちをいつも見守ってくれている――。
メルは、自分の体力が削られていく感覚にとまどいながらも、アウラへとありったけの力を送り続けた。
やがて、アウラの瞳に蒼い炎が燃え上がる。
アウラの全身に、失われていた力がみなぎっていく。
メルが、自分を犠牲にしてまで届けてくれた力が。
片膝をつきながら、なんとか踏ん張りながら、メルは二本目のナイフを握った。
それは、ディーネーを倒したときのように、メルの手からフッと消える。
(ヤだー。アとデきレいニみガいテねン!)
あとはただ、アウラの目の前に届いた「二号」を、大蛇に突き刺すのみ。
そして、力を取り戻した牙が、セルペンスの分厚い皮膚を噛みちぎっていく。
アウラが立ち上がったときには、セルペンスと呼ばれた生き物は、もうどこにも見当たらなかった。
「認めん、認めんぞーっ!」
そう叫んで両手で杖を掴み、アウラ目がけて振り下ろそうとするリュゼ。
だが……。
(コんナつカいカたモあル! くシょン)
ナイフと同じように、メルからアウラへ瞬時に届けられた小袋。
前足で、それをリュゼの胸のあたりに叩きつけるアウラ。
小袋から飛び散ったのは、クショの皮の粉末だった。
「ハクション! ハックション!」
粉を吸い込み、くしゃみを連発するリュゼ。
もはや、戦うどころではない。
そして、背後に突然現れたガラスのような薄い壁に押され、リュゼはバランスを崩す。
アウラは、その喉元をいとも簡単に掻き切った。
リュゼにはもう知ることはできない。
背後に、ヴィオたちが立っていたことなど。
ヴィオに肩を貸していたフロールが得意げに言う。
「私を誰だと思ってんの。私にかかれば、解毒なんてチョチョイのチョイなんだから!」
メルたちは、しっかりと作戦を練っていたのだ。
リュゼには、ヴィオが猛毒に苦しんだままだと思わせておく。
先発隊のメルたちが戦っている間に、気付かれないようにヴィオたちが合流して挟み撃ちにする。
これを思いついたのは、フロールだった。
「絶対にヴィオを助けてみせる、そう思ったの。ポルテ村の森のほうが、危険がいっぱいだったわよね、メル。とにかく、おばあちゃんから教わった薬の知識が役に立って良かったわ」
「フムフム、確かにすごかったフム」
「ありがとうございました、フロールさん」
「それに~、クショの皮を乾燥させてすりつぶして粉々にした『クショ爆弾』、役に立ったでしょー!」
「え、えぇ、そう、ですね……」
「フムフム、えげつないフム」
「それにそれに~、かよわい女の子が後ろからドンってする、『うしドン』も。ヴィオったら最高だったわ」
「は、はぁ……」
「フムフム、今すぐ殺し屋になれるフム」
「えっへん! 今日からは、フロール隊長と呼びなさい――」
フロールのドヤ顔を見届けて、メルはゆっくりとくずおれた。
アウラに体力を分け与えたせいで、これっぽっちも力は残っていなかった。
心配そうに駆け寄ってくるフロール。
怒られるかな、と思いながら、メルは意識を失った。