退役おじさんの山守生活

Chapter 2 - Ⅱ 後世育成計画

松房3572020/08/14 08:09
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「・・・むぅ、よし、やるか」

ブルに付き添い、肉を捌いた翌日。

もはや職場ではなく別荘の様にも感じるコテージの寝室で目覚めると近くの沢へ体を拭いに行く。

庭ではブルが火を弄っていた。

「おいおい、まだ陽が昇るにゃ少し早いぜ?」

ニヤリと笑う彼の表情を見れば傭兵をしていたという彼の話信憑性も増すというものだ。

「それはお互い様だろ?昨日もあんだけ呑んでた癖によ」

「いや~こうして火を弄れるのも暫く出来ないと思うと妙に寂しくなってだな」

「また来れば良いじゃねぇか」

ブルは腰を擦る。

「俺はお前みたいに若い頃から鍛えてた訳ではないからな。そろそろ体にガタを感じるんだ。だからよ、次からは孫を連れて来ようと思うんだ」

「・・・そうかよ」

つまりはもう簡単には来れないって事か。

「じゃあ体拭きに行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

足を滑らさない様に気をつけながら斜面を下る。

わしも一度転んで腰を打ってしまえば無事では済まないかもしれない。

「ふぅ~」

山を流れる冷たい水が心地よい。

この体を拭くという作業は騎士団時代からのルーティンではあるが、この歳になってより気持ち良く感じるようになった。

何より裸で自然と一体になっている様なこの空気感がわしの気分を上げてくれる。

「・・・これはいかん。いつまでも居てしまうな」

わしは薄手のインナーを着込みコテージへ戻った。

戻るとブルは残った火を使って燻製を作っているのが見える。

「おい、何燻製してんだ?」

尋ねるとブルは燻製箱の蓋をゆっくりと開け中身を見せてくれた。

中には長さが疎らな肉が吊るされている。

「昨日の木っ端さ。漬けるにゃ少し小さいし、焼くにしても小さくて食いごたえが無いが、こうしてパンと朝食として食えば丁度良いだろ?」

そうして燻製した肉を手元に置いてあったパンに合わせて差し出してくれた。

「おっと・・・ありがとう。塩かなんか持ってくるか?」

「いやいや、折角の燻製だぜ?そんな物いらねぇさ」

「・・・そうか?」

わしはまだ燻製時間が足りないのではないかと勘ぐっていたがしっかりと風味が付いていてそれだけでも美味しかった。

暫く黙々と頬張っているとブルも燻製肉サンドを口に含みながらやや真剣な眼差しで相談を持ちかけてきた。

「なぁ。さっき言った孫の事なんだけどよ」

「ん?あぁ、今度から連れてくるとか言う」

「そそ、でさ、俺も悩んだんだけどよ、孫は歳ももう十五になる。どうせこのままじゃ街で無難な職業に就いちまう」

「祖父としてはそれで良いんじゃないか?」

何を言い出すんだこの男は。

「んーそれもそうなんだが、俺の中には年老いた山守としての意見もあってな?個人的には孫を次のこの山の山守にしたいんだ」

「ほう?」

十年管理してきた山だ。自分の知っている人物に任せられるなら任せたいだろう。

「ただ、孫には体はあっても技術がない。だからさ俺はこの山を降りたらまず孫を連れて来る。ダランはわしの任期が回ってくるまで山守としての技術を教えながら預かってはくれないか」

「・・・なるほど」

はてどうしたものか。

ブルの気持ちは分からなくもないがそこはきちんと孫とやらの意見も汲むべきだろう。

・・・まぁその気にさせれば良い話なのだが。

「その顔、実はかなり乗り気だろ?」

「まぁな。だが孫の気持ちも聞いてみないとなんとも言えんな」

一応言っておく。

するとブルはそっと顔を俯かせた。

ブルが思案している時の顔だ。

「・・・これはあくまでわしの願望だが孫には人間の、大人の陰湿な部分に触れずに生きて欲しいんだ。ここ最近孫が育ち、これからも働こうとしている街は治安が悪いと聞く。なんでもゴシックファミアが入ってきたそうだ。あの街は必ずと言っても良いほど荒れてしまうだろう」

ゴシックファミリア、騎士団時代にもよく名を聞いた比較的有名な悪質団体だ。

街に入ったということは大規模な歓楽街でも作る気なのだろうか。

ブルは頭を下げた。

「頼む。この通りだ。山は危険だと世間は言うが俺から見れば今のあの街の方が余っ程危険だ。それにお前になら安心して任せられる」

「・・・そうか」

流石にここまで言われるとは思わなかった。

しかし、今まで気前よく一緒に仕事をしてくれた友にここまで頼まれて聞かないと言うのは男が廃る。

「良いだろう。で、孫というのは体力はあるのか?」

「あぁ。そりゃあ勿論・・・」

そこから先はブルの孫の話で持ち切りになった。

いやはや若い者の話というのは不思議と希望が湧いて来るものだから不思議な物である。

孫の話題から少しして、ブルに山の変化を聞きながら久しぶりの山の見回りをしていると、地面に何やら違和感を覚えた。

・・・斜面を横切る様な靴型の足跡とそれに踏み倒された様な倒れた草。

「ブル。ここ最近山に誰か入れたか?」

ここは十分過ぎる程山奥。

それにこの付き方はただの通行目的ではなさそうだ。

「いいや、何の許可も出てないね」

「・・・ゴブリンか何かだと良いんだが」

「ふん。賊だろうがゴブリンだろうが俺達の山に居ていい存在じゃねぇさ」

「違いない」

ブルは矢を番え、わしは杖を抜く。

まぁ、矢や杖と言ってもただの木の棒なのだが。

土に還る優しい武装である。

「・・・行くぞ」

「おう。頼りにしてるぜ、相棒」

「ははっ。こっちこそ」

さぁ賊狩りの始まりだ。