Chapter 10 - フロール 思い出の場所
「何やってるのよ、メル!」
木の幹に安定して刺さり始めたころ、フロールが血相を変えてやって来た。
「ナ、ナイフ投げの練習だよ……」
メルは、おどおどしながら答える。
「信じられない。パパ、なんでこんなことさせるのよ!」
フロールの怒りはジンクにも向かっていた。ジンクはとぼけたような顔でメルを見る。
「聞いてよ、フロール。これは、僕が望んだことなんだ――」
口を開いたメルを、フロールが容赦なくにらむ。
「僕は……自分が誰なのかを知りたい。そのためには、たぶん、戦いは避けられなくって……」
「なぁ、フロール。聞いてくれ、メルは」
ジンクが声を掛けたものの、
「二人とも何よ、知らないっ!」
とフロールは走り出してしまった。
*
村を出て、フロールは、とぼとぼと森の小道を歩いていた。
木漏れ日がきれいだった。
でも、身勝手な自分がこれでもかと照らし出されるようで、悲しかった。
自分の知らないところで、今までの暮らしに変化が起きている。
それが怖かった。
しばらくして、黄色い花畑が姿を見せる。
見覚えがある。ここは、思い出の場所だ。
*
何歳のときだろう。
六歳。う~ん、七歳だったかな……まあ、いいや。
メルと一緒に森へ入って、ここへ辿り着いたなぁ。
「花のじゅうたんだね」
そう言って、メルが大の字になって寝転んで……。
私も隣に寝転がって、青い大きな空を眺めた。
「私、メルが好きよ」
思ったことをすぐ口にする性格は、きっと昔から変わっていない。
「――優しいし、物を作るのが得意だし」
「あ、ありがとう……」
メルは、恥ずかしそうにしてたっけ。
「僕も……」
「僕も?」
言ってほしい言葉はあったけど、自分の思いを伝えるだけであのときは良かった。
「……いつか、いつか、僕がテーブルとか作ってあげるよ。フロールのために」
「ありがとう。楽しみに待ってるわ」
*
あのときと同じように、フロールは寝転んだ。
ふわふわの雲をしばらく目で追ってから起き上がる。
私は……どうしたいんだろう。
メルは、きっと昔から変わっていないのに……。
ふと後ろを振り返ると、距離を置いてアウラが付いてきていた。
フロールと目が合い、アウラは走り寄ってきた。
そして、フロールの足に何度も体をこすりつけた。
「心配して、来てくれたの?」
フロールはしゃがみ込んで、アウラの頭を優しくなでた。
「ありがとう。メルのことはなんでも分かってるつもりだったの。でも、ナイフを投げるなんて、あんな危ないことやってるの、初めて見ちゃった……」
フロールはアウラに体を預けた。
「あったかい。メルはあなたを助けたのよね?」
アウラがフロールを見つめる。
そして、何かに気付いたように立ち上がった。
「フロール、フロールー!」
やがて、遠くからメルの呼ぶ声が聞こえてきた。
これも絆の民の力なのだろうか。
意識を集中させると、アウラの居場所が手に取るように分かる。
メルは、自分の持つ感覚に驚きながら、フロールとアウラのもとに辿り着いた。
「フロール、さっきはごめん……」
メルがそう言うと、すかさずフロールは答えた。
「すぐ謝るのは、悪い癖だよ、メル」
両手を腰に当てて、ついつい年上っぽく振る舞ってしまう。
「じゃあさ、昨日何があったのか、このお姉さんに話してみなさい。そうしたら……許してあげる」
「う、うん……僕にも、分からないことだらけなんだけど――」
「ついでに、ここがどんな場所かも……」
「えっ?」
「な、なんでもないわよ」
メルは、昨日自分の身に起きた出来事をフロールに説明した。
「そっか、絆の民ねぇ。私にもよく分からないけど、動物と話ができるなんてうらやましいな。そういえば……昔から、メルのところには動物が寄ってきていたわね」
メルの話を聞いて、フロールはそう答えた。
メルも思い出してみる。
なるほど。
今まであまり気にしたことはなかったけれど、森ではリスやタヌキ、シカ、フクロウなどなどが、僕を怖がらずに近付いてきていたかも。
フロールやジンクの言う通り、だな。
「確かに……誰かに狙われたのなら、身を守らなくっちゃね。よしっ、午後は私も手伝う」
「て、手伝うって、どうやって……」
「まあまあ、フロール姉さんに任せなさい」
「姉さんって、ひとつしか違わないじゃないか……」
こうして、午後の特訓は父と娘のコンビによるものとなり、一段と激しさを増していくのであった……。