退役おじさんの山守生活

Chapter 1 - Ⅰ 山守出勤す

松房3572020/08/14 08:09
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この世の中には八百万の職が存在する。

騎士や、店員、清掃業従事者etc.....

給与、待遇も千差万別でどの職に就くのか。

その決定権はわし達全員が持っている。

まぁ、そのせいで衰退して往く業界もあるのだから、社会とは不思議なモノである。

話は変わって。

わしの職業もまた衰退の一途を辿っていると言えるだろう。

その名は山守。

わしがこの職に就いたのは丁度十年程前、歳にして五十の時だったか。

嫁を取らず独り身なわしは以前の職場を規定で離れ、働かなくても老後を過ごす事はできたのだが、何せこの生涯、十五で職に就き働きずめの毎日であったから暇の使い方が分からないのである。

暇の使い方を求め苦節二ヶ月。

遂に程よく楽で給与も良く、自分の能力を活かせる職場を見つけたのだ。

そう。山守である。

一度の出勤における勤務時間は半年。

各々担当する山を言い渡され一年の上半期と下半期でもう一人の山守と一週間の交代期間を経て交代する。

そこからは山の見回りや、害獣や魔獣の駆除、後は動植物の記録や、山で行われる諸々の許可を出したりをして過ごす。

ちなみに勤務中に四時間以上の下山をする事は許されない。それ故買い物等をする事は出来ないので山で一人自給自足出来る事が山守の必須技能だったりする。

そんな訳でこの業界に新人(若者)が来ることは滅多にないのであった。

胸が少し寒くなる。これが寂しさと言う奴か。

自宅を出て馬車で六時間程進んだ所にわしの職場はある。

もうここに来るのも十年目。感覚的にはもう庭の様な物。

馬車の馭者が気を使ってくれたのだろう。荷物を担いで目を丸くしていた。

「お客さん。えらい重い荷物ですねぇ。道理で馬の消耗が早いと思った」

よいしょ、と彼が荷物を降ろし聞いてくる。

「あぁ。缶詰とか瓶とか入っているんですよ。山守にとって貴重な嗜好品ですから、出来るだけ持って行きたくて」

先程の話にも通ずるが買い物が出来ない山守達にとって差し入れ等でしか手に入らない酒や調味料は貴重なのである。

「なるほど。いやぁけど私もあの時は驚きましたよ。各地を回って、”豪剣”なんて呼ばれてた騎士様が引退した後山守なんかになるなんて」

「・・・なんのことでしょうか?」

「いや、お客さんの事ですよ。隠せると思ってるんですか?その分厚い体、頬の傷、ドスの効いた低い声。どこをどう取っても”豪剣”ダランじゃないですか」

「ばれてたか」

「ばれますよ。そりゃ。流石に十年も経って多少老けちゃいますが雰囲気は強者そのものですって」

・・・わしがそんなにも有名だとは。以後気をつけるとしよう。

最近背負う荷物も重く感じてきた。

わしも着々と老けているのだろう。

「ではわしは行くよ。世話になったな」

「いえいえ、帰りもストゥルム運輸をよろしくお願いいたしますね~っ!」

元気な中年の声を背に道を歩む。

ああゆう元気な人材が山守になってはくれいないかと願うばかりである。

山に入りそろそろ人目が無くなった頃。

私は全力で駆け出した。

土を蹴り、沢を飛び越え、時に岩と岩を飛び移る。

わしはこの瞬間が大好きだ。

自然に犇めく命の中を風となって走り抜ける。

しかし、楽しい時間とはすぐに過ぎてしまうもので、見慣れた小屋(コテージ)が見えてきた。

扉を開けると当然出迎えるのは見知った顔。

「おう。ちゃんと必要なもん持ってきてるか?同期」

「あぁ。心配ないさ。同期」

彼はブル。わしと同時にこの山の担当となり、時々差し入れにも来てくれる気のいい奴だ。

「そろそろ、鹿も血が抜けてきただろ。今捌いて来るからちょっと待ってな」

「分かった」

「あぁ、やっぱ火ぃつけといてくれよ」

「分かった」

鹿、か。ステーキにでもするのだろうか。

わしは竈に薪を組み、火種をつけた麻を焚べる。すると、鉈で割いた先端から燃え始め徐々に勢いを大きくしていく。

パチパチと良い音を楽しんでいるとブルが肉を抱えてやって来る。

「待たせたな。飯にしよう」

予想は的中。今晩は鹿肉のステーキだった。

火は強火でしっかり火を通す。

山で採れた食材だ。しっかりと加熱せねば危ない。

フライパンに肉を敷き塩を振る。

そこでハーブでも添えてやれば幾分かは美味くなるだろう。

割と狭い部屋に良い匂いが漂い始め、食欲が湧くが、わしもブルもこれ以上料理を作る気にはなれなかった。

鹿肉は、干したり漬けたりして保存する分を除いてもそこそこの量がある。

多少わしが食べるとはいえ、老人二人で食べるには十分すぎるのだ。

わしは荷物の木箱から酒を取り出し木製カップに注ぐとブルに渡す。

「うん。良い酒じゃねぇか。酒選びの勘の良さはお前の長所だよな」

「ありがとよ。わしもお前の解体の技が羨ましいよ」

お互いに褒め合い、肉を頬張る。

流石に鹿の肉。少し独特の香りがしたが美味かった。

「そういや、後で肉の処理とか後で手伝ってくれよ」

「りょ~かい」

この後酔っ払いながら肉を燻し、足速に寝てしまった。