オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 10 - フロール 思い出の場所

本多 狼2020/08/29 20:41
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「何やってるのよ、メル!」

 

 木の幹に安定して刺さり始めたころ、フロールが血相を変えてやって来た。

「ナ、ナイフ投げの練習だよ……」

 メルは、おどおどしながら答える。

「信じられない。パパ、なんでこんなことさせるのよ!」

 フロールの怒りはジンクにも向かっていた。ジンクはとぼけたような顔でメルを見る。

「聞いてよ、フロール。これは、僕が望んだことなんだ――」

 口を開いたメルを、フロールが容赦なくにらむ。

「僕は……自分が誰なのかを知りたい。そのためには、たぶん、戦いは避けられなくって……」

「なぁ、フロール。聞いてくれ、メルは」

 ジンクが声を掛けたものの、

「二人とも何よ、知らないっ!」

とフロールは走り出してしまった。

 

     *

 

 村を出て、フロールは、とぼとぼと森の小道を歩いていた。

 木漏れ日がきれいだった。

 でも、身勝手な自分がこれでもかと照らし出されるようで、悲しかった。

 自分の知らないところで、今までの暮らしに変化が起きている。

 それが怖かった。

 しばらくして、黄色い花畑が姿を見せる。

 見覚えがある。ここは、思い出の場所だ。

 

     *

 

 何歳のときだろう。

 六歳。う~ん、七歳だったかな……まあ、いいや。

 メルと一緒に森へ入って、ここへ辿り着いたなぁ。

 

「花のじゅうたんだね」

 そう言って、メルが大の字になって寝転んで……。

 私も隣に寝転がって、青い大きな空を眺めた。

 

「私、メルが好きよ」

 思ったことをすぐ口にする性格は、きっと昔から変わっていない。

「――優しいし、物を作るのが得意だし」

「あ、ありがとう……」

 メルは、恥ずかしそうにしてたっけ。

「僕も……」

「僕も?」

 言ってほしい言葉はあったけど、自分の思いを伝えるだけであのときは良かった。

「……いつか、いつか、僕がテーブルとか作ってあげるよ。フロールのために」

「ありがとう。楽しみに待ってるわ」

 

     *

 

 あのときと同じように、フロールは寝転んだ。

 ふわふわの雲をしばらく目で追ってから起き上がる。

 私は……どうしたいんだろう。

 メルは、きっと昔から変わっていないのに……。

 

 ふと後ろを振り返ると、距離を置いてアウラが付いてきていた。

 フロールと目が合い、アウラは走り寄ってきた。

 そして、フロールの足に何度も体をこすりつけた。

 

「心配して、来てくれたの?」

 フロールはしゃがみ込んで、アウラの頭を優しくなでた。

「ありがとう。メルのことはなんでも分かってるつもりだったの。でも、ナイフを投げるなんて、あんな危ないことやってるの、初めて見ちゃった……」

 フロールはアウラに体を預けた。

「あったかい。メルはあなたを助けたのよね?」

 アウラがフロールを見つめる。

 そして、何かに気付いたように立ち上がった。

 

「フロール、フロールー!」

 やがて、遠くからメルの呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 これも絆の民の力なのだろうか。

 意識を集中させると、アウラの居場所が手に取るように分かる。

 メルは、自分の持つ感覚に驚きながら、フロールとアウラのもとに辿り着いた。

 

「フロール、さっきはごめん……」

 メルがそう言うと、すかさずフロールは答えた。

「すぐ謝るのは、悪い癖だよ、メル」

 両手を腰に当てて、ついつい年上っぽく振る舞ってしまう。

「じゃあさ、昨日何があったのか、このお姉さんに話してみなさい。そうしたら……許してあげる」

「う、うん……僕にも、分からないことだらけなんだけど――」

「ついでに、ここがどんな場所かも……」

「えっ?」

「な、なんでもないわよ」

 メルは、昨日自分の身に起きた出来事をフロールに説明した。

 

「そっか、絆の民ねぇ。私にもよく分からないけど、動物と話ができるなんてうらやましいな。そういえば……昔から、メルのところには動物が寄ってきていたわね」

 メルの話を聞いて、フロールはそう答えた。

 メルも思い出してみる。

 

 なるほど。

 今まであまり気にしたことはなかったけれど、森ではリスやタヌキ、シカ、フクロウなどなどが、僕を怖がらずに近付いてきていたかも。

 フロールやジンクの言う通り、だな。

 

「確かに……誰かに狙われたのなら、身を守らなくっちゃね。よしっ、午後は私も手伝う」

「て、手伝うって、どうやって……」

「まあまあ、フロール姉さんに任せなさい」

「姉さんって、ひとつしか違わないじゃないか……」

 こうして、午後の特訓は父と娘のコンビによるものとなり、一段と激しさを増していくのであった……。