颯爽2020/08/06 07:18
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◇◇◇


『『キシャアア──』』


その瞳に写っていたのは、荒れ狂う大波の如く街を破壊し尽くす怪物の姿だった。怪物の胴から生え揃った足が街を木端微塵に粉砕していき、手付かずのまま放置されていた建物の照明は飛び散るガラスと共に飛散していく。街に並んでいく建物はその攻撃を食らうたび、崩れ落ちていった。少女の瞳に写るのはそんな殺風景。彼女と怪物の間には相当な距離で隔てられているにもかからわず、街が崩れ落ちていく音の響きがこちらにまで鮮明に伝ってくるようであった。形あるものが壊されていき、なんの感慨もないただの破片に変わっていくという地獄絵図。


「怪物が街を──…」


そんな光景に気圧されたように後ずさりをし、少女は塞ぎ切らない口元を覆い隠す。荒々しい呼吸を繰り返し咽んだ少女は、傍らで佇むチフユに視線を合わせ彼女の懐に抱きついた。体にふと走った衝動に駆られるがまま、少女と共に重心が崩れゆくチフユは「わっ!?」と思わず反射的な声を荒げ、倒れ込んでしまった。チフユの全身に馬のりになるように倒れ込みんだ挙げ句、恐怖を苛まれてしばらくの間、瞳を閉じていた少女。やがて自身の顔がチフユと至近距離にあったことに気付いた少女は、


「ごっ、ごめんなさいっ!! 私ったら……!!」


真っ赤に染まり上がった顔全体を両手で覆い隠した。チフユはそんな少女の有り様を一通り見届け覚束ない足取りで立ち上がると、少女にそっと手を差し出す。少女もまた彼女に手を引かれるように立ち上がった。


「無理もないわ、むしろ君の反応の方が正しいって言っても過言じゃない」


|項垂《うなだ》れる少女に軽くフォローし、チフユは一言。少女は顔を覆い隠していた両手をそっと引き離し、彼女のことを不思議そうに凝視する。


「でもね、ここは怪物の視界に映り込むようなことさえなければ

 怪物の攻撃を食らうようなこともない、だから安心して。

 いわば『聖域・・』って言ったところね」


どうやらこの街は怪物の干渉を受けない『聖域』といった場所らしい。少女がチフユの説明で理解できた内容はそれだけの内容である。イマイチ核心を射ていないような説明に表情を曇らせ、少女は「……聖域?」と聞き返す。


「そう、『聖域』──。

 私達が今いる’’セイクリッドの街’’は半球状のバリアで街全体が覆われているの」

「は、半球状のばりあですか……?」


あまり聞き慣れない言葉に戸惑いを隠しきれずに、少女は首を傾けた。

そんな少女の反応を見届けたチフユは掌を空高く掲げ、


「まあ、確かに目に見えないものを信じろって信憑性に欠けるよね。

 実際に見せてあげるから、その目に焼き付けておいて」


と言い残し、空に向かって小さな氷の飛礫つぶてを放った。緩急のスピードを一切付けることなく登りゆく氷の飛礫。やがてそれらはある一定の高度に達したのを堺に粉々に砕け散ってしまった。そして氷の砕け散った箇所から水紋の如く緩やかに広がっていく波紋。その光景はあたかもこの街全体が半球状のバリアで覆われているのを物語っているようだ

った。しっかりとその光景を目に焼き付けた少女は、


「あれがチフユさんの言う’’バリアー’’なんですね……。

 回復魔法のみならず、氷の塊を放つこともできるなんて」

「なんだか、さん付けで呼ばれると照れちゃうな。

 君にそう呼ばれるとなんだか……、ね」


そう言い残しチフユは照れくさそうに自身の頬に手を添える。少女に褒め称えられ、ちょっと顔を赤らめせて上機嫌になったチフユ。間髪入れずに少女に向かって問いただした。


「気を取り直して、コホンッ。そういえば、君のことはまだ何も聞いていなかったね。

 そんでもって君の名前、教えてくれるかな?」


風になびく髪の毛を片手で押さえ込む彼女の肩が一瞬僅かながらに上下したのが分かる。そんな彼女の問い掛けに対し、|踵《きびす》を返して応じようとする少女。しかし、ふとした刹那を期に彼女は黙り込んでしまった。ぼんやりとした視界を見やる少女が脳内で感じていたのは虚ろな感覚。次の瞬間、少女は自分という存在を形成していたはずの|何《・》|か《・》が欠けているということに気づく。


「……私は一体、誰なの?」


頭を抱え込み何度も項垂れる少女はそう呟いた。何もかもが釈然とせず、凍てつく少女の全身。受け入れがたい現実に満たされることはない喪失感、いくら足掻いても無駄な現実に己に対して抱いた懐疑の念。それは次第に全身へと伝わっていき、挙げ句の果てには彼女の全身を蝕むものへと変貌する。


「ハア、ハァ、私は誰──…」


時が経つにつれて呼吸が荒々しくなっていく。そんな少女にチフユも思わず慌てふためき、少女の元へ駆け寄った。そしてチフユは激しく上下する彼女の背をそっと背を擦って、彼女に少しでも安らぎを与えようと試みる。そう何を隠そう、


少女が失っていたのは、’’記憶そのもの・・・・・・’’であった──。