パドックで会いましょう 【完結】

Chapter 18 - 卒業アルバム 3

櫻井音衣2020/09/28 23:17
Follow

「たち悪いな、絡み酒かい!」

「すみませんね、どうしようもない後輩で」

「しゃあないのう……。可愛い後輩やからな、今日だけは多めに見たるわ」


先輩は僕の頭をグシャグシャと撫でた。

イケメンに頭を撫でられたら、男の僕でもなんとなく嬉しいものだ。

きっとたくさんの女の子にも同じことをして、無駄に気を持たせてきたに違いない。


「先輩は男にも優しいんですねぇ。そりゃモテるよ……。この際だから、先輩と付き合っちゃおうかな……」

「それだけは勘弁してくれ……。なんぼおまえが可愛くても、俺は男には興味ないぞ」

「もちろん冗談ですよ……。僕だって男には興味ないですからね……」


グラグラと不安定に揺れる視界の片隅に、本棚を見つけた。

なぜだかやけに気にかかる。

前にもこんなこと、あったかな?

僕はフラフラと四つん這いになって、その本棚の前に移動した。


「どないした?なんか気になる本でもあるんか?」

「ええーっと……いやなんとなく」


その本棚の片隅に、どこかで見たような茶色い背表紙のアルバムを見つけた。

それを勝手に手に取ってみる。


「なんや、それか?中学の卒業アルバムや」

「卒業アルバム……?」


表紙をめくると、先輩が通っていたであろう中学校の校舎や、教師たちの集合写真。

もう一枚めくると、今度は3年生のクラス写真がそこにあった。


「懐かしいなあ。もう何年になるやろ?」

「先輩は何組だったんですか?」

「3年の時は……たしか3組やったな」

「3組……。先輩の中学時代って、どんな感じでした?」


3年3組のクラス写真のページを開き、先輩の姿を探す。


「俺の中学時代なぁ……。3年の時はかなりまともやったな」

「3年の時はまとも?じゃあ2年までは?」

「ヤンチャしとったからなあ。頭は金髪でな、制服も改造やったわな」

「それはいわゆる、ヤンキーと言うやつですか?」

「まあ、そんなとこやな」


僕の地元ではヤンキーなんてとっくの昔に絶滅危惧種になったと思っていたのに、こちらでは先輩が中学生の頃にはまだ当たり前のように生息していたことに驚く。

集合写真の端の方に、斜に構えた少年の姿を見つけた。

間違いない、これ、先輩だ。


「3年になって、急に変わったんですか?」

「いやー……3年の時の担任がめっちゃええやつでな。最初はうるさいと思てたんやけど、だんだん言うこと聞かなあかんような気ぃしてきて。気ぃ付いたらまともに学校通って授業受けてたわ。勉強でわからんとこあったら、俺がちゃんとわかるまで根気よく付きうてくれたし、そのおかげで私学やけどなんとか高校にもはいれた」

「へぇ……ものすごくいい先生ですね」


集合写真の前列真ん中に写る男性が担任なのだろう。

歳の頃は30手前といったところか。

こざっぱりした風貌の、どこにでもいそうな感じの先生だ。

一緒に並んでいる生徒たちと比べてみると、背はまあまあ高い方。

めちゃくちゃ美形とまではいかないけれど、割と整った端正な顔立ちをしている。


「ん……?あれ……?」


この先生、誰かに似ているような……?

学生時代によく似た先生でもいたかな?


「どないした?」

「いえ……。担任の先生が誰かに似ているような気がして」

「担任な……。結構男前やろ?」

「そうですね」


先輩がそんなふうに言うところを見ると、先生を教師としてだけではなく、大人の男としても尊敬する存在だったのだろう。


「先輩の学校は男子の制服、学ランだったんですね。カッコいいなあ……。僕は中学も高校もブレザーだったんで、憧れてたんですよね」


先輩のクラスメイトたちを順番に見ていく。

僕みたいな小柄な生徒もいたようだ。


「ん……?」


女子の生徒の中に、やたらと大人びた美人を見つけた。

とても中学生とは思えない色気が漂っている。


「今度はなんや?」


僕はまじまじと、その女子生徒の顔を見た。

つまらなさそうな、憂いを帯びた表情。

少し茶色い長い髪と、涼しげな切れ長の目に、スタイルの良いスラリとした体。


「あー、こいつか」


先輩は横からアルバムを覗き込んだ。


「こいつ、俺のヤンチャしてた時の仲間でな。小学校の時から一緒に遊んでたやつや。大人っぽくて美人やろ?」

「……ですね」

「こんなほっそい体してんのに、ケンカもめちゃめちゃつようてな。そやけど優しくて面倒見はええねん。そんなんやから、みんなから『ねえさん』て呼ばれとった」

「……ねえさん……?」


やっぱりそうだ、間違いない。

先輩、ねえさんと友達だったのか!!


「ん?なんや、気になるんか?」

「先輩は……その、ねえさんとは仲が良かったんですよね?」

「ああ、付き合い長かったからな」

「どんな人でした?」


見ず知らずのはずのねえさんに興味を持った僕を、不思議に思ったのだろう。

先輩は少し首をかしげた後、ゆっくりと話し出した。


「こいつな……可哀想なやつやねん」




その夜、僕は先輩の部屋に泊めてもらった。

先輩は布団に入って間もなく、軽い寝息をたて始めた。

僕は用意してもらった布団に横になり、眠れなくて寝返りを打つ。


『こいつな……可哀想なやつやねん』


先輩がしてくれた『ねえさん』の話は、僕に大きなショックを与えた。



先輩の話によると、中学時代のねえさんは向かうところ敵無しのヤンキーで、先輩や他のヤンキー仲間とつるんでは、他校の不良たちとしょっちゅうケンカをしていたそうだ。

中学3年の時に例の先生が担任になり、熱心に声を掛けてくる先生に心を動かされ、先輩もねえさんも変わったのだと言う。

それまでは学校に行ってもまともに授業を受けていなかったのに、服装や髪型の乱れを正し、真面目に授業を受けるようになったらしい。