パドックで会いましょう 【完結】

Chapter 13 - 恋人ごっこ 4

櫻井音衣2020/09/24 00:13
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ねえさんはベッドに横になると、僕の目をじっと見つめた。


「アンチャンも、ここに一緒に寝て」


ためらったのは、ほんの少しだけだった。

僕はねえさんの隣で横になり、華奢なその背中に腕をまわして抱きしめた。


「こうしていても、いいですか」

「うん……」


ねえさんは僕の腕の中で、仔猫のようにおとなしくしている。

ねえさんの髪からは、いつもとは違う、僕と同じシャンプーの匂いがした。

それだけのことで煽られる欲情を、僕は必死で理性で抑え込もうと固く目を閉じる。


「アンチャン、あったかいな」

「あったかい?暑くないですか?」

「うん、あったかくて気持ちいい」


今すぐこの手で、ねえさんのすべてを温められたらいいのに。

ねえさんの背中にまわした腕に、力がこもる。


「眠れそうですか?」

「どうやろ……。でもアタシよりアンチャンが寝られへんか?」

「えっ?!」

「心臓、めちゃめちゃドキドキ言うてる」

「……仕方ないでしょう。僕はこういうことに慣れてないんです」


こんなふうに女の人を抱きしめるのも、一緒に寝るのも、慣れてないどころか初めてだよ!!

しかもそれが大好きなねえさんなんだから、ドキドキするなって言う方が無理な話だ。


「心臓の音、聞いとったらな……なんかようわからんけど、安心するねん」

「それ、なんかで聞いたことありますよ。母親のお腹にいる時に、胎内で聞いた母親の心音の記憶がどこかに残ってるとか」

「うーん……なんやろな。似てるけど、そういうのとはまたちょっとちゃう気がする」


ねえさんは目を閉じて、僕の左胸に耳を押し当てた。

そして少し笑って、顔を上げた。


「でもやっぱり……これは速すぎるな」


ねえさんにドキドキしていることを、ねえさん本人に指摘されたのが恥ずかしくて、また鼓動が速くなった。

こんな僕は、大人の男には程遠い。

情けなくて奥歯をギュッと噛みしめる。


「……やっぱり僕じゃダメですね。ねえさんが一人で不安な時も、安心させてあげられない」


僕がねえさんの体から腕をほどくと、ねえさんは小さく笑って、僕の胸に顔をうずめた。


「そんなことないよ。今日はアンチャンが一緒にいてくれるから、一人で泣かんで済む」

「……泣いてたんですか?」

「ん?うん、なんでかなあ……。アタシにも、ようわからんけど……。ここ最近、毎晩夢見てさ……目ぇ覚めたら、なんか悲しくて泣いてんねん」


真っ暗な部屋でひとりで泣いているねえさんを思い浮かべると、しめつけられるように胸が痛む。

そうか……。

だからねえさんは、『ひとりでいたくない』と言ったんだ。

僕と一緒にいたいから『帰りたくない』と言ったのではないことは薄々わかっていたけれど、もしかしたらねえさんは、そばにいてくれるなら僕でなくても良かったのかも知れないと思うと、また胸が痛んだ。


「悲しい夢なんですか?」

「どんな夢かは全然覚えてへん……。でもな、多分幸せな夢なんやと思う。夢見てる時は、あったかくてフワフワして気持ちいいねん」

「幸せな夢なのに……なんで?」

「わからん。目ぇ覚めたらめちゃめちゃ悲しくて、ここら辺がギューッて痛いと言うか……」


ねえさんは胸の辺りを押さえてうつむいた。


「なんて言うたらええんやろう……。痛いと言うか……苦しいと言うか……穴が空きそうな感じで気持ち悪くて、なんぼ押さえても叩いても、治らへん。なんでかわからんのに、涙ばっかり出てくるんよ」


その感覚は僕にも経験があるような気がする。

いつだっただろう?