Chapter 9 - 戦う理由
翌朝、食事を済ませたメルのもとへ、早速ジンクがやって来た。
「飯は食ったか、メル。時間があまりない。お前に、身を守るすべを教える」
ジンクはそう言って、メルを連れ出した。
アウラは大きなあくびをひとつして、静かにメルのあとを追った。
「ジンクったら、まだ剣の腕は落ちてないってことかしら……」
マリーはお皿を洗いながら、誰に言うでもなくつぶやいた。
自分の家の裏にある大きな木の前に立ち、ジンクは言った。
「攻撃はアウラに任せろ。お前に人は殺せない。いや、お前を人殺しにはしたくない。だが、アウラと自分を守るために、ナイフを教えてやる」
「う、うん……」
ジンクは木の根元から五、六歩離れて、振り向きざまにナイフを投げた。
昨日メルたちをブーメランで助けたように、その動きは素早く、そして狙いは正確だった。
「これを覚えるんだ。お前の役目は、誰かを倒すことではなく、動きを遅らせることだ」
「わ、分かった」
ジンクは数本のナイフをメルの足元に置いた。
「メル、この世界はいくつの大陸からできているか知ってるか?」
「えーっと、四つだよね。アーヴェル、イグニス、ヴァーテル、それとエールデ」
「そうだ。このポルテ村は、その中で一番小さいヴァーテル大陸にある」
「それくらい知ってるよ。国の名前はアクアーリオ」
「俺は――かつて傭兵だった。剣を握り、一番大きな大陸であるエールデで、国と国との戦いに明け暮れた。だが、俺が得るものは何もなかった。誰かを切り殺したって、幸せは手に入らなかった。だから俺はヴァーテルに渡り、小さくても、心優しい人たちの住む、この村で生きることにしたんだ」
ジンクの話に驚いたものの、メルにはその気持ちがなんとなく理解できた。
ポルテ村は、決して豊かとは言えないけれど、確かに毎日が幸せだった。
自分の過去を打ち明けるジンクの向こうに、家の窓が見えた。
フロールが母親のフィーナと笑いながらおしゃべりしている。
愛する家族と共に暮らす。そんな穏やかな日常を、ジンクは選んだのだ。
「お前には、俺のようになってほしくない。だが、迫り来る火の粉は、振り払うしかない。奴らは、また絶対に現れる。誰かを傷付けるためじゃない。自分と、大切な人たちを守るために、お前は戦うんだ――」
「やってみるよ、ジンク」
メルはジンクをまねて、無心でナイフを投げた。
アウラは、メルの気が散らないように木陰で丸くなった。そして、ナイフの軌道をずっと見届けた。