Chapter 11 - シっクりクるダろ?
「はあ~、疲れたー」
メルが家に帰ったのは、日が沈んでからだった。
「なんか……ジンクじゃなくてフロールの声がここまで聞こえてきたわよ」
マリーがからかうようにメルに言った。
「勘弁してよ、母さん。おかげでクタクタだよ~」
「はいはい。夕食ができているから、あたたかいうちに食べましょう」
食事を終えて部屋に戻ったメルは、ベッドの上に両足を伸ばしながら座った。
一本のナイフを右手に握ってみる。
「こいつが一番、お前に合うみたいだな」
今日の特訓を終えて、ジンクから手渡されたものだ。
狩りのときに持ち歩くナイフに似ていて、確かに大きさも重さもちょうどいい。
ダークブラウンのグリップには、ジンクが使い込んだ跡が見受けられた。
メルはそれを見つめ、狙ったとおりに投げられた瞬間を思い出す。
(どウだ、シっクりクるダろ?)
「なっ!」
ナイフから声が聞こえてきて、思わず手を離しそうになった。
ベッドの脇にいるアウラが、なんとも言えない表情で見つめてくる。
ナイフの声が聞こえる、なんて言ったら、馬鹿にされそうだ。
今日は慣れないことをやったから、疲れたんだな、きっと……。
(あー、チをスいテぇ)
「のあっ!」
アウラがまた、憐れむような眼差しをメルに向ける。
「メル、アタシを殺そうとしてる?」
ナイフを見つめている怪しげなメルに、本気とも冗談ともつかない様子でアウラが尋ねた。
「ちちちっ、違うよっ」
慌ててナイフを離そうとするあまり、手が滑って自分の足と足の間にそれは突き刺さる。
「ひっっ!」
「そういう練習の仕方が、あるのかしら」
「違うって~」
メルは、気まずい雰囲気を変えるために、神妙な顔でアウラに話しかけた。
「あのね、アウラ。僕のナイフで、アウラを助けられるのかな」
アウラは少し考えたあと、静かに答えた。
「大丈夫よ、戦うのはアタシの役目。当てにしてないから。自分の股間を狙うぐらいだもの……ね」
「やめてよ~、もう」
「ふふっ、ちょっとは期待してるわ。おやすみなさい」
そう言って、アウラはベッドに上がり丸くなった。
メルは窓のそばにそっとナイフを置いた。窓から見える空は、今夜もきれいだ。
今日一日でどれだけナイフを投げたのだろう。
ジンクと一緒によく狩りに行っていたので、弓はそれなりに使えた。
でも、昨日のように間合いを一気に詰めて来られたら、対応できない。
剣を覚えるには時間がかかる。
だからジンクは、少しでも足止めできるように、ナイフを教えてくれたのだろう。
メルは深いため息をひとつついて、ベッドに横になった。
それを待っていたかのように、アウラが布団に潜り込む。
ナイフのことはひとまず忘れよう。
そうしないと疲れが取れない気がする……。
アウラのぬくもりを背中に感じながら、メルはやがて眠りについた。