本多 狼2020/08/29 20:41
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 翌朝、食事を済ませたメルのもとへ、早速ジンクがやって来た。

 

「飯は食ったか、メル。時間があまりない。お前に、身を守るすべを教える」

 ジンクはそう言って、メルを連れ出した。

 アウラは大きなあくびをひとつして、静かにメルのあとを追った。

 

「ジンクったら、まだ剣の腕は落ちてないってことかしら……」

 マリーはお皿を洗いながら、誰に言うでもなくつぶやいた。

 

 自分の家の裏にある大きな木の前に立ち、ジンクは言った。

「攻撃はアウラに任せろ。お前に人は殺せない。いや、お前を人殺しにはしたくない。だが、アウラと自分を守るために、ナイフを教えてやる」

「う、うん……」

 

 ジンクは木の根元から五、六歩離れて、振り向きざまにナイフを投げた。

 昨日メルたちをブーメランで助けたように、その動きは素早く、そして狙いは正確だった。

「これを覚えるんだ。お前の役目は、誰かを倒すことではなく、動きを遅らせることだ」

「わ、分かった」

 ジンクは数本のナイフをメルの足元に置いた。

 

「メル、この世界はいくつの大陸からできているか知ってるか?」

「えーっと、四つだよね。アーヴェル、イグニス、ヴァーテル、それとエールデ」

「そうだ。このポルテ村は、その中で一番小さいヴァーテル大陸にある」

「それくらい知ってるよ。国の名前はアクアーリオ」

「俺は――かつて傭兵だった。剣を握り、一番大きな大陸であるエールデで、国と国との戦いに明け暮れた。だが、俺が得るものは何もなかった。誰かを切り殺したって、幸せは手に入らなかった。だから俺はヴァーテルに渡り、小さくても、心優しい人たちの住む、この村で生きることにしたんだ」

 

 ジンクの話に驚いたものの、メルにはその気持ちがなんとなく理解できた。

 ポルテ村は、決して豊かとは言えないけれど、確かに毎日が幸せだった。

 自分の過去を打ち明けるジンクの向こうに、家の窓が見えた。

 フロールが母親のフィーナと笑いながらおしゃべりしている。

 愛する家族と共に暮らす。そんな穏やかな日常を、ジンクは選んだのだ。

 

「お前には、俺のようになってほしくない。だが、迫り来る火の粉は、振り払うしかない。奴らは、また絶対に現れる。誰かを傷付けるためじゃない。自分と、大切な人たちを守るために、お前は戦うんだ――」

「やってみるよ、ジンク」

 メルはジンクをまねて、無心でナイフを投げた。

 アウラは、メルの気が散らないように木陰で丸くなった。そして、ナイフの軌道をずっと見届けた。