オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 26 - VS.リュゼ&セルペンス 大蛇石②

本多 狼2020/09/27 05:26
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「やめろーっ!」

 メルの痛切な叫びは、セルペンスにとっては極上の喜び。

 アウラを絞め殺そうと、セルペンスがさらに全身に力を込める。

 そして、鋭い牙がぬめりと光った。

 

「ごほっ……」

 耐えきれず、アウラの口から血が噴き出す。

 それは、アウラの白く美しい体を赤く染めた。

 ――いや、それだけではなかった。

 

 アウラのまわり、つまりは空中に、鮮やかな赤が点々と浮かび上がる。

 

 今よ……メル、お願い――。

 

「見えたっ!」

 

 アウラとの距離、すなわちセルペンスとの距離は、もう五メートルもなかった。

 走りながらメルは、迷いなく赤く染まった空中へナイフを放った。

(すガたヲけスだァ? おトこラしクやレやー!)

 

「GYUAAAAAAAH!」

 苦しみに耐えきれず、姿を見せる大蛇。

 メルのナイフ(一号)は、セルペンスの大きく広げられた鎌首を確実に貫いていた。

 

 力が緩んだ瞬間を見逃さず、アウラはセルペンスの首を鋭い爪で切り裂いた。

 倒した!

 

(ひューひュー、やレやレーっ!)

 メルの狙いすました矢が、リュゼの右半身を捉える。

 杖は力なく地面に落ち、リュゼは右腕を押さえてうめき声を上げる。

「おのれーっ、許さん、許さんぞーっ!」

 メルをにらみつけながら、リュゼが叫んだ。

 

 そして、すぐにメルが異変に気付く。

 

 頭を切断されたセルペンスが、それでもなおアウラに襲いかかっていたのだ。

 再びアウラを締め上げにかかる頭のないセルペンス。

「いいぞ、いいぞ――これがバインドの、絆とやらの力だ。やってしまえ、セルペンスーッツ!」

 もはやそれは、生き物ではない。化け物だ。

 狂気に満ちたリュゼも、もはや人とは呼べない形相をしていた。

 メルは、この世のものではなくなった二つを見つめ、神経を研ぎ澄ます。

「力を、アウラにもっと、力を――」

 

 そう願ったメルの胸のペンダントが光り出す。

 そうだ、このあたたかな光は、僕たちをいつも見守ってくれている――。

 

 メルは、自分の体力が削られていく感覚にとまどいながらも、アウラへとありったけの力を送り続けた。

 やがて、アウラの瞳に蒼い炎が燃え上がる。

 アウラの全身に、失われていた力がみなぎっていく。

 メルが、自分を犠牲にしてまで届けてくれた力が。

 

 片膝をつきながら、なんとか踏ん張りながら、メルは二本目のナイフを握った。

 それは、ディーネーを倒したときのように、メルの手からフッと消える。

(ヤだー。アとデきレいニみガいテねン!)

 

 あとはただ、アウラの目の前に届いた「二号」を、大蛇に突き刺すのみ。

 そして、力を取り戻した牙が、セルペンスの分厚い皮膚を噛みちぎっていく。

 

 アウラが立ち上がったときには、セルペンスと呼ばれた生き物は、もうどこにも見当たらなかった。

 

「認めん、認めんぞーっ!」

 そう叫んで両手で杖を掴み、アウラ目がけて振り下ろそうとするリュゼ。

 

 だが……。

(コんナつカいカたモあル! くシょン)

 ナイフと同じように、メルからアウラへ瞬時に届けられた小袋。

 前足で、それをリュゼの胸のあたりに叩きつけるアウラ。

 小袋から飛び散ったのは、クショの皮の粉末だった。

 

「ハクション! ハックション!」

 粉を吸い込み、くしゃみを連発するリュゼ。

 もはや、戦うどころではない。

 

 そして、背後に突然現れたガラスのような薄い壁に押され、リュゼはバランスを崩す。

 アウラは、その喉元をいとも簡単に掻き切った。

 リュゼにはもう知ることはできない。

 背後に、ヴィオたちが立っていたことなど。

 

 ヴィオに肩を貸していたフロールが得意げに言う。

「私を誰だと思ってんの。私にかかれば、解毒なんてチョチョイのチョイなんだから!」

 

 メルたちは、しっかりと作戦を練っていたのだ。

 

 リュゼには、ヴィオが猛毒に苦しんだままだと思わせておく。

 先発隊のメルたちが戦っている間に、気付かれないようにヴィオたちが合流して挟み撃ちにする。

 これを思いついたのは、フロールだった。

 

「絶対にヴィオを助けてみせる、そう思ったの。ポルテ村の森のほうが、危険がいっぱいだったわよね、メル。とにかく、おばあちゃんから教わった薬の知識が役に立って良かったわ」

「フムフム、確かにすごかったフム」

「ありがとうございました、フロールさん」

「それに~、クショの皮を乾燥させてすりつぶして粉々にした『クショ爆弾』、役に立ったでしょー!」

「え、えぇ、そう、ですね……」

「フムフム、えげつないフム」

「それにそれに~、かよわい女の子が後ろからドンってする、『うしドン』も。ヴィオったら最高だったわ」

「は、はぁ……」

「フムフム、今すぐ殺し屋になれるフム」

「えっへん! 今日からは、フロール隊長と呼びなさい――」

 

 フロールのドヤ顔を見届けて、メルはゆっくりとくずおれた。

 アウラに体力を分け与えたせいで、これっぽっちも力は残っていなかった。

 心配そうに駆け寄ってくるフロール。

 怒られるかな、と思いながら、メルは意識を失った。