Chapter 4 - 激情~1<4-non///////CΦDe
カノンは、眠い目をこすりながらベッドから起き上がる。掛け布団は起きた拍子に乱暴に投げ飛ばされ、半分以上ベッドからはみ出ていた。
「…ミケ、さん?そうです、今ちょっと疲れてるのでかんべんしてください。その、魔力もご覧の通りからっぽです」
言うとカノンは、抱き枕のようにしていたキーボードの蓋を開け、「ステータス」を表示させる。MPは、20しか残っていない。
「あ~、そのことについて説明しにきたんだよね。ほら、そのキーボードのこと。結構魔力使うでしょ?」
ミケは、ベッドに腰掛ける。
「そうかもしれませんけど。私、やっぱり魔力が多いみたいなので、なんとかなりそうです。でも、色々あって今日はミケさんにあげられる分の魔力がなくって…」
カノンは"契約"のことを思い出し、申し訳無さそうにうつむく。
「そのキーボードさ、実は使うたびにアタシの元に魔力が行くようになってるんだよね。だいたい使った魔力の半分くらいかな?いや~、転生して初日でここまでの魔力が来たのは初めてなんだわ!カノンちゃん、有能~」
ミケはいたずらっぽく笑いながらこう言った。
「え、なんですかそれ!めちゃくちゃ騙されてた!私の最大MP、実質600とかなんですか!?」
カノンはゲームっぽいことになると、途端に頭の回転が早かった。
「まあまあそう言わずに。色々あったってことはさ、そのキーボードが無いとか~な~りヤバい事態に遭ったってことなんじゃん?聞かせて聞かせて~」
ミケはベッドの上に座り込んでいたカノンの肩に手を回し、そう言った。
「それはまあ…そうですけど。食べ物を探して森に行って、なんとか食べられそうな物を見つけて食べてたら、でぇっっっかい力のかたまりみたいな音が聞こえてきて。で、その食べられる草も急に爆発しだしてもう私本当に泣きそうで、ていうか泣いて…その力のかたまりみたいなのがこっちに向かってきたから『調律』ボタンを押せばなんとかなるかなって思ったらならなくて…周りがなんかもう死ぬほどグッチャグチャに壊れてきてて私もうこれ死ぬ!!って。一心不乱でそのときカデンツを弾いたんです!何年ぶりですかね、カデンツなんて」
カノンは今日の冒険を感情豊かにミケに伝える。ミケはうんうん、と笑顔で頷いている。
「そしたらそのでっかい力のかたまりみたいなのの動きが止まったんですよ!もうそいつがムキムキで顔もいかつくて、今にも襲ってきそうでヒヤヒヤしちゃいました」
「周りをグッチャグチャに壊すムキムキのやべ~やつかぁ。サトちゃんのとこのギリギリくんかな?」
「あ、そうです、ギリアムって言ってましたその人。動きがおとなしくなってからはなんかその人優しくて。ここまで送ってもらっちゃいました!今度会ったらなにかお礼しないとかなあ」
「ギリギリくんを大人しくさせるなんてやっぱりカノンちゃん天才~。サトちゃん会う度にギリギリくんの自慢するんだもん、『ギリアムが居れば一生喰う魂に困らんわ』っつってさ!」
ミケはデスボイスみたいな声でサトちゃんとやらのモノマネをした。あんなに筋肉がすごい人に契約させる死神なんて、どんな筋肉モリモリマッチョマンになってしまうんだろうかとカノンは思う。
「そんなにすごい人にいきなり出くわしてもなんとかなったし私、これから先もなんとかやっていけそうですね!」
「うんうん!カノンちゃん、マァジ天才だしね!」
「はいっ!私、天才ピアニストのカノンですから」
二人は笑顔で見つめ合う。初めて会ったときとは比べ物にならないくらい明るくなってよかった、とミケは思った。
二人はそれから、他愛もないことを話し合う。なんでもミケはその手鏡で、地球のインターネットに接続出来るようだった。え、じゃあじゃあこれは知ってる?あれは見た?聴いた?と、二人はゲームやアニメの話でかなり盛り上がった。
「じゃあ私、次の『裁判』あるからもう行くね~。えとなになに、多大な魔力と攻撃力を有して転生したものの18でクスリに手ェ出して女を薬漬けにして飽きたら殺してたってこいつ、やっぱ地獄行きしかなくね?死因ヤク中だってさ!ウケる」
ミケは手鏡を眺めながらベッドから立ち上がり、そう言った。ミケの仕事は、誰でも転生させてあげるというわけではないようだ。
「あぁ~はい!おしごと、頑張ってきてください」
カノンは笑顔で手を振ると、ミケの姿はフッ…と煙のように消えた。
「なんていうか…あったかかったな、ミケさん」
カノンはそう振り返ると、一気に眠気が押し寄せてきた。ミケと触れ合ったことの安心感もあるのだろう、カノンは布団を寄せると、泥のように眠った。
カノンは陽の光を感じ、んーっと伸びをして、目覚める。部屋には、心なしかミケの甘い匂いが残っているように感じた。
さて今日は何をしようか、と考えていると、テテテテーン、デケデケデケデケとキーボードがまたけたたましい音をならした。キーボードに搭載された、アラームである。
1番よりは若干静かなリスト・超絶技巧練習曲2番の音色を聴いていると、アラーム、よく聞くと良い曲だなあとカノンは感慨にふける。
うるさいので近所迷惑だという発想がカノンにはなかったが、この宿は防音の魔法がそこかしこに仕掛けてあることをカノンは確認している。
そう、"聞こえた"のだ。
ここで"調律"を使えばけっこうな効果があるのでは、とカノンは"調律"のボタンを押したが、反応しなかった。
デーン、とマイナーな音を出してアラームは止まった。Em(ミソシ)の和音である。
とりあえず、何をするにもお金が必要だ。カノンはこのまま何もしていないで「ブルネルスキの家」に泊まっていると、5日後には何も持たない人になってしまう。路上生活者の仲間入りだ。
(お金、稼がなきゃ。でもどうやって?)
カノンは考える。昨日は森を3時間くらい歩いただけで疲れたし、HPも冗談みたいに少なそうだ。魔物とはあんまり、戦いたくない。たぶんワンパンで倒される。出くわしたくも、ない。
じゃあ街でなんとか稼ごうか…とカノンは考えていると、ある一つの考えに思い至る。
(そうだ、私は歌って踊れるバーチャルアイドルじゃない!楽しそうな曲と踊りと歌でストリートライブをして、投げ銭で暮らしていこう!)
そう彼女は決心すると、「終末歌姫アポカリプス」とあともう一曲の練習に4時間ほどを費やした。そして最高の出来になった瞬間に、「プリセット1」「プリセット2」に登録した。
といっても、どこでライブをすれば…。いくら楽しそうな響きでも、やっちゃいけない場所でやって怒られたらめんどくさいなあ…そう思って街中に聴覚を張り巡らせていると、なにやら音楽が聞こえてきた。
早速そちらの方角に向かうと、大きく開けた広場があった。そこでは、長いサラサラの薄い灰色の髪をした女の人が、アカペラで曲を披露していた。向こう側に見えるネプテュヌス海の澄んだ流れのような歌声は、多くの人を魅了していた。
曲が終わると、彼女は一礼し、「ご清聴ありがとうございました」というようなことを言う。
すると、彼女の横に置かれた木箱に、人が殺到する。「いつも楽しみにしています!」「ファンです!これからも頑張ってください!」といったようなことを言いながら、10ドゥカ硬貨、時には100ドゥカ硬貨を入れていくような人も居た。
(私も、これに続こう…!)
「あの、すみません。今日ここに初めて来たんですけど、一曲弾かせてもらってもいいでしょうか…?」
カノンは一通り投げ銭の人だかりが捌けると、女の人にそう言った。と、カノンはまずい、日本語通じないんだった…と思い出しあわあわする。
「あらぁ…かわいいお嬢さん。このアグリッピナ広場は"魅了"や"激昂"などの魔法を使わなければ、誰でも自由に音楽をできるのよぉ…"鼓舞"や"高揚"とかの魔法は、むしろ喜ばれるけどねぇ…私も、聴いていこうかしらぁ。私の名前はアリネス。貴方はぁ…?」
アリネスという女の人は、ゆったりとした口調でそう返した。日本語、通じてる…?
「あ、はい!聴いていってくれると嬉しいです!私の名前は、カノンです!」
「カノンちゃぁん…良い曲を、聴かせてねぇ」
そう言ってアリネスはその場からすこし離れ、カノンから4mほど離れた所でにっこりと佇む。特等席である。しかし、ギャラリーはまだ、アリネスの他に居ない。
まばらな人だかりである、この状態で"調律"を使っても、あまりコスパは良くないだろう。まずは注意を引きつけよう…と、カノンは6歳の頃よく弾いていた「デルフィの舞姫」を"調律"ボタンを押さずに演奏する。
すると、30人くらいの人が集まってきた。嬢ちゃん若いのに中々やるじゃねえか!と筋肉質の男の人が声を上げる。
「ありがとうございました。次は、『終末歌姫アポカリプス』という曲をやります。聴けば楽しい気分になると思うので、聴いていってください」
通じているのはアリネスだけらしかったが、間を取るためのMCは必要だろう、とカノンは考える。
よし、そろそろだ…と、カノンは「調律」ボタンと「プリセット」からプリセット1を選択し、音量を最大にしてから、キーボードから離れる。
すぅ……はぁ……とカノンが深呼吸した後、曲のイントロが始まった。何が起きているんだろう、とギャラリーが少しざわつく。
「 三千年の恋の果てで 僕は 君の心臓に槍を突き立てた
朽ちた君の亡骸抱きしめて"終わらせる"と
そう誓う─────」
カノンは心を籠めて歌い、槍を激しく振り回すような振り付けをしたダンスを踊り始めた。観客からオーーー!という歓声があがる。
そこそこに物騒な歌詞をしたその曲はしかしメロディはキラキラしていて、カノンの好みにぴったり合っていた。
(やっぱりこの曲、楽しい!)
週3のボイストレーニングで鍛え上げたその歌声は楽曲に負けることなく主張していた。
BPM170という高速の曲を彼女は、完璧に弾きこなしていた。毎日、5時間くらいこの曲だけを弾いていた時期もあるくらいだ。キーボードはメカニカルに、しかし時折激情的に、その音を奏で続けた…
「ありがとうございました!『終末歌姫アポカリプス』でした!」
カノンがそう言った頃には、あたりには100人くらいの人だかりができていた。「ワァアアアアア」という歓声は"調律"を発動させたままのカノンには少し大きすぎて、わはぁ!と声がでてしまった。
「次で、最後の曲です。『1<4-non///////CΦDe~カノン・コード~』です、とってもかっこいい曲です!聴いてください」
カノンはプリセット2を選び、キーボードから離れる。
この曲はバーチャルアイドル運営会社が多数のアーティストに声をかけ、カノンに与えた合作楽曲だ。
カノンコードとは、バッヘルベルのカノンに出てくるコード進行のことで、七種の耳触りの良いコードからなる。
この曲はそれを盛大にアレンジし、七種のコードと別にdimやadd9などのコードを組み合わせ、4分ごとにコードが変わる忙しい曲となっている。
ワブルベースやダブステップといった現代的な音楽要素も多数組み込まれ、バーチャルアイドルとか知らないけどこの曲良い曲だよね、という人も多数居た。
このキーボードはピアノの音しか出せないが、カノンにはそれで十分だった。コードをドラム代わりにし、右手でキラキラとしたメロディを刻んでいく。
「 la-lalala-lala君のところに
la-lalala-lala走って向かうよ
この体は一つだけじゃない
みんなと一緒に歌を紡ぐため────」
この曲は激しいメロディと裏腹に、優しい歌詞をしていた。生前のライブでは彼女は、この一節を「一緒に歌ってーー!」と観客を煽るのであった。
ダンスは1990年代のパラパラのようなものを意識しており、激しい動きで、カノンはこの曲を一回やっただけでヘトヘトになるのであった。しかし、今日はこれが最後の曲なので、カノンは思いっきり、手足を振り回して踊るのだった…
「ありがとうございました、『1<4-non///////CΦDe~カノン・コード~』でした!はぁ、はぁ……」
「「「ウオオオォォォォォ!!!!!」」」
あたりには、500人くらいの人が居た。満員のミニライブよりも少し多いくらいだ。
「よければこちらに支援をお願いします、ってわぁあぁあぁ」
カノンがポーチの封を開けると、500人の観客が一斉に押しかけてきた。アリネスはそれを要領よく捌き、はいは~い順番に並んでくださいねぇ~と声をかける。
「支援ありがとうございます!おお、こんなに!」
「なんだか今まで悩んでたのがウソみたいに気分良いんだ!また来るよ!」
男は100ドゥカ硬貨を投げ入れた。
「今まで聴いたことのない音色だったわ…感動しちゃった」
「ありがとうございます!そう言ってもらえると、練習したかいがありました!」
「どれだけ練習すればこれだけの音色が奏でられるのかしら…私も音楽をやっているけれど、大きな目標が出来たわ」
女は、10ドゥカ硬貨を3枚ちゃりん、とポーチの中に置く。
「おねーちゃん、普段どういう練習してるの?」
「とにかく、テンポとか色々安定させる練習を習慣づけることが大事かな。キミも頑張れば、きっと私みたいになれるよ!」
「そーなんだ!あたし、がんばるね!」
女の子は5ドゥカ硬貨をぽい、っと投げる。
…あれ、とカノンは思う。
会話が、成立してる!?