Chapter 23 - VS.リュゼ&セルペンス
バーレで情報を耳にしてから、四日が過ぎた。
何時間か歩き続けたので、「そろそろ休憩を」とメルが声を掛けようしたときだった。
アウラがしきりに顔を動かし、辺りの様子を気にしはじめた。
「匂いがする。気を付けて、二人とも。こっちよ!」
猛スピードで街道から外れ、アウラは白い花が咲き乱れる川原へと下りて行く。
追いついたメルとフロールの前には、フードを被った男と、蛇がいた。
噂どおり、五、六メートルは優にありそうな、光沢を放った深緑色の大蛇だ。
胴回りはきっとフロールよりもあるに違いない。
その近くには、両手で杖のようなものを握っている女の子の姿が……。
戦っている?
「チッ、邪魔が入りましたか。もう少し遊んでからと思いましたが……そろそろ一噛みしておきましょうか、セルペンス」
男はそう言うと、持っている杖で地面を何度か叩いた。
「フムス、お願いっ!」
そう叫ぶと、少女の目の前にぼんやりとガラスのようなものが現れる。
なんだ、あれは? シールド?
メルたちが駆け寄って助けに入ろうとすると、
「来ちゃだめですっ!」
と、少女はメルたちのほうを向いて叫んだ。
その隙をセルペンスと呼ばれた大蛇は見逃さなかった。
鎌首をもたげたのち、そのまま恐ろしい速さで少女へ向かって襲いかかった。
「GYOOOOOOOH!」
ガラスのような、水蒸気の塊のようなシールドの一点を突き破り、毒蛇の牙が少女へ届いてしまう。
「痛っ!」
少女は尻もちをついて、左足を押さえながら苦痛にうめく。
そして、蛇は何事もなかったかのように、フードの男のもとへと戻っていく。
さっきまでは草に隠れて見えなかったが、少女のそばに小さな動物が見えた。
「あれは――モルモットね。彼女はきっと、絆の民よ」
アウラがメルたちに言った。
モルモットは、苦しんでいる少女のまわりをあたふたと動き回っている。
「大変、早く助けなきゃ!」
フロールが少女に駆け寄り、傷口を確かめる。
「無駄ですよ。セルペンスの毒は、わたくしが何年もかけて作り上げた、特別な作品ですから。でも、ご安心ください。すぐに死ぬことはありません。そんなものは芸術ではありませんからね。楽しみは長く続かなくては。じわじわと身体が壊れていく、恐怖という名の歓喜を、存分に味わっていただきましょう!」
(よッ、おッぱジめルか)
メルが腰のナイフ(一号)に手を伸ばす。
アウラが「いつでも行ける」という様子で、メルの横に並ぶ。
「せっかく絆の民に出会えたというのに、残念でしたね……でも、チャンスはあげますよ。わたくしは紳士ですからねぇ」
眼鏡の奥で、男の目が怪しく光る。
「この先に、大蛇石と呼ばれる大きな岩があります。のちほど、そこでお会いしましょう。まずは、その少女の応急処置が先ですかな。そのモルモットに聞けば、大蛇石の場所を教えてくれるでしょう。そこで、あなたがたに解毒剤をお譲りできるかもしれません」
男は、体の前でくるくると杖を回し、不敵な笑みを浮かべる。
「わたくしに勝ったら差し上げましょうか。まぁ、それまでにその少女が生きていられるかは、約束できませんがね。そうそう、わたくしの名はリュゼ。では、失礼……」
「待てっ!」
そう叫んで追いかけようとするメルを、アウラが制する。
「だめよ、メル。今倒せたとしても、あいつはきっと解毒剤の在処を言わないわ」
メルは、悠然と立ち去って行くリュゼの後ろ姿を、ただにらみつけるしかなかった。
フロールが、動揺を隠しながら懸命に応急処置を施す。
その間も、モルモットはせわしなく少女のまわりを行ったり来たりする。
そして時折、何かを訴えるようにジャンプしている。
それに気付いた少女は、苦しみながらも小声でフロールに何かを告げた。
フロールは、なるほどといった感じで、辺りの様子に注意を払っているメルを呼んだ。
「このモルモットをくすぐってください、だって」
意味がよく分からなかったが、ひょいとモルモットを抱きかかえ、メルは思いきりくすぐってみた。
身をよじらせたモルモットは、やがてヒマワリの種を何個か吐き出した。
呆れたような顔で、フロールがモルモットを見つめる。
「ほんとに出たっ――食べないように言い聞かせてるのに、つまみ食いして時々喉に詰まらせるって、この子が言ってたわ……」
みんなのなんとも言えない微妙な視線を浴び、モルモットが話し出す。
白と茶色の二色、そして巻き毛が特徴的なモルモットだ。
「フムフム、気付くのが遅いフム。やっと話せるようになったフム」
「モルモットがしゃべってる! かわいーっ!」
フロールは、さっきまでと打って変わって、ハートの目でモルモットを抱きしめた。
「痛いフム!」
「ごめんごめん。ねえねえ、名前は?」
「フムスだフム」
「え?」
「フムスだフム」
「ふむすだふむ? 言いにくい名前ね……」
「違うフム。フムス、だ、フム」
「ふむす・だ・ふむ?」
永遠に繰り返されそうな会話を、アウラが終わらせる。
「フムスよ。名前は、フ・ム・ス」
「あー、そっかー。フムスね~。もう、最初からちゃんと言ってよね~」
「言ってるフム!」
少女の名はヴィオ。
まだ十二歳だというのに、フムスと一緒に旅をしてきたらしい。
身に着けている服は紫色ではあるが、まるで童話の世界から、赤ずきんがそのまま抜け出してきたかのような格好をしている。
横になっていても、右手には大事そうに杖を握ったままだ。
やはり彼女も、絆の民の一人だった。
苦しむヴィオに代わって、フムスが自分たちのことを教えてくれた。
ヴィオにも、自分の親の記憶はあまりないらしい。
メルと同じく幼いころに生き別れ、ここから南西にある小さな村で、村人と暮らしていたそうだ。
そしてある日、絆の民として覚醒した。
ヴィオは守りに特化していて、フムスが口に入れたものを飛ばすことでそれを強化し、いろんなシールドを生み出せるらしい。
さっきの戦いで現れた、ガラスのようなシールドは、水を吐き出して作れるのだという。
ヴィオとフムスは、エルペトから東に向かい、両親を探す旅をしていた。
そして、事件を起こしていたフードの男、リュゼと遭遇したのだ。
リュゼは、蛇のセルペンスを使い、絆の民と思われる人たちを何人も毒殺していたらしい。
「許せないわね!」
濡らしたタオルでヴィオの額の汗を拭いながら、フロールが言った。
「もう、けちょんけちょんのギッタギタにしてやるんだから!」
フムスの話によって、おおよその事態を把握することができた。
ついでに、フロールの「けちょんけちょんのギッタギタ」の話を聞かされた……。
「メル、そろそろ向かいましょう。フロールたちは、ここに残っていて」
アウラはそう言って立ち上がった。
「大丈夫、僕らに任せて」
二人は、リュゼとセルペンスの待つ大蛇石へと向かった。