今宵のファンタジア  -モンスターが蔓延る世界にて-

Chapter 2 - 本編#1 少女との出合い

颯爽2020/08/06 06:58
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◇◇◇


(――あれ、ここは?)


ふと、少女の意識は覚醒した。頬を伝う固い地べたの感触から、少女は自身が地べたに横たわっているという事実に気づく。瞼を開けばハイライトの如く太陽がはっきりと映し出されて、輝きを増す真紅の瞳。眩しさに顔をしかめながら少女はゆっくりと上体を起こす。意識がまだはっきりとしていないながらも、辺りを見渡す少女の視界に映り込むのは高い建物が立ち並ぶ街の景色だった。そして自身がその内の一つである建物の屋上にいるということも認知する。


「あれ、目が覚めた? おはよう」


その声は少女の背後から聞こえた。声がした方に彼女がゆっくりと振り返ると、そこにいたのは彼女とほぼ同い年の少女。首元まで伸びたラベンダーの頭髪は風に吹かれ、たわやかになびいている。そんな彼女の蒼い瞳から射抜かれる視線は、暖かくて安心感さえ得られるようなものだった。ヘッドフォンを首元にかけ、オーバーシャツに身を包んでいる彼女はどこか若者の気質というものを感じさせる。彼女は頬にかかる頭髪をそっと払い、小さな耳を曝け出し笑った。そんな彼女の可憐さに思わず圧倒され、


「……おっ、おはようございます」


と視線を背け、顔を真っ赤に染めながら小さく会釈。

そんな少女の様子を静かに見届けると、


「うんうん、元気で何より。私はチフユっていうの、よろしくね。

 ――ところで怪我とかはしてない? 大丈夫?」


チフユと名乗った少女は口籠る彼女を見下ろながら、彼女の身を案じる声を発する。そしてこちらに向かって歩み寄り、目の前で屈み込込んだ。彼女と至近距離で対面することで瞳に映り込むきめ細やかな肌。彼女の可憐さをより一層感じた挙句、緊張感のようなものに全身を蝕められ、言葉を失ってしまった少女。足先をツンツンと指差し、足を挫いているという事実を告げる。会話を介さずとしても間接的に意思疎通を取るという手段に出たのだ。


「……足を挫いているのね。通りで街に一人取り残されていたってわけか」


ふと表情を曇らせ、ため息をこぼした考え込むような動作を取ったチフユ。しばらく間を入れ、彼女は少女の足元に指先を付き出し、瞼を緩やかに閉じて深呼吸を施す。すると彼女の全身が煮えたぎる藍色のオーラに包まれていった。


「― ―― ―――……!!」


彼女の唇が僅かながら上下していることから、何か呪文のようなものを唱えているのが分かる。刹那、先ほどまで彼女の全身を包んでいたオーラが彼女の指先の一点に集まっていった。やがてオーラは一点に凝縮されるが如く膨張していき、淡い藍色の光を放つ握り拳ほどの大きさの球に変化する。

「チフユさん……? これは?」

「――魔法よ、少し驚かせちゃった?

 安心して、そんな物騒なものじゃないから」


不安に表情を曇らせる少女に彼女は朗らかな笑い声を漏らして微笑む。

次の瞬間、彼女の指先に宿っていた光球が少女の足に向かって放たれた。緩やかに弧を描く光球は少女の透き通った白い肌に触れると、彼女の足全体を塗りたぐるように溶け出していく。足を流れる血液と共に伝っていくひんやりとした感覚。足に巣食っていた痛みが完全に引けているということに彼女が気づいたのも束の間であった。


「どう? 足の調子は」

「足が痛みがない……!?」


足が本当に治っているのかどうか確かめるべく立ち上がる少女。つま先をトントンさせたり、ちょ

っとツイストさせてみたり、その場で軽く飛び跳ねてみたり……。


「凄いっ!! さっきまでの痛みがまるで嘘みたい!!」


無邪気な笑みをこぼしながらはしゃぐ少女の姿に一瞬戸惑いを見せつつも、チフユもまた微笑み返す。先ほどまで口籠っていた少女はどこにいってしまったのやら。ふと少女は屋上の縁部に歩み寄り、鉄柵に手を置いて息を漏らした。彼女の視界に広がっていったのは行き交う人混みで満たされた街。人々の喧騒が耐えない大通りにそれに沿うのように立ち並ぶ建物の数々。それらを遠くを見透かすよう徐々に遠くに送られていく少女の目線を上げていった。しかしある一点のタイミングを期に彼女の背中を悪寒が駆け走る。恐怖に苛まれた少女は震える手でゆっくりと遠方を指差しながら


「チ、チフユさん……? あれは一体何――」


彼女が指差す先に広がっていたのは粉塵が舞う空疎と化した街。吹き上がる風と共に散乱するコンクリートの欠片が所狭しと散りばめられていた。街に立ち並んでいた電柱は倒れ込んでおり、途切れた電線の先から火花が飛び散っている。そしてその先にいのは街を覆い尽くしてしまう身の丈の大きな影。


彼女を死の恐怖に引きずり込んだ存在そのものでもあった――