ローマでお買い物!(第十部)

Chapter 1 - 第三十一章 再会

進藤 進2022/02/15 21:40
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マンション前の路地の交差点で、男はスーツケースを持ったままためらっていた。


メモにある住所とマンションの名前が一致している。


男は目を上にあげ、6階の窓を見た。


たぶんあの窓のどこかが、さゆりの部屋のはずである。


605号室とメモにあったからだ。


イタリアから電話したいと思ったが、高田に冷やかされる前に最初は二人きりで会いたかったのと、さゆりのマンションへの道を自分自身でたどり、さゆりへの気持ちを確かめたかったのだ。


だが、いざマンションの目の前に来てみると色々な事が頭をよぎり、中々踏み出せずにいた。


さっきから、こうして三十分以上もマンションの前を行ったり来たりしている。


さゆりは出窓に手をついて外を眺めて、ため息をついていた。


あれから、卓也から電話がかかってこない。


何か事故でもあったのであろうか。


色々な不安が頭をよぎって落ち着かなかった。


昨日は一日中部屋にこもり、電話を待っていたのに。


順調にチケットがとれれば、今朝日本に着いているはずである。


やるせない気分のまま、ふと通りを見ると人の影が伸びている。


よく目をこらしてみると、卓也であった。


スーツケースを持ってウロウロしている。


さゆりは窓を開けて手を振ろうかと思ってやめた。


昨日は一日中ヤキモキしていたのだ。


どんな理由があるにせよ、人をバカにするにもホドがある。


さゆりは窓の下に座り込み、隠れて待たせてやろうと思った。


絶対男の方から、この部屋にやってこさせないと気がすまなかった。


もし、やってきたら・・・優しく抱いてキスしてあげようと思った。


心の中は、うれしさでいっぱいであった。


時計の針は中々進まない。


もう一度、窓から外を見た。


まだ路地をウロウロしている。


さゆりは、いてもたってもいられず、気がつくとエレベーターをおりていた。


男にわからないように、反対側の道を大回りして男の背後に忍び寄った。 


大きな背中を丸めてマンションをうかがう男の背中を、思いきり突き飛ばした。


男が驚いて振り向くと、さゆりが怒った顔をしてにらんでいる。


男はしどろもどろで言い訳を始めた。


「いや・・・あの・・・その・・・心配をかけて・・・どうも・・・。あっ、電話しようと思ったんだけど・・・すぐチケットがとれて・・・て、手続きに時間がかかって・・・そしたら、もう飛行機に乗る時間で・・あの・・・その・・・。」


女は男のそばにゆっくり近寄り、男の肩におでこをあてている。


そして男の汗臭いにおいを胸いっぱい吸うと、優しい声でささやいた。


「お帰りなさい・・・。」


男は広げていた両手で女を恐る恐る抱きしめると、女の髪に頬をあてて言った。


「ただいま・・・ごめんね、心配かけて・・・・。」

 

女は何も言わず、うるんだ瞳を男に向けて微笑むと、そっと目を閉じた。


涙がひとしずく伝わった。


男は女を抱く力を強めると唇を重ねた。


やはり・・・涙の味がした。


ツバメが二羽、空をまっている。


太陽がもう真上の方まで昇り、二人の影を短くおとしている。


今日、男は帰ってきた。

生きて、帰ってきた。


女は男の背中に回した細い指を、爪立てるようにして存在を確かめている。


ここは日本である。


まぎれもなく、二人は一緒にいる。


生きていてよかった。


しみじみと思う卓也だった。


     ※※※※※※※※※※※  


「そうそう、例の4億リラの指輪ってのはどこにあるんだい・・・?」


さゆりが引き出し奥からダイヤを取り出すと、広子もそばに来て目を輝かせた。


「フェーッ、こいつはスゴイや。4億リラだけの値打ちはあるぜ。」


「3億5000万リラですよ。5000万リラまけてくれたんですよ、セールで・・ね。」


卓也が笑いながら言った。


「てやんでぇー・・・何がセールだ。しかし思い切ったよなぁ・・。」


「どうせ死んじゃうし、お金残しても仕方ないと、思ってましたからね。」


卓也が言うと、さゆりが又、不安そうな顔をした。


「でも、きれいねー。ステキ・・・私も欲しいわ・・・。」


広子がチラッと高田の方を見た。


「ウ・・オホン・・・まー何だな、それよりこれから、どうするんだよ・・・・?」


さゆりから連絡を受けた高田と広子が、マンションを訪れていた。


卓也の無事を心から祝っているのだが、落ち着いてみると新たな問題があった。


「この不景気に会社も辞めてるって・・・。」


さゆりが遮って、深刻な表情で言った。


「私・・・この指、輪売ろうと思うんです・・・・。」


「バ、バカ言っちゃいけないよー、さゆりちゃん。せっかくの思い出の品を・・・。まー俺にまかせとけよ、まだ年だって若いし、いい大学出てるんだ・・・・。いくらでも職を世話してやるよ。こう見えても編集長様だぜ。」


広子も、さゆりの肩に手をかけて言った。


「そうよ・・・何とかなるわよ。それに、その指輪イニシャル入ってるんでしょ?安く、買いたたかれちゃうわ・・・。」


そう言われて、さゆりはうつ向いてしまった。


やはり、これからの二人の生活を想うと不安になるのだった。


その時、卓也がスーツケースからセーフティーバッグを取り出し、おずおずと言った。


「あの・・・さゆりさん・・・これ・・・。」 


バッグから分厚い札束をテーブルに出した。


三人は目を大きく開いて、それを見た。

 

「ど、どうしたんだよ・・・これ・・・。いったい、いくらあるんだ?」


高田があせりながら言った。


「2億リラあるんです・・・実は・・・。」


卓也は恥ずかしそうに話しだした。


電話を切ってからバーのカジノを発見し、ルーレットで儲けた事、店のオーナーとの対話などを。


三人は男の話に聞き入り、ハラハラしたり歓声をあげたりした。


さゆりは終始不安気に聞いており、卓也の想像したとおり涙をこぼしながら言った。


「もうー、どうしてそんな無茶するのよー・・・・?せっかくガンじゃなくて、死ななかったのに。もしピストルででも撃たれたら・・・。」


卓也の胸に、もがくようにして抱かれている。


広子も涙をにじませて二人を見つめている。


高田は咳払いすると、おもむろに言った。


「ま、まー・・・何にせよ、良かった。これ、すげーぜ、1600万円ぐらいになる。これだけあれば何だって出来る。うーん、少くとも俺よりは金持ちである事は確実だ・・・。」


「そんな事・・・・自慢しないでよ。」


広子が呆れた口調で言うと、三人は笑い出した。


さゆりも顔を上げ、涙を拭きながら笑っている。


「じゃあ、そろそろ失礼するか。」


高田が広子の手をとって、立ち上がった。


「まだ、いいじゃないですか。」


卓也が引き止めると、


「ヤボ言うんじゃねえよ。これ以上邪魔すると又、さゆりちゃんに怒られるからな。それに俺達だって新婚ホヤホヤなんだよ。ねえ~、広子たーん・・・?」


広子は笑いながら高田の腕をとると言った。


「じゃあね、さゆりちゃん、今度はうちの方へ遊びに来てね。」

 

「そうだぞー、広子たんは俺と違って金持ちなんだぞー。」


さゆりが微笑むのを見ると、二人は手を振って廊下へ出た。


やがて下の方で車のエンジンの音がして、ゆっくり発進していった。


さゆりは大事そうに指輪とお金をバッグに入れて、タンスにしまった。


そして、卓也に抱きついて言った。


「あとで銀行に行きましょう。指輪も貸金庫に預けなくっちゃっ、私、恐くて・・・。」


卓也は、さゆりの甘い匂いをくすぐったそうに吸い込みながら囁いた。


「ああ・・・そうだね、そうしよう・・・あと・・・でね。」


初夏のさわやかな風が部屋を通り抜けていく。


タンスの上の小さな人形が倒れた。


風のせいだけではなさそうだ。


ツバメは巣作りを終えたのか、仲良くマンションの軒下に並んでいる。


今日もいい天気・・・である。