Chapter 2 - 第二話 主人公へ続く短い旅の始まり
「イフルート!!」
たった今二度寝を決め込んだ訳だが、物語的には「やっぱり」と言うべきか「ナイスタイミング」と言うべきか。
鼻息を荒くした我がパーティーの魔法少女が、王宮の一等客室である事もお構い無しに両開きの重い観音扉を炎系の中級魔法でぶち破って来た。
職人が丹精込めて作ったと思われる艶やかな装飾が美しかった荘厳な扉も、その大半が黒く焼け焦げては、ただのごみ。
そんな事よりこの扉の弁償をしなければならないと思うと、気分は更に落ち込んでいく。
「おい!ヘッポコ勇者!いつまで寝てるのよ!」
仮にも勇者のこの俺を『ヘッポコ』扱いする彼女はミランダだ。高名高い東の魔女が最後の弟子にして、現存する魔女の頂点に君臨する【カイザー】の称号を若干14歳にして与えられた超天才だ。
「ポコマス!早くメシを食えー!そして出発だー!」
「ポコマス様。さすがに寝過ぎかと。。」
後ろに控えていた、筋肉隆々でいかにも脳筋と言った風貌の大男は、うちのタンクのロウバー。元々は国王軍の聖騎士長だったが、数年前に北の国であった魔王軍との戦争で大きな戦果を上げ、それ以来【北の英雄】と呼ばれている。
最後にようやく俺を勇者扱いしてくれていたのが、ヒーラーのアスティルだ。彼女は神と人間の間に生まれた『半神』で重傷の騎士100人を一瞬で全快、さらに肉体を活性化させる事ができ、兵士たちからは【女神】と呼ばれ、熱狂的な信者を抱える人気者だ。
【カイザー】に【北の英雄】に【女神】の彼らは歴代最強のパーティーメンバーと呼ばれ、今日、この日まで国中、いや全人類へ大きな希望を与え続けて来たのだ。
ただ1人。【勇者】を除いて。
「これが人生最後の寝坊になるかもしれないだろ?ちょっとは大目に見てくれよ。」
「もう!そんなんだからハズレ勇者だのお飾り勇者だの馬鹿にされるのよ?そうね、この場で炭になるか、魔王に炭にされるか選びなさい。」
「どっちにしろ炭になるんじゃないか!」
「うるさい!!」
ミランダはそう言うと、杖の先をこちらに向け究極魔法の序文を唱え始めた。
空中に小さな火の玉が出現し徐々にそれが肥大化していく。
「行く!今すぐ行くってば!早くその物騒な塊をどうにかしてくれ!」
俺がベッドから飛び起きた事を確認したミランダが急に詠唱を辞めると、激しい熱風を撒き散らしながら火球は渦を巻き始めついには消失した。
「10分後の12の刻に正門集合!遅れたら今度こそ炭にするからね!」
「・・・これだからお子ちゃまは嫌いなんだ。」
「今何か言った?」
「う、、な、何も言ってないよ!そっちこそ遅れるなよな!」
ミランダは突き刺すような眼差しで俺を牽制しつつも、ふんと鼻を鳴らすと、かろうじて蝶つがいが可動している片側の扉から、あたかも何事もなかった様に出て行くのであった。
「いざとなれば盾になってやるから安心しろ!まあ出来るだけ遅れてくれるなよ!」
大きな笑い声とともにロウバーも部屋を後にする。相変わらずの自信家っぷりだが、ならば先ほどの大ピンチにも身を乗り出して守って欲しかった所だ。
「あの、、、」
ロウバーの後ろ姿を若干ふて腐れながら見送っていると、アスティルが俺の服の袖を引っ張りながら、何か話したそうにしていた。身長差から自然と上目遣いになり何故か頬を赤らめている。
大半の男なら一瞬で心を奪われる行為だが、俺は動じない。
何故ならこの3年間、共に旅をし分かっているから。
彼女は生粋のモテ体質であり、対異性に於いては女神ならぬ、むしろ【小悪魔】だと言う事を。もちろん自分に異性として興味を持っていない事も知っている。
「な、何かな、アスティル?」
「朝ごはんは私が用意して行くので安心してくださいね!」
そう言ってアスティルは恥ずかしそうに小走りで、部屋を出て行った。
何という女だ。これで俺に対してラブの感情が一切無いのが驚きだ。この3年間、君をヒロインだと勘違いした俺は何度もアプローチをし尽く粉砕されて来た。もはや名人芸の領域だ。
「はぁ。」
大きな溜息を吐き、時計をチラリと視認。そして自分の目を疑い、綺麗な二度見を繰り出す。
「あと5分かよ!まずい急げ。」
俺は甲冑を急いで装着すると、蝶つがいの可動している方の扉を開けて部屋を出るも数秒後に再び戻って来ていた。
「忘れ物っと」
ベッドの横に置いた『聖剣』をまるで、雨が降りそうだったので傘取りに戻って来ました。の様なテンションで手に取り。再度全速力で正門を目指すのであった。