本多 狼2020/08/29 20:41
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 やっと村が見えてきた。あちこちの煙突から煙が出ている。

 どの家も、夕食の準備の真っ最中だろう。

 

「なあ、メル。そいつ……アウラは、村に入れないほうがいい」

 オオカミが家畜を襲いに来たと思われるかもしれない。ジンクはそう言っているのだ。

 それを察して、メルは言った。

「ごめん、アウラ。長老様との話が終わるまで、ここで待っていて」

 アウラは、仕方ないといった感じでうなずいた。

「分かったわ。ここで休んでる」

 近くの大きな木の幹に寄りかかるようにして、アウラは丸くなった。

 

「良かったら、食べて」

 メルは、腰に付けたかばんからパンを取り出して、アウラの前にそっと置いた。

「母さんが作ったパン。おいしいから、遠慮しないで食べてね」

 パンの匂いを確かめているアウラを見つめるメル。

「じゃあ、行ってくるね」

 食べ始めたのを見届けて、メルは笑顔で走り去った。

 

 人間のことをあまりよく知らないまま生きてきたアウラだった。

 しかし、今日を共にくぐり抜けたメルの言葉に、体があたたかくなるのを感じて、安心して目を閉じた。