Chapter 14 - だめったら、ダメ!
ここは、どこだろう。
僕は誰かに抱えられている。
ずっと揺れている。走っているのかな。落ち着かないや。
僕に向かって何か言ってるみたい。
急にまぶしくなって顔が見えない。
でも、懐かしい匂いだ。
なんか、今度は別の人に抱かれている。
こっちもいい匂いだ。落ち着くな。それにあたたかい。
そうだ、そのはずだよ。
だって、僕の母さんだもん。
あれ……目もあたたかい。いや……冷たい?
まあ、どっちでもいいか。
これ……涙なのかな。
まぶしさにメルは目を開けた。
その目からは、知らない間に涙がこぼれ落ちていた。
フロールがベッドに上半身をあずけて眠っている。ずっと、そばで看病してくれていたようだ。
「フロール……」
そう、優しく呼んでみる。
起きない……。
メルがそっと布団から出ようとすると、その動きに気付いて、フロールがはっと目を開けた。その目がメルを見つける。
「良かった、メル!」
強く抱き着かれて、メルは思わず「いたっ……」と叫んだ。
その声に反応し、もぞもぞとアウラも布団の中から出てきて、メルの顔を舐めた。
それが始まりだった……。
「メル……なんでアウラと一緒に寝てるのよ」
「えっ?」
「アウラはメスよね、つまり、女の子、よね?」
「そう、だね――」
「だめっ!」
「なんでだよ~、動物だよ?」
「動物でも、だめったら、ダメ!」
突然の無茶苦茶な怒り方だ。
でも、こうなったときのフロールは、もう誰にも止められない。
「アタシとメルが仲良しなのが、うらやましいのね」
雰囲気を察してアウラが言う。
「そ、そうなのかなぁ」
「だって、バインドしたってことは――人間でいうと結婚みたいなものよ。一緒に寝るわよね?」
「えーーーっ!」
「ちょっと、メル! 二人でなんの話をしてるのよ。私にも教えなさいよ!」
フロールがメルの肩を掴んで激しく揺する。
「いたたたたっ。痛いよ、フロール……」
その声を聞きつけて、ジンクが部屋に入ってくる。
「目が覚めたか、メル。大丈夫そうだな」
フロールに気付かれないように、ジンクが目配せしながら言う。
「そうだ。母さんは……母さんは大丈夫?」
「あぁ、傷は深かったが、大丈夫だ。安心していい」
ジンクの言葉にほっとして、メルはまた横になった。
「何か欲しいものはあるか」
一瞬考えたあと、メルは答えた。
「ココア、かな」
「フロール、メルに持ってきてあげてくれ」
「嫌よ――」
「おいおい、メルはケガ人だぞ。そのくらいにしてやれよ」
「……分かったわよ。甘いもの好きのメルに、ものすごーく苦いココアを持ってきてあげるんだから!」
フロールは、ドカドカと床を踏み鳴らしながら部屋を出ていった。
「すまんな。あいつはメルのことを心配してずっと泣いてたんだ。許してやってくれ」
そう言って同じく部屋を出ようとするジンクに、メルは声を掛けた。
「ありがとう、ジンク」
「フロールにも言ってやれよ。あいつの薬の知識に、今回は助けられたようなもんだ」
そうだ――。
幼いころから、フロールは薬に詳しかった。
確か、おばあさんに教えてもらったって言ってたな。
薬になる植物やキノコを、森へ一緒に採りに行ったこともあった。
大好きだったおばあさんが亡くなってからは、棚に残されていた難しい薬の本を熱心に読んでいた。
「私、たくさんの人を救う薬師になるの。おばあちゃんみたいに」
それが、フロールの口ぐせだった。
「ジンクがマリーを運んで……医者が来るまでの間、フロールが薬草で手当てをしてくれたのよ」
二人だけになった部屋で、アウラが説明してくれた。
「そうか……アウラも、ありがとう」
アウラは、メルの胸にそっとあごを乗せた。
「メルにも見えた……でしょ? アタシの過去――」
「うん」
「アタシは、家族を、そして家族同然だった絆の民のみんなを、殺された。あの黒いオオカミ……ディウブを探すわ」
「アウラの敵は……ディウブっていうんだね」
「そう。そして、ベスタという男よ」
「分かった。僕も、手伝うよ。絆の民の情報を追っていけば、両親にも辿り着くだろうし」
「そうね。アタシとメルは、あの日、あの森でバインドした……絆を、結んだのね。アタシには、力を使えるようになったあなたが必要なの。これからも、よろしくね」
「うん。まだまだうまく使えないけど、頑張るよ――」