終末歌姫の黙示録

Chapter 3 - 展開~終末歌姫アポカリプス

須賀川めねす2020/08/05 17:07
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カノンは、目の前の両足で立ち尽くしている獣を虚ろな目で見つめていた。どうやら、先程一心不乱でピアノを弾き"調律"が発動していた間、ずっと魔力を消費し続けていたようだった。

"調律"の効果は、感情の乗った打鍵音を聴かせることで、聴いた対象にその感情を強く与える…といったところだろうか。私が悲しい音を出したから、獣も悲しくなったということだろう、とカノンは考える。

ミケの「精神を好きなようにに操る」という説明で、なんだか騙されたなあとカノンは感じた。

(全然、好きなように操れてないじゃない…)





疲労困憊という状態であるが、目の前の獣は先程までここ一帯の森を破壊し続けていた張本人だ。獣の後ろに広がる惨状と、未だ涙を流し続ける獣とを見比べ、カノンはどう動くべきか考えていた…









とりあえず、この獣の音を"聴こう"。

そう思い、暴力的な破壊音と命の危険からくる恐怖から遮断していた聴覚を、蘇らせていく。カノンの中にある"調律のイデア"の力は、獣に流れる音をカノンの全身に伝えていく…

それは荘厳ながら落ち着いた、どこか悲しさのあるメロディだった。先程まで荒れ狂うように、叩きつけるように、破壊的に喚き散らしていた不協和音とは、まるで違うものだった。

この獣は、もう私に襲ってこない…そうカノンは確信すると、深い深い溜息をついて、その場に座りこんだ。









とそこへ、目の前の二足歩行マッチョ獣がこちらにドスンドスンと近づき、話しかけてきた。その見た目から思わず「ひぃっ」と後ずさりしてしまうカノンであった。



「吾輩は、ギリアム・サトゥルヌスである。元々は魔物軍の軍団長をやっていたのだが、四百年ほど前の戦いの途中、恥ずかしながら自分の力を制御できず、それから狂うように暴れることしか出来ぬようになっていた。貴女の不思議な力により体の中の破壊衝動が抑えられた。誠、感謝の極みである」



ギリアムと名乗る獣は、軽く頭を下げながらこのようなことを言っていた。



「は、はは…そうですか、お互い大変ですね」



先程あと一歩間違えれば殺されるというところまで追い詰められた相手にカノンは、完全に見た目で圧倒されていた。



「ふむ、聞いたことのない言葉を使うのであるな…まあよい。吾輩の数百年に及ぶ暴虐を止めた貴女は一生の恩人となろう。礼をしたい、何でも言ってくれ。吾輩に壊せぬものなど、ないのだからな」



礼をと言われても…今の所この世界の誰にも恨みはないし、何を頼むにしてもこの人の破壊力じゃオーバーキルでしょ…とカノンはしばし考える。

「あぇ、あの、まずここがどこかわからなくて。出来たら近くの街に送ってほしいな~なんて…」



とにもかくにも、衛生的な場所で、楽にして休みたい。それがカノンの最優先の欲求であった。

すると、よくわからない、という疑問のメロディがギリアムから"聞こえ"てくる。どうやら日本語が伝わっていないようだ。"聞こえる"のに話せないとは、もどかしいものである…

カノンはパントマイムのような、声を出してはいけない縛りのお笑い芸人のような動きを2分ほど続けると、ようやく「なるほど…?」という感じの反応がギリアムから聞こえた。



「街へ、行きたい…と申すのだな?」

「はい!」

カノンは、笑顔で両腕を使い○の形を作る。この世界での○が肯定の意味であるとは限らないのだが…

「そのポーズはよくわからぬが、近くにあるネプテュヌス共和国まで吾輩の翼で送ろう。肩に乗るがよい」

カノンの言葉が全く理解できない一方、ギリアムの言葉はほぼカノンに通じているらしいことにギリアムは疑問に思いながらも、これ程の力を持った人ならば何か事情があるのだろう、とギリアムは考えることにした。

ギリアムはしゃがみこみ、カノンに肩を貸した。カノンはキーボードを小脇に抱え、片手を使い「とぉっ」とギリアムの背中を登る。

猛ダッシュで辺りを破壊しながらこちらに来た上に、ムキムキで隠れていて今まで気付かなかったが、よく見るとその背中には小さく羽があった。





「では、参るぞ。しっかりつかまっていろ」

「♪~」

ギリアムは肩に乗った小さい女の子を振り落とさぬよう慎重に高度を上げながら、離陸していく。破壊神然とした筋肉ムキムキマッチョマンは、存外紳士的であった。

カノンはそれに、地球のインターネット上で流行っていた曲の鼻歌で応える。「終末歌姫アポカリプス」という彼女が地球で有名になるきっかけになった楽曲は、何十年経とうが弾き語りをできる自信がカノンにはあった。









しばらく飛ぶと、空から見える景色はやがて雄大な山となった。緑や赤、紫の葉っぱの木が不規則に立ち並び、不思議なまだら模様を描いていた。標高2000mはあろうかというもので、カノンの足でこの山を越えるのは困難であろう。

「久々に見る空からの眺めというのは、なんとも気持ちの良いものであるな。吾輩は破壊衝動に任せ、地上にある者どもに暴虐の限りを尽くしていたが故、こうして長距離を飛ぶということもなかった。重ね重ね、感謝するぞ」

「…」

「ふん、寝ておるか。他人を乗せて飛ぶことなどそれこそ数百年ぶりであるが故、振り落とさぬ保証はないのだがな…おっと」

完全に寝付いてしまったカノンの脇からぽろっとこぼれたキーボードを、ギリアムはすんでの所でキャッチする。

「これもさぞ大事なものなのであろう。まったく…警戒心のかけらもないというか」

と、ギリアムの肩ですやすやと寝付いているカノンの寝顔を見て、安心するギリアムであった。

その様子はさながら、妻が病気になり急に我が子のお守りをすることになった父親のようであった。



そのまたしばらくすると、街が見えてきた。あたりは行商人が行きかい、馬車のようなものに魔物が繋がれ、せっせと馬車を引いていたのが見えた。

「おい、街が見えたぞ。あれが我らがネプテュヌス共和国だ。どうだ、賑わっているだろう」

ギリアムは振り落とさないように注意を払いながらカノンを揺さぶると、カノンは「あぁあぁあぁ」と声を上げながら目覚めた。

「街!?お~…きれい!」

カノンは小学生らしい感想を漏らす。

白かえんじ色に統一された屋根の家屋が立ち並び、海に面している城はまるでテーマパークのような見た目をしていた。

透き通った海には行商人らしき船が行列を成していた。積荷をせっせと運ぶギリアムを小さくしたような魔物が、忙しなく動いている。





国境警備隊のような衛兵が並ぶ100mほど前にギリアムは着地する。ここからこのネプテュヌス共和国に入国するようだ。衛兵の前には500人ほどの馬車を含む行列ができている。



「この街で、暮らすんだ…」

キラキラと目を輝かせながらそうつぶやくカノンをギリアムは横目で見ると、言葉は通じずともこの街にかなりの期待を寄せているようだな、とギリアムは思う。

「ふむ…街で余裕を持った暮らしをしたければ、ちゃんとした働きをせねばな。といっても、貴女の力があれば容易であろう。持ち合わせはあるか?」

「えと…これしか」

そう言うと彼女は、先程摘み取ったねこじゃらしもどきをギリアムに見せる。

「これは…クォルの穂ではないか!これほど質が良ければ高値で売れるぞ。中に多くの魔力を有していてな、魔術師が大量に欲しがるのだ。滅多に見つからないはずなのだが…」

どうやら、腐るほど生えていたように見えた植物はかなり貴重らしかった。

「それを探索出来るほどの実力があるのでは、大丈夫そうだな。では、吾輩は森に戻ろう。こたびの貴女の不思議な術、見事であった」

そう言ってギリアムはカノンにキーボードを返すと、深々と頭を下げた後、森の方角へと飛び去っていった。来る時の5倍くらいのスピードは出ていたように見えた。

入国の手続きは簡単であった。

順番が回ってくると、衛兵に「こちらの記入をお願いします」と紙を渡された。ネプテュヌス語、だろうか…よくわからない言語が書かれた紙に名前を記入し、滞在目的という欄に「空と海がこんなにも青いから。」と書いたものを渡した。もちろんカノンは日本語で書いた。簡単な英語と、日本語しかカノンの知っている言語はない。

すると衛兵はその紙を見ずに机の上に置き、「ようこそネプテュヌス共和国へ」と言った。

この国の入国審査はかなりずさんなようだった。私は仮にも悪魔なんだけどいいのか、とカノンは思った。

しかし入国すると、様々な姿や体格をした魔物が、人間と同じかそれ以上歩き回っていた。入国の手続きで並んでた人達はほとんど人間だったのだが…本当にテーマパークみたいだな、とカノンはこの国へのワクワクが止まらなかった。







よし、とりあえずこのポーチの中身を売るところから始めよう!とカノンはそれっぽい店を探す。

街に入ったすぐそこの場所には、屋台や露天商達が所狭しと並んでいる。肉の串らしきものが「5ドゥカ」で売られていたり、服が「60ドゥカ」で売られたりしていた。

この国の通貨は、「ドゥカ」と言うらしい。



露天を見て回っていると、「ベティの魔道具屋」というものがカノンの耳に入る。ここで何々を買い取ってもらったということを話している人達の話を聞くと、早速そちらの方角に向かう。

そこには、薬らしいポスターが何枚も貼り付けられた、なんとも怪しい雰囲気の店があった。



カランカラン、という音とともに入店すると、そこにはしかめっ面をしながら紫色の飲み物を飲み、分厚い本を睨みつけているおばあさんが居た。

ピン、と張り詰めた音をそのおばあさんから感じ、話しかけるのに気後れしながら、カノンはカウンターの向こうに居るおばあさんにポーチの中身を見せて、親指と人差し指で○のハンドサインを取る。ギリアムから高価であると聞いていたので、ドヤ顔である。

「ふむ…買取の相談かね。嬢ちゃん、若いのによくこんなの見つけてくるねぇ……そうさね、全部まとめて400ドゥカでどうだい」

日本で使われていた「カネ」のハンドサインは、ここでも通じるみたいだ。

カノンは、おばあちゃんから流れてくる音がなんとも淀んだ、汚いメロディになるのを感じた。もしかして、騙されてる…?

と思いながらも、カノンはそれでいいよという風にうなずく。カノンには、交渉術がなかった。今まで金とかそういうのは、全部親と運営会社任せであった。





あんがとね嬢ちゃん、と笑顔で見送られたカノンは、おばあちゃんから流れてくる音が海に吹く風のように明るくなっていくのを感じる。よっぽど機嫌が良くなってしまったらしい。





今日は色々ありすぎて、疲れた。宿を探そう…そう思うと、今日はどこどこに泊まる、という人達の声がよく聞こえてくる。あそこの宿はボッタクリだとか、あそこは飯がうまいとか、そういう話だ。

その中から、きれいでご飯がおいしいと評判の宿に泊まることにした。「ブルネルスキの家」という名前だった。



フロントで70ドゥカを支払いチェックインを済ますと、宿屋の食堂に向かう。肉料理とジュースのようなものが振る舞われた。何の肉かは見ても"聞い"てもわからなかったが、とりあえずかかっているソースが美味しかった。

カノンは部屋に向かい、ベッドにうつ伏せになる。キーボードは、乱暴にベッドの隅に放り投げられた。部屋は八畳くらいあり、カノンには申し分ない広さであった。









カノンは、今日あったことを思い返す。普通に、死にかけたなあ…一回11年ちょっとで死んだのに、二度目の人生が5時間くらいで終わる所だった。人生RTA更新である。



とりあえず、このキーボードについて色々確認しておこう。カノンはそう思った。先程死にかけたのも、"調律"の使い方がよくわかっていなかったからというのが大きそうだとカノンは判断した。


彼女はキーボードの蓋を開け、その液晶画面に手をつける。まず、左から二番目にある「ステータス」のボタンを押してみる。すると、最大HP15、MP1200、SP10というカノンのステータスが表示された。HP以外の二つは、満身創痍といったところだった。加えて、ミケに貰った"調律のイデア"もしっかりとそこに表示されていた。えらくこざっぱりとしてる…とカノンは悲しくなった。カノンが遊んでいた王道のRPGゲームであれば、攻撃力とか魔力とかが数値化され、それをレベルを上げ伸ばすことで快感を得るのが普通であった。

「スキル」とかいっぱい手に入れて暴れまわりたかったのに…とカノンは実況で遊んでいたオープンワールド型RPGに思いを馳せる。





魔力の残りが表示されるだけまだありがたいか、とカノンは自分を納得させ、次にその右にある「メッセージ」を押す。

すると、朝に表示されたミケからのメッセージが画面に映し出された…と、カノンは画面の隅に「新規作成」と書かれたボタンがあるのを見つける。

それを押すと、液晶に入力画面のようなものが現れた。指で文字や絵を書けるようだ。「送信」というボタンが画面の右下にあるが、たぶんミケの元にしか届かないであろうな、とカノンは思う。こんな電子機器を持ち歩いている人は、この国のどこを探しても見当たらなかったし、"聞こえ"てこなかった。

「つ か れ た」とへろへろの文字を書き、「送信」ボタンを押す。



次に「アラーム」ボタンを押すと、23:00という表示がされた。午後11時ということだが、外はたった今、日が落ちるくらいである。時差か何かだろうか…。画面の右下に「設定」ボタンがあったが、ちゃんと朝起きる生活を続けたいと思ったので、カノンはそのままにした。





「プリセット」のボタンを押すと、画面に「録音開始」という表示がされた。

とりあえず、音量を外に聞こえない程度に絞り、最初に思いついた「終末歌姫アポカリプス」を弾き、画面右下にある「終了」ボタンを押す。「プリセット1に登録されました」という表示が出る。

再度「プリセット」のボタンを押すと、「プリセット1」「録音」「プリセット削除」と画面に表示された。「プリセット1」のボタンを押すと、さっき弾いたのと同じようなものが再生された。

"調律"ボタンを押した後にプリセット1を再生すると、少し楽しい気分になった…ような気がする。

よく見ると、画面の左上に「調律:ON」と表示されていた。

これを使うとなんだかちょっと疲れたような気がした。再度「ステータス」のボタンを押すと、空っぽになりかけていたMPが、本当に底をつきそうになっていた果に対してコスパが悪いのはどういうことだろう…

"調律"に使うには、もう少し感情を込めないとダメかな、と聞き返して思った。

"調律"のボタンをもう一度押すと「調律:OFF」と左上に表示され、5秒ほど後、表示が消えた。

意味があるのかはわからないが、納得がいくまで「終末歌姫アポカリプス」を弾くことにした。

「電源」を押すとキーボードの電源が落ち、また魔力を少し流すと電源が点いた。





これで、全部であるとカノンは判断した。

とりあえずこれからやることは、自分の身を守るために「プリセット」に色々な感情を籠めた音を詰め込むことか。たぶん、曲調によって籠めやすい感情は違うだろうから、自分の中にあるレパートリーからそれっぽいのを探そう…

そう考えると、あのとき単調な「カデンツ」に「悲しい」の感情を籠めるのはかなりコスパが悪かったのだろう。魔力は確かに体力に比べるとまあまあ多そうだが、冗談のように多そうではなかった。カノンは注意して使わなきゃと思った。







色々試したら、眠くなった。魔力とSPが枯渇しているのを、カノンは全身で感じていた。



"聞いた"限りだと、この辺にお風呂に該当する施設はなさそうだった。だが、この体は汗もかかず、垢も出ていなさそうだった。そこまでの不快感はなかった。

このまま寝てしまおう…そう考え、露天で買っておいた寝間着に着替え、寝ることにした。寝間着は、30ドゥカだった。





残り300ドゥカの使いみちを考えることもせず、カノンは眠りに就いた。外はもう暗い。













と、その時、部屋にいつの間にか「いた」人が、カノンに声をかける。



「やっほ~、元気してる?ああ、『つかれた』って言ってたからそうでもないかあ」



ミケが、いつの間にかそこに「いた」。