オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 3 - VS.ディーネー&ファル

本多 狼2020/08/29 20:41
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 深々とした木々を抜けて、二人は少し開けた場所に着いた。

 ここは、ポルテ村のみんなが木を切り倒して作業場にしている広場だった。

 

「もう少しで森を出られるよ」

 メルがそう言った瞬間、恐ろしい殺気が体中に流れ込んできた。

 これは、隣にいるアウラが感じているものだ!

 しかし、メルには何も見えない。

 どこにどんな敵がいるのか、全く想像がつかなかった。

 

 ゆっくり横を向くと、空を見上げながらアウラが静かに言った。

「アタシが合図したら、振り向かずに木々の中へ隠れて。でないと、どちらも、死ぬわ」

 

 嫌な汗が背中を伝っているのが分かる。

 これは夢ではないと、アウラが全身で教えていた。

 

「メル、走って!」

 その合図とともに、メルは前方へ駆け出した。

 何度も薪を運んだり、荷物を届けたりしてきたことを思えば、疲れているとはいえ、このダッシュは苦ではない。

 とにかく言われたとおりにまずは隠れよう。

 だが、そんな単純な動きはやはり読まれていた。

 

「危ないっ!」

 アウラの叫び声で、一瞬足の動きが止まった。

 結果、それがメルの命を救った。

 目の前に飛んできた槍のようなものを、右に倒れ込みながら避ける。

 そのまま起き上がり、低い前傾姿勢のまま、メルは木々のカーテンへ辿り着いた。

 

「チッ。俺も腕が落ちたもんだ」

 メルとアウラの間で、槍を地面から引き抜きながら、痩身の浅黒い男が忌々しそうにつぶやいた。

「白いオオカミ、そしてバインドした奴をやっと見つけたんだ。次は決めるぜ」

 男はメルを見据えて、ゆっくり近付いてくる。

 確実に獲物を仕留める、そんな鋭い目をしていた。

 

 男の後ろのほうでは、アウラが青みがかった黒い鳥と戦っていた。

 いや……一瞬で地に到達するその速さに、何者でも無力だろう。

 空中からの攻撃に、アウラはなすすべもなく防戦一方だった。

 

「よそ見してる余裕なんかないぜっ!」

 気付けば、あっという間に男との距離が縮まっていた。

 まずい、逃げなくては――。

 

 メルは左右を見渡し、武器になりそうなものを探しながら、また走り出した。

 まだ走れる。

 距離さえ保っていれば、まだ、いけるはずだ。

 

 男の持っている槍にも注意を向けながら、やはりアウラのことが心配でならなかった。

 「振り向かずに」と言われたが、自分だけ助かるわけにはいかない。

 ここで村のみんなが伐採作業をしているのだから、道具があるはずだ。

 探せ、探すんだ!

 

 敵の急降下を間一髪でいなしつつ、アウラもメルのことが気になっていた。

 しかし、瀕死の状態から立ち直ったとはいえ、この体にまた一撃を食らったらどうなるか分からない。

 攻撃に転じられるほど回復してはいないことを、アウラはよく分かっていた。

 

「お主に恨みはないが、我が主の命令でな。悪く思うなよ」

「それはお互い様よ。アタシも、簡単に終わるつもりはない!」

 

 アウラは、敵が再び飛行体勢を整えるその隙に、結局メルのいる方向へ走り出した。

 互いの思いは、離れていても感じられる。

 一緒に切り抜けるんだ!

 

 いくつかある切り株のそばに、メルは小振りの斧を見つけた。

 男もメルの考えに気付き、猛然と距離を詰めてくる。

 メルが斧を拾うのが先か、男の槍が背中を貫くのが先か。

 

「終わりだ――死ねーっ!」

 男が無駄のない動きで走りながら槍を投げる。

 二度避けることは、牛や羊とのんびり暮らしてきたメルには不可能だろう。

 ほとんど放物線を描かずに迫り来る死の槍を、横から必死に飛びついたアウラが、その体で弾き飛ばした。

 そのままアウラは、受け身を取れずに地面に叩きつけられる。

 

「アウラーッ!」

 斧を手に駆け寄ったメルに向かって、アウラは無事だと示すようにゆっくり立ち上がった。

 しかし、その口からは血が滴っている。

 

 男は槍を諦め、腰からダガーを引き抜いた。接近戦で確実に仕留めに来るつもりだ。

 アウラと戦っていた鳥が男の左肩に降り立つ。

 同時に二人を始末するようだ。

 メルは震える手で斧を握り、アウラをかばうように構えた。

 

 そのとき、ものすごい速さで風を切りながら飛んでくるものがあった。

 ブーメランだ!

 それは、間一髪で避けた男の頬に一筋の赤い線を残し、再び持ち主の手の中へと収まった。

 

「俺の仕事場で人殺したぁ、覚悟できてんだろうなぁ、アンちゃんよぉ」

「ジンク!」

 ブーメランの持ち主は、左手でメルに応えつつ、並々ならぬ殺気を湛えてゆっくり向かってくる。

 

「ちっ、邪魔が入ったな。俺の名はディーネー。また会おう、絆の民とそのオオカミよ」

「ハヤブサのファルと申す。御免」

 そう言って諦めたように得物の槍を拾い、男は森へと消えていった。