Chapter 3 - 2
真っ暗な廊下を必死に走り、素足の冷えを感じながら、飛華流は助けを求めて声を上げる。
「うわぁーーーーっ ! た、助けてーーっ! ママーーーーッ ! パパーーーーッ !」
すると、上品な顔を歪ませた中年の女性がダイニングルームから出てきた。この女性は、飛華流の母親の|上野守莉《うえのまもり》だ。
|守莉《まもり》は、飛華流に注意する。
「ちょっと、静かにしなさい。今、何時だと思ってるの。近所迷惑よ !」
「ママ、あのね……僕の部屋に知らない女の子が居るんだ」
涙目になりながら必死に訴える飛華流に、守莉は垂れた目を丸くさせる。
「え、それって……本当に ?」
飛華流が頷きかけた頃には、守莉は急足でリビングルームへ向かっていた。彼女の後に、飛華流はついていく。
「た、大変っ ! ちょっとー、パパーーッ !」
慌てた様子で接近してくる守莉を、コーヒーを飲んでくつろいでいた中年の男性が不思議そうに眺める。
「……んっ ?」
「どうしよう。飛華流の部屋に、誰か居るらしいの……ねえ、一緒に来て !」
守莉の言葉を聞くなり、中年男性はコーヒーを口から盛大に吹き出してしまう。
「ブフォーーーーッ !」
彼は一家の大黒柱、|上野直志《うえのただし》。突然、耳を疑う様な衝撃的な話をされたのだから、驚いてしまうのは仕方がない事だ。
けれど、カーペットへ寝そべってゲームをしている幼い少年は、そんな父の間抜けなミスを許さない。気が強い彼は、|上野真誠《うえのまこと》。飛華流の、五つ年下の弟だ。
「うっわ……吐くなよ汚いな」
息子に冷たい目で睨まれている事など気にもせず、直志は驚きを露わにする。
「えーーっ ! ……うっそー ! まじでー ?」
飛び散ってソファーに染み込んだコーヒーを、直志はウェットティッシュでゴシゴシと拭き始めた。そして、彼は再び口を開く。
「……でも、どうやって飛華流の部屋に侵入して来たのー ?」
「そんな事、ママに聞かれても分かる訳ないでしょー ? ほら、早く来て !」
涙目になりながら、守莉は直志の服の袖を引っ張った。
「しまった…汚しちゃった」
そう呟き、なんとかして汚れをどうにか取ろうとしていた直志だったが、諦めてソファーから腰を上げる。
そうして、何が起きたのかと綺麗な顔を上げる|真誠《まこと》を置いて、直志は守莉と共に飛華流の方へ歩いていく。
もたもたしていた二人に待たされていた飛華流は、目に涙を浮かべて不満を口にする。
「何、もたもたしてるんだっ ! 遅いよ二人共っ ! 今、一大事なんだよっ !」
「きゃーー ! ひ、飛華流……後ろー !」
いきなり叫び声を上げた守莉は、飛華流の背後に怯えた瞳を向けている。それは、その隣に居る直志も同様だった。