オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 11 - シっクりクるダろ?

本多 狼2020/08/29 20:41
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「はあ~、疲れたー」

 メルが家に帰ったのは、日が沈んでからだった。

「なんか……ジンクじゃなくてフロールの声がここまで聞こえてきたわよ」

 マリーがからかうようにメルに言った。

「勘弁してよ、母さん。おかげでクタクタだよ~」

「はいはい。夕食ができているから、あたたかいうちに食べましょう」

 

 食事を終えて部屋に戻ったメルは、ベッドの上に両足を伸ばしながら座った。

 一本のナイフを右手に握ってみる。

 

「こいつが一番、お前に合うみたいだな」

 

 今日の特訓を終えて、ジンクから手渡されたものだ。

 狩りのときに持ち歩くナイフに似ていて、確かに大きさも重さもちょうどいい。

 ダークブラウンのグリップには、ジンクが使い込んだ跡が見受けられた。

 メルはそれを見つめ、狙ったとおりに投げられた瞬間を思い出す。

 

(どウだ、シっクりクるダろ?)

 

「なっ!」

 ナイフから声が聞こえてきて、思わず手を離しそうになった。

 ベッドの脇にいるアウラが、なんとも言えない表情で見つめてくる。

 ナイフの声が聞こえる、なんて言ったら、馬鹿にされそうだ。

 今日は慣れないことをやったから、疲れたんだな、きっと……。

 

(あー、チをスいテぇ)

 

「のあっ!」

 アウラがまた、憐れむような眼差しをメルに向ける。

 

「メル、アタシを殺そうとしてる?」

 ナイフを見つめている怪しげなメルに、本気とも冗談ともつかない様子でアウラが尋ねた。

「ちちちっ、違うよっ」

 慌ててナイフを離そうとするあまり、手が滑って自分の足と足の間にそれは突き刺さる。

「ひっっ!」

「そういう練習の仕方が、あるのかしら」

「違うって~」

 

 メルは、気まずい雰囲気を変えるために、神妙な顔でアウラに話しかけた。

「あのね、アウラ。僕のナイフで、アウラを助けられるのかな」

 

 アウラは少し考えたあと、静かに答えた。

「大丈夫よ、戦うのはアタシの役目。当てにしてないから。自分の股間を狙うぐらいだもの……ね」

「やめてよ~、もう」

「ふふっ、ちょっとは期待してるわ。おやすみなさい」

 そう言って、アウラはベッドに上がり丸くなった。

 

 メルは窓のそばにそっとナイフを置いた。窓から見える空は、今夜もきれいだ。

 今日一日でどれだけナイフを投げたのだろう。

 ジンクと一緒によく狩りに行っていたので、弓はそれなりに使えた。

 でも、昨日のように間合いを一気に詰めて来られたら、対応できない。

 剣を覚えるには時間がかかる。

 だからジンクは、少しでも足止めできるように、ナイフを教えてくれたのだろう。

 メルは深いため息をひとつついて、ベッドに横になった。

 それを待っていたかのように、アウラが布団に潜り込む。

 

 ナイフのことはひとまず忘れよう。

 そうしないと疲れが取れない気がする……。

 アウラのぬくもりを背中に感じながら、メルはやがて眠りについた。