俺様(魔王)の新世界征服!

Chapter 3 - 第三話 やっぱり主人公?いえ違います。

しゃいにんぐ社員2020/08/22 08:49
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ーエスター城正門・内側


起きた直後に全力疾走をしたせいか、正門に着いて数分経つと言うのに心臓の鼓動が正常に戻らない。本日乗車予定の背の高い馬車の横側に小さく伸びた影の中でへたり込むように座っているとロウバーは「勇者様は休んどいてくれ」とニシシと笑いながら積荷をまとめ、手際よく馬車の中へ詰め込んでいる。

貴重な男手の1人としては、こういう時こそ役に立ちたい思いもあるが、裏腹に体は休息を優先していた。


「ほんっとだらしないわね。そんなんだからアスティルに何回もフラれるのよ。」


「いやー。本当に面目ない。」


ぐうの音も出ない正論だ。俺が勇者という事を加点材料にした所で、男として頼りになるのは間違い無くロウバーの方だ。俺が女子でも俺を好きにならないだろう。


「所で、そのアスティルはどこにいるんだ?さては遅刻ですかな?」


「そうね。後でちゃんとお礼しておきなさいよ。あんたがモタモタしてるから、代わりに国王様へ出立の挨拶をしに行って来れてるのよ。本当はあんたの仕事なのよ。」


「・・・面目ない。」


「ったく。世話のかかる男ね。」


ロウバーが荷物を一通り積み終えた頃には、俺の心臓も正常な脈動に取り戻していた。不意に空を眺めると、これから生死を懸けた戦いに向かうのが信じられなくなる程の気持ちの良い穏やかな天候である事に気付かされる。

本来なら今頃、家畜の世話がひと段落して、温かい両親と可愛い妹、愛犬のマロとチロで食卓を囲み、午後のティータイムでも始めている所ではないだろうか。

勇者なんて聞こえは良いが、言い換えれば全人類を代表した贄だ。自分の意思とは関係なく戦うことを強いられる世界で一番不幸な存在ではないか。

考えたくもないが、そんな深い様で浅い勇者論を執筆しそうになる天候だ。


普段は『待つ』と言う犬でもできる事が出来ないミランダだが今日は珍しく大人しくしている。いつもなら『遅い!』だの『迎えに行く!』だの言い出しては手が付けられないし、さっきだって扉を打ち破ってまで俺を起こしに来るという暴挙に打って出た。彼女にとっても今日という日は特別なのだろう。横暴で我儘で歳下だと言うことをついつい忘れそうになるが、こうして後ろ姿を見るとその小さな背中は妹を彷彿させる。


『この子は守らなければならない』


ふと、柄にも無くそんな思いが込み上げて来た事に驚きもしたが、そんな自分がいる事が嬉しくもあった。


「あ、帰って来たわよ!」


ミランダが声を上げる。

城の重そうな正面扉を兵士が2人がかりで開けると中からアスティルが出て来た。まるでこの城のお姫様の様な優雅で美しい佇まいは王様との謁見直後だからだろうか。アスティルの後ろから初老だが背筋が伸び、筋肉質で上背もある、立派な白髭を蓄えた男が付いてくる。


「げっ、王様!」


「ポコマス殿、『げっ』って言ったよねー?聞こえちゃってるよ?」


あまりのフレンドリーさについつい無礼を働いてしまうのが恒例だが、この人こそがこのエスター城の王様、【コーネリアス・エスター】だ。18代に渡りこの地【エスターテイル】の覇者として君臨し続け、歴代の勇者は全てこの城を拠点にして来たのだった。


「て言うかさ。声くらい掛けてよー。いや、アスティルちゃんには掛けてもらったよ?でもやっぱ勇者でしょ?ここは勇者でしょ?」


俺はこの男が大好きだった。

正直言って、誰も俺には期待していない。ただ、聖剣『デュアルサス』に選ばれた唯一の人間、魔王に致命傷を与えられる可能性のある唯一の人間と言うだけで、実力は紛れも無く歴代最弱。

その実態は何の下地もない農家の長男が3年間魔法や剣技の修行を死ぬ気でやっただけに過ぎない。

最近ようやく中級魔獣を倒せる様になったばかりなのだ。


しかし、王様はそんな俺の事をちゃんと勇者として見てくれる。接してくれる。

期待してくれているのだ。

この王様へ、俺は恩返しがしたい。

そう思うと今まで枯れ果てていた筈のやる気が、まるで活火山の如く湧き出てくる。


「王様。申し訳ございません。俺、、、頑張って魔王倒して来ます!」


「ポコマス殿、、、」


王様は俺の肩をそっと二、三度を叩く。そして何も言わずに正門の正面に立つと。急に目を見開き門番へ号令を掛けた。


「門を開けよ!勇者の出発じゃ!」


石造りの重厚な扉が開門すると正面口から街の中央部まで続く太い大通りの沿道は国民たちで埋め尽くされていた。


『きゃー!ロウバー様よ!あの太い腕で抱きしめられたいわー!』


『我らの女神アスティル様に敬礼を捧げよー!』


『魔女っ子ミランダちゃん可愛いー!』


確かに俺への声援はない。一つもない。

しかし俺には最強の仲間がいる。そして信じてくれる王様もいる。それだけで十分ではないか。


コーネリアス王は一歩、また一歩と前へ出る。この特別な旅立ちに、何という花向けの言葉をくれるのだろうか。俺はその言葉を胸に頑張ろう。


コーネリアスは一つ大きな咳払いをすると、瞬く間に歓声が止み、皆、王の言葉を聞く態勢へと入る。コーネリアスの偉大さを改めて垣間見た気がした。


「諸君!!今日まで本当に良く頑張ってくれた!今日まで本当に良く耐え忍んでくれた!諸君らの努力が今日この日、実を結び大輪の花を咲かせる事になる!わしはそう信じておる!」


『うおー!!コーネリアス王!!』


大きなジェスチャーと自信のある声。

カリスマとはこう言う事だと言わんばかりの演説に聴衆も沸き立つ。


「ここにおる『北の英雄・ロウバー』!『若きカイザー・ミランダ』!『戦いの女神・アスティル』!紛れも無く歴代最強の戦士たちじゃ!彼らがいる限り、我らは魔王になぞ負けん!!」


『そうだー!!負けるはずねー!!』


もはや怒号にも似た喝采がコーネリアス王と他三人に向けられる。ロウバーは負けじと大声で叫び、ミランダは大きな三角帽子で顔を隠し、アスティルは意外にも平然と手を振って見せた。


「そして、、、『勇者・ポコマス』!!皆は彼を誤解しておる!!」


「王様、、、」


俺は涙を堪えてコーネリアス王の演説に耳を傾ける。


「彼は確かに弱い!!歴代最弱じゃ!!何だったらわしの方がまだイケてる!!しかし彼の努力は本物じゃった!!一日中剣を振り、魔法を放ち、修行を重ねてもなお強くなれんかった!!ただただ才能のカケラも無かっただけなのじゃ!!彼を責めないで欲しい。もしこのパーティーで負ける理由があるのなら間違いなく最弱な勇者のせいじゃ!!足を引っ張る姿が容易に想像できる!!しかし無駄と知りながら頑張って来たのじゃ!!その絶望ははかり知れん。。想像してみよ!メスヤギでもないのに赤子を産めると信じるオスヤギを!!皆で彼に『頑張ったで賞』をあげようではないか!!」


『ポコマスー!おまえすげーな!』


『何か知らないが泣けるぞー!』


不意に空を眺めると、これから生死を懸けた戦いに向かうのが信じられなくなる程の気持ちの良い穏やかな天候である事に気付かされる。

本当に心が洗われるように清々しい天気だ。


この後俺は、コーネリアス王の右頬に渾身の右ストレートを喰らわすと、ロウバーは俺を羽交い締めにし馬車へ押し込み、逃げるように王都を後に知るのであった。